■空母で戦うという事
当初は5回で終わってお釣りがくる、程度の軽い考えで始めたのに、
例によって迷走に次ぐ迷走となったこの連載。
が、ようやく5月8日の珊瑚海決戦に至ります。
で、読者諸兄および少数の諸姉の皆様方に置かれましては、
空と海の戦いを十分理解されてると思われますが、
こちらも散々苦労して書いてますので、最後の最後でよくわからなかった、
という悲劇は可能な限り避けたい、と考えております、はい。
君は何が言いたいのだね、というと、
連載の初期にちょっとだけ説明した敵艦隊を空襲する基本、
急降下爆撃と雷撃の話を
念のため、もう少しだけしておきたい、という事です。
ええ、要するに脱線回です、今回は(笑)。
ちなみ空から艦船を攻撃する手段としては、
もう一つ、大型爆撃機による高高度からの水平爆撃がありますが、
こんなものはまず当たらないので、ここでは考えません。
10階建てのビルの上から、地上を40q/hの速度で走ってる自動車に
ゴルフボールを狙い落として当てられるか(投げるのではなく手を放して単に落とす)
というのと同じようなものですから、ムチャ言うな、と言う世界でしょう。
この点、アメリカ陸軍なんて常に自信満々でしたが、
実際は対艦水平爆撃じゃ戦果らしい戦果はほとんどあげてません。
世界的に見ても、航行中の軍艦に有効な命中弾を与えたのは
日本海軍航空隊によるイギリス戦艦の攻撃、
HMSプリンス オブ ウェールズ撃沈時くらいでしょう。
(誘導爆弾フリッツXで、ローマを沈めちゃったドイツは反則とする)
■Image
credits: Official U.S. Navy Photograph,
now in the collections of the National
Archives.
ある意味、これをキチンと記録して保管した、という点は尊敬に値する(笑)
アメリカ陸軍のB17による高高度水平爆撃の戦果確認写真。
ミッドウェイに次ぐ日米3度目の空母艦隊決戦となる第二次ソロモン海戦の時のモノで、
機関が停止して停船した日本の小型空母 龍驤に
トドメを刺すために行われた水平爆撃時に撮影された一枚。
黒いのは海面、上の方に見えてるポップコーンみたいなのが
爆弾が着水、爆発したときの水柱。
一番上に居るのが龍驤で、これを狙って爆弾は投下されてます。
(火災が収まってるので、沈没直前の攻撃だと思われる)
一目でわかるように、全ての爆弾は龍驤から船体一つ分以上遠くに着弾、
逆に龍驤から離れて回避運動に入っていた駆逐艦(天津風?)が巻き添えを食ってます。
といっても、こちらも余裕で回避してしまっており、大外れ、という他ない爆撃です。
止まっている艦に対してさえこれですから、後は察して知るべし、でしょうね。
もっとも、同時期に行われたガダルカナルの輸送部隊へのB17の爆撃は
停泊中の艦に命中弾を出してるので、ここら辺りも個人の技量差があったのかも。
ちなみに龍驤の正面位置にも駆逐艦が見え(時津風?)、
これは敵の空襲下で龍驤の乗員を懸命に救助していたもの。
…敵の空襲にビビって祥鳳の乗組員を見捨てて逃げ去った
MO主隊(六戦隊)司令部の皆様方が
軍人としてどういうモノなのか、よくわかる写真でもあります。
ちなみに右下に見えてるのは護衛に付いてたらしい重巡の利根。
ついでに高速で(恐らく30ノット前後)航行する軍艦が
いかに大きな白波(ウェーキ)を残すのか、
という点でも見るべき点が多い写真です。
というわけで、普通に飛びながら爆弾を落とすだけの
水平爆撃で敵艦を沈めるのは、
万馬券を当てるくらいの確率でしかありえない話であり、
これじゃ戦争にならん、となるわけです。
そこで、出てくるのが急降下爆撃、
爆弾抱えて目標まで突っ込んでゆく攻撃方法です。
■Image credits:Catalog #: 80-G-473446
Copyright Owner: National Archives
Original Creator: Photograph by Lieutenant Horace Bristol, USNR.
アメリカ海軍のSBDドーントレスの訓練風景。
日米ともに、こんな感じで3〜4機の小隊ごとに編隊を組んで攻撃位置に付き、
まずは隊長機が最初に突っ込んみ、目標に照準を付け爆弾を投弾、
後続の機体も次々と同じように爆弾を投下します。
水平爆撃と違って爆弾を目標方向に向けてから投下するため、
その命中率ははるかに高くなるわけです。
USSネオショー&祥鳳で見たように、敵にまともな護衛戦闘機が無く、
対空砲火も貧弱なら、出撃機数を母数にして25%前後、
という驚異的な命中率を叩きだす事になります。
これは実戦での命中率が5%前後の事が多い戦艦、巡洋艦の主砲の
5倍近い命中率であり、珊瑚海海戦の間中、敵味方両方に(笑)
爆弾をばら撒きながら、一発の命中も出してない米陸軍のB17などに比べると、
計算不可能なレベルで圧倒的な命中率です(0で割る事はできないのだ(笑))。
攻撃時には上の写真のようにまず先頭機(通常は隊長機)が先導します。
後続機はこの隊長機に密着して付いて行き、
同じ方向、同じタイミングで次々と投下する場合と、
各自で照準して、次々に着弾点がズレるように
投下する場合とがあったようです。
前者は複数の爆弾の着弾が目標を取り囲むようにして命中弾を期待する、
(同じ位置から同じ方向で放っても、ほぼ絶対に全く同じ場所には落ちる事はない)
後者は敵が回避運動を取った後から、その先に爆弾を落とすことで
命中させる、というやり方になります。
ただし例外もあって、ガダルカナルの攻防が後半戦になってきたとき、
日本海軍の艦爆は機数が少ないのに対し、相手は数百という数の輸送艦だったため、
この戦術を放棄してしまいます。
すなわち一機ずつに分かれ、それぞれ別々の目標に投弾してました。
他に手が無かったのでしょうが、これではまともな戦果は期待できないでしょう。
ちなみにこれらの戦術は、敵が円運動をしながら回避してる、
というのが大前提で、その相手にどうやって命中させるか、という対策です。
もし目標が単純に等速で直線運動してる、あるいはさらに停船してる、
という事なら狙うのは簡単ですから、各自がそれぞれ照準して、
一発ずつ落とせば、その半数以上が命中するはずです。
そうなってしまったのが、舵がやられてしまった後の祥鳳だったわけです。
余談ながら、急降下爆撃は高度4000〜6000m前後で敵に接近、
緩降下しながら目標を定め、3000〜4000m前後から目標に対して急降下を始めるため、
この間、赤道周辺と言っても機体を包む気温はかなり低くなります。
(例えば常に雪に埋もれてるエベレストは日本の奄美大島とほぼ同じ緯度だ。
あそこまで低温なのはその高度による)
そして、そこからわずか数十秒で気温も湿度も地上最高という
赤道周辺の海面付近まで急降下するわけで、この結果、冷たくなってしまっていた
照準器のガラス板が急に曇ってしまい見えなくなるという
思いもしなかった事態が、南方戦線では結構あったそうな。
(冷たい室外から暖かい室内に入ったときメガネが曇るのと同じ)
この時期だと、日米ともに急降下爆撃機の照準は反射ガラス式ではなく、
望遠鏡式のはずで、曇ってしまったら打つ手は無かったでしょうね。
後は勘で落としてた、という事だと思われます。
だったら風防も丸ごと曇ってしまいそうな気がしますが、
そういった話は聞かないので、有機ガラス(アクリル)は結露しにくいのか?
■Image credits:Official U.S. Navy Photograph,
now in the collections of the National Archives.
攻撃中の急降下爆撃機から撮影された珍しい写真。
ほとんど真上、といっていい角度から標的に向かってるのがわかります。
この状態から爆弾を投下するのですから、
そりゃ命中率もよくなるであろう、というわけです。
ついでながら最初にも書いたように、これは戦艦や巡洋艦の主砲弾と同じ弾道を描いて
目標艦に爆弾を叩き込むことに他なりませぬ。
戦艦、巡洋艦クラスの砲撃では遠距離まで弾を飛ばすため、
山なりに砲弾を撃ちあげて、これがより垂直に近い角度で
目標の上に高速落下するように砲撃します。
つまり一度、数千mの高さまで砲弾を撃ちあげて、
後は落下による加速で敵艦に突入させてるのです。
戦艦や巡洋艦の主砲では高高度までの移動を火薬でやってるわけですが、
これを飛行機でその高さまで持ち上げてしまうのが急降下爆撃ともいえます。
さらに撃った後は風まかせ&運まかせな遠距離砲撃と違って
目標直前まで砲弾を持って降下してから落とすのですから、
そりゃ戦艦の遠距離射撃よりよほど当たるわけです。
それでいて射程は戦艦の主砲の10倍近い400kmはあるのですから、
そりゃ空母最強、と言うことになりますね。
(その代わり投下するまで、機体速度の500q/hで抑えられてるから
砲弾の突入速度は艦爆の爆撃の方がずっと遅い。
このため戦艦などの分厚い装甲を持った艦だと
雷撃機の魚雷との合わせ技でないと、これを沈めるのは困難になる)
ちなみに、この写真はアメリカのSBDドーントレスのガンカメラで撮影したもので、
標的にされてるのは重巡の筑摩。
1943(昭和18)年の11月にラバウルの湾内に停泊中を奇襲されたもので、
周辺の白波からしても、ほとんど停船状態のまま爆撃されてるのがわかります。
ちなみに同じ急降下爆撃でも日本海軍とアメリカ海軍では降下角度が異なり、
アメリカの方がはるかに深い角度、70〜75度と
ほとんど垂直落下に近い角度で突っ込んで来ます。
日本海軍の場合、もう少し浅い角度、50〜55度で降下してました。
ちなみに爆弾投下高度はほぼ同じ、350〜450m前後となってます。
この数字はどちらも運用試験を通して導き出した最適な降下角度のはずですが、
なぜここまで両軍で大きな角度差が付いてしまったのかはわかりませぬ。
とりあえず、1942年の空母決戦における
その命中確率を見る限り、日米ほぼ互角ですから、
ある意味、どちらも正解、という感じでしょうか。
ただし、後にガダルカナルなどで激戦を戦い抜いた日本のベテランパイロットは、
50度前後では敵の対空砲火にやられる、
として60度戦後まで降下角度を上げていた、という証言もあります。
■Image credits:Official U.S. Navy Photograph,
now in the collections of the National Archives.
そんな急角度での降下を前提としてるため、アメリカの艦爆にとっては、
ダイブ ブレーキ、降下速度制御板の存在が重要でした。
これによって機体の空気抵抗を増やし、その速度を落とします。
さもないと、毎秒9.8m/ssというステキな加速度を持つ
地球閣下の重力によって引き起こし不可能なほどの高速になり、
そのまま海面突入となってしまうからです。
(1秒間に35.28q/hずつ加速するのだから、70度前後の降下なら
空気抵抗を考えても12秒前後でプラス400q/h以上まで加速されてしまう。
すなわち350q/hで降下に入った場合、12秒前後で翼面上に衝撃波が出て
操縦不能になる速度に近づいてしまうのだ)
SBD
ドーントレスの場合、フラップがエアブレーキを兼ねており、
写真のようにこのフラップ部は穴あき構造の板になってました。
これを降下中にドンガバチョと開くことで機体の空気抵抗を増やし、
速度の増加を抑えるわけです。
が、普通に考えると、それって急降下中にフラップを開くのと同じことですから、
機体を上に引っ張り上げる力が強くなって、降下角度が浅くなってしまいます。
なので、SBDのフラップは表裏二分割になっておりました。
フラップとして使うときはこれが一体化して下に曲がるのですが、
ダイブ ブレーキとして使う場合、翼面を挟んで上下に分割して開き、
翼の上下面で均等な空気抵抗を生じさせ、機体の速度を抑え込むのです。
ついでに余談ながら上の写真は着艦失敗時のモノで(笑)
明らかに高度が高すぎます。
下の着艦信号員(Landing
Signal
Officer)が全く誘導をしてませんから、
おそらく着陸やり直しを命じた後の写真でしょう。
上のB17の爆撃失敗写真といい、こんな写真まで残してしまうアメリカ軍って太っ腹。
ちなみにこれは一度も太平洋に来なかったUSSレンジャーの艦上ですが
画面下に着艦フックをひっかけて、機体を強制停止させるワイアが見えてます。
こんな感じで支柱を使って少し上に持ち上げ、
フックが引っかかりやすいようにするのです。
さらにちなみにこのダイブ ブレーキのおかげで、SBDの降下速度は
爆弾投下時の1500フィート前後(457m)でも、250ノット、463q/h前後に抑えられてました。
日本側の99式艦爆でも55度前後の突入で速度は270ノット、500q/hだったとされます。
でもって高度450mから時速500km/hで75度の角度に爆弾を投下すると、
それはどんな速度で目標にぶつかるのか、というのが重要です。
なるべく艦内深くに突入させて爆発を起こした方が破壊力はあがるのですが、
(このため衝突直後では無く、遅れて起爆する遅延信管を使う。日本海軍だと0.03秒の遅延)
その貫通力は突入速度(によって得られる運動エネルギー)によるからです。
より高速なら、より高い貫通力を持ちます。
この速度計算は角度70度で時速500km/hの
慣性運動を続ける爆弾が受ける空気抵抗による減速と、
下方向に等加速度で増速する落下速度のベクトルの合成になります。
この辺りは図に書いてみると判ると思いますが
、非常に面倒な(膨大な)微分計算の嵐となるわけです。
見ただけでうんざりする、この面倒な爆弾や砲弾の弾道計算をやるために、
アメリカ軍はデジタル式の電気計算機、
すなわち日本語で言う所の(笑)コンピュータを開発する事になります。
必要は発明の母なり。
ちなみに電気式汎用デジタル計算機ができる前は、
レコードプレイヤーに似た装置を使ったアナログコンピュータ、
微分解析機(Differential
Analyser)を英米海軍では使ってたはずで、
さすがに手回し計算機で全ての計算をやっていたわけではないようです。
この辺り、日本海軍は…日本海軍は………
はい、次に行きましょうか。
当然、私もそんな計算をやる気はさらさらないのですが(手抜き)、
おおよその近似値だけを出しておくと、450mの高度から500km/h
、
90度の角度で投下した場合、空気抵抗を無視するなら、
約3.1秒後に、約612q/hの速度で海面に到達します。
アメリカ軍の角度75度という設定だと、滑空距離は465mに伸びて、
空気抵抗も加わりますから、おそらく4秒前後の落下の後、
約600km/h前後の速度で爆弾は目標に突入していたと思われます。
ちなみに21世紀の人類は大したもので、
エクセルのような表計算ソフトがあれば、膨大な計算量でも個人でできます。
よって当時の軍の研究所が何十人がかりで計算してた弾道計算も可能です。
私はやりませんけどね(笑)。
この辺り、突入速度が上がった方が
破壊力(より艦内深くに爆弾が突入する)は上がるので、
本当はより高高度から落とした方がいいのですが、
そうすると命中精度が落ちてしまうのです。
その辺りのバランスがちょうどいい高度として、
450m前後が選ばれたのでしょうね。
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