ではボイドの戦闘理論の中核をなすOODAループを見て行きましょう。前回も書いたようにOODAで「ウーダ」と読みます。

ボイドの戦闘理論の根底には、1976年9月にまとまった「破壊と創造」で提示された「概念化」の考え方があり、そこから「戦闘の諸形態」にOODAループが初めて登場してくる事になります。が、「概念化」はやや難解であり、一度後回しにして、先にOODAループの基本を見てしまいましょう。

OODAループは人間が行動に移るまでの思考の流れをフローチャート化しただけのものであり、いかにこれを上手く回すか、すなわちその高速化がキモです。そしてOODAループの高速化は「戦い」が生じる場面では常に有効となります。戦争、スポーツ、ゲームなど人間が思考する勝負で生きて来ます。ただし敵に勝つための理論ですから、PDCAサイクルのような、行動の洗練を目的としたものではありませぬ。完全に別物ですから誤解無きように願いまする。すなわちよく見かける両者の単純比較は意味がありません。サンドイッチと愛はどっちが速いの、みたいな完全に意味を成さない比較になります。

さにらボイドは当初、戦闘理論の講義に主眼を置き、その解析道具であるOODAループについては、さほどこだわりを持ってなかった印象があります。このため死去する5年前になって初めてこれを循環図にまとめたのです。それまでの講義ではループの流れを図にしたことが無く、そのせいもあってOODAループは多くの誤解と混乱が多く見られます。が、ボイドの理論の背骨となるのがこれですから、最初にキチンと理解してしまいましょう。

そして、あくまでOODAループの「運用方法」で戦闘に勝つのが最終目的なのを忘れないでくださいませ。
それがループの高速運用となるのですが、この「高速」の意味は敵より速く動く、という事です。この辺りをボイドは「テンポ」と呼んでました。どれほど速く動いても敵より遅かったら意味がなく、逆にそれほど速くなくても敵を圧倒するのに十分高速な「テンポ」ならば問題ありません。人間はチーターより速く走れませんが、他の人間より速ければ金メダルは獲れるのです。

■OODAループの始まり

最初に余談。
ボイドがOODAループを思いついたのは、朝鮮戦争中、性能が優っていたソ連のミグ15に対しなぜ米軍のF-86が互角に戦えたのかを考察した事から始まった、という説明をよく見ます。F-86の視界の良さと操縦性の良さ、すなわち観察と高速行動の優位でミグ15に対抗できたのに気付いたのが始まりという話です。ボイドは実際に朝鮮戦争でF-86を飛ばしてましたから一見、もっともらしい話です。

ですが、ウソです(笑)。
ボイドがOODAループの着想を得たのは彼が監督していた軽量戦闘機計画で行われたYF-16とYF-17の比較試験の結果からでした。
すなわちデータ上で優れていたYF-17よりYF-16の方が実際に飛ばしたパイロットから圧倒的な支持を受けたのはなぜか、を調べたのが始まりだった、とボイド本人のメモが以下のように残っているのです。

No, OODA loop came from work and anomalies associated with evolution and flight tests of YF-16/17

これはボイドの「戦闘の諸形態」の講義を聞いて、非難するレポートを送り付けて来た陸軍の Roger J. Spillerに対し反論した文章の中に出て来ます。SpillerはF-86に乗っていたボイドの体験から生まれた一対一の空戦向け理論なんだから陸戦には使えないというピント外れな主張を展開したのに対し、そんな事は一言も言ってねえ、と反論したものですね。さらにに第一次世界大戦初期の空戦じゃねえんだから、単純な一対一の空戦なんてあるか、現代の空中戦は多数と多数の機体が入り乱れる複雑な戦闘なんだよ、この馬鹿ども、という反論もしてます(笑)。そりゃそうだ。

この辺り、後に1997年にボイドの死去を報じたニューヨークタイムズがこの話を鵜呑みにして報道してしまった事もあり、以後、俗説として広まってしまったように見えます。どの国でも新聞記事ってのは裏を取らないと信用できないのですよ。以上、細かい話ですが、ご注意あれ。

ついでにドイツの電撃戦から発想を得た、という話も間違いです。ボイドがOODAループの着想を得た後に、その実例を過去の戦闘の中に探した時、まさにこれだ、という感じで出会ったのが電撃戦だったのです。よってこれも順番が後になります。


■Photo US Airforce

ご存知のように両機の比較試験の結果、参加した一般パイロットから強い支持を受けたYF-16を空軍は採用しました。計画の責任者だったボイドは当初、計算上の数値ではより高い性能を示したYF-17が優位だと思っていたので、この結果に驚く事になります。

その後、パイロットへの聞き取りなどからボイドが得た結論が、広い視界のコクピットから得られる情報の優位とフライバイワイア技術などで得られた軽快で俊敏な操縦性の優位が有利に働いた、でした。さらにYF-16の方が機体重量とエンジン出力の推力比が優れており、これがそれ以外の飛行性能を覆してしまうほどのエネルギー回復の優位を機体に与えていたのです。

すなわち、より素早く「観察」できる事による「状況判断」の優位、そこからの高速な「行動」を可能にした操縦性、そしてそれに必要な「エネルギーの回復」が全てより素早く出来たので、YF-17を圧倒できた、という事です。これがOODAループの発想の基盤、「正確な情報収集と観察」、「それを利用した敵よりも素早い行動」の考えに繋がって行きます。

この点、もともとエネルギー機動性理論で、「素早いエネルギーの消費と補てん」の重要性に気がついていたボイドは、人間の行動でも素早さが重要なのではないか、と気が付く条件を予め備えていたのでした。そして、より素早く動き、相手を圧倒するにはどうすればいいのかを考えた結果、最終的にたどり着いたのが「周囲の観察」から始まる人間の行動の流れを図式化したOODA(ウーダ)ループでした。

■OODAループ

OODA(ウーダ)ループは人間が行動を起こすまでの思考の流れを4段階に分けて図式化したものです。最も簡単な図にすると以下のようになります。



まずは情報を集める「観察」、次に得られた情報から状況の推測を行う「観察結果への適応」、そしてその中から正しいと思われる選択を決める「判断」、そして最後に「判断」を実行する「行動」となります。

この各段階、観察=Observations、観察結果への適応=Orient、判断または仮説作成=Decision & hypothesis、行動または試行=Action & test の各段階の頭文字をとって、OODA、ウーダなのです。

ただし途中で「観察結果への適応」の内容が十分ではない、と「判断」した場合は最終段階の「行動」には移らず、必要な情報を再度集め直すため、循環は最初の「観察」に戻ります。それでも「判断」がつかなかった場合、最後の「行動」は仮説を証明するための「試行」として行われるのです。

その「試行」の結果を確認するため、すなわち上手くいったか否かを確認するため、循環は最初の「観察」に戻ります。上手くいった、ならそこで循環は終わりですが、どうもダメだぞ、となったら再度、観察からやり直しです。正しい行動が行われるまで、この行動は繰り返されるので、これは循環(Loop)となるわけです(試行が成功した場合でも、上手くいったという観察内容から、もうこれ以上は必要ないという判断、そしてあえて何もしない、という「行動」段階までループは回る)。

人間の行動は基本的にこのOODAループ、思考の循環を常に回して行われる、というのがボイドの考えでした。なのでとりあえずもう少し具体的に見ておきましょう。例として、人間が睡眠から覚めた時の行動を考えます。

OODAループの基本例

通常、目が覚めた時は瞬間的に記憶が飛んでますから、まず周囲の観察を行います。
周囲を見ると、すぐに自分の部屋であると判りました。そして既に明るい。時計を見ると8時半でした。周囲からは特に音もせず、静かなようです。ここまでが最初の段階である「観察」です。

そして「観察」から得られた情報を基に次の「観察結果への適応」に進みます。自宅に居て周囲が明るく8時半である以上、急ぎ仕事に行く準備が必要だと推測されます。ただし周囲が静かだ、というのも気になりました。いつもなら道路を走る車や前の道を通る子供たちの声などがするはずです。

よって「朝だ。出勤準備をせねば」「ただし周囲が静かなのが気になる」 の二点が「観察結果への適応」の段階で得られた結論となります。

その「観察結果への適応」を受け次の「判断と仮説作成」が行われます。
ここで 「周囲が静かなのが気になる」を無視できないと考えた場合、「判断」は困難になります。その理由が判らないからです。
よってここでは「仮説作成」を行う事になるのです。すなわち「なにか普通の朝と違うのではないか」という「仮説」ですね。その仮説を確かめるには情報が少なすぎますから次の「行動」に移行せず、一度最初の「観察」に戻る循環を選択する事になります。

そして「観察」に戻って再度周囲を確認すると、スマホの目覚まし機能が入って無かったことを発見、この新たな情報が「観察結果への適応」段階に流れて来ます。
すなわち「自宅に居て朝だ」、「いつもより周囲が静かである」という情報に加えて「スマホの目覚まし機能が入って無かった」 という情報が入って来たのです。ここで自分がかつて目覚ましをかけ忘れた事が無い以上、何か切っておく理由があったのではないか、と推測、そして今日は日曜だ、と気が付くのです。
この結果、「観察結果への適応」は「朝の8時半だが、今日は日曜であり慌てる必要は無い」 と一本化されます。

次の「判断」に流れた推測内容が一本化されてる以上、取捨選択は無く、後はそれが正しいかどうかを「判断」して行動に移ればいいだけです。
ここで「確かに日曜だからまだ寝ててもいい」とあっさり判断するか「念のためカレンダーを確認しよう」ともう一度「観察」に戻るかは個人差があるところだと思いますが、いずれにせよ「二度寝をしてもいい」という判断に落ち着くでしょう。こうした最後は「二度寝」という「行動」に入って、このループはお終いです。これがOODAループの基本的な流れとなります。ただしここまでの話だと、言われてみれば人間が行動を起こす手順は確かにその通りかもしれないけど、それが何?という話で終わってしまいます。

が、ボイドはそこで終わらず「OODAループの回転を敵よりも高速化する」という考えを持ち込み、これが敵に勝つ、という点で極めて重要な事を示しました。この「ループの高速化」、すなわち相手より早く正しく判断して動き、行動量で圧倒し、敵の対処能力を飽和して麻痺させて勝つ、というのがボイドのOODAループの真髄なのです。勝つためにはOODAループを知るだけでなく、それを「相手よりも高速化」する必要があります。この点は必ず覚えて置いて下さい。詳しくは次回にまた見ます。

そしてこの「ループの高速化」を理解するにはループをもっと深く、正確に理解する必要もあります。ちなみに実際にボイドが示したOODAループの完成系は以下のようなモノになります。




基本的な流れは最初に見たもので共通ですが、より細かく複数の流れが存在するのです。ただし現段階でこれを全部理解する必要はありません。順番に説明して行きますから最後に記事全体を読み終わってから再度見直すくらいの感じで十分です。

ちなみにこの図は先にも述べたように、1992年ごろに至るまで、一度も示された事がありませんでした。ボイドがOODAループによる戦闘理論の講義「戦闘の諸形態」を開始したのが1976年ですから、実に15年以上に渡り、ボイドの考える正しいOODAループは本人にしか判って無かった事になります…。
その後の講義中にもこの図は使われなかった可能性があり、OODAループが具体的な形で人々の目に留まるようになったのは彼の最晩年、あるいはその死後となったのです。このため十分な説明を受けた人は限られ、多くの誤解が産まれることになります。このため、以下のような単純な円環図が一時出回り、しかも未だに使われてますが完全な間違いですからご注意あれ。


上の話を見れば判るように「判断または架設作成」から最初の「観測」に戻る分岐の存在しない単純円環ではループが成立せず、かつ後で見るようにOODAループのキモである高速化もできません。こんなものはOODAループでも何でもない、よく判らんパチモノと考えてください。実際、ボイドがこういった形でループを示した事は一度もありません。
とりあえず先に見たF-86の話と併せ、これらが記事中に出てきたらその話は信用できないと思って間違いないでしょう。


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