■軍艦の速さについて

さて、今回はちょっと脱線から入りたいと思いまする。

軍艦は戦うのがお仕事ですが、戦うためには高速が必須です。
敵を追いかけるのにも逃げるのにも
さらには空襲を避けるのにもお魚くわえた野良猫を裸足で追いかけるのも、
速度が何より重要だからでヤンス。
空母の場合、これに離着艦のための速度の維持が加わります。



瑞鶴の艦尾。
片側二軸、全4軸のスクリューがあるとはいえ、
満載時の重量(=排水量)が3万トンを超える鉄の塊である翔鶴、瑞鶴が
最高速度34ノット(約63km/h)前後で、海上を突っ走ってしまうのはスゴイ話です。

それを受け止める(一種の衝突なのだ)海水が得るエネルギー量を考えると、
高速時の軍艦の立てる白波、すなわち航跡が極めて大きくなる事、
そしてそのための造波抵抗によって、速度(によって稼がれるエネルギー)が
どんどん奪われて行ってしまうのが、なんとなく想像がつくと思われます。

が、実際空母機動部隊ってどんな速度で行動してるの?
というのはほとんどの人にとって謎でしょう、
というか私も今回の記事の調べごとを始めるまで知りませんでした。
この点、ありがたいことに、珊瑚海海戦時の瑞鶴は、
その行動報告とともに、各行動時の航行速度まで記録に残してました。

この連載もいよいよ両軍の主力空母決戦に入りつつあるので、
ここでその辺りも一度見て置きましょう。
とりあえず軍艦の場合、戦闘速度、略して戦速と呼ばれる高速運転があり、
その下に快速、強速、原速、半速、微速といった速さがあります。

翔鶴&瑞鶴の場合、さらに第一から始まって第五戦速までありました。
この第五戦速が、いわゆる最大戦速に当たるようですが、記録を見る限り第五戦速、
という記述ばかりで最大戦速という呼び方をしてる例はありません。
あるいは最後の手段として第五戦速を超える最大戦速があった可能性も残りますが、
少なくとも瑞鶴は珊瑚海海戦の間、その速度は出してません。
この辺りは謎としておきます。

ただし問題は加速性で、あれだけの重量をそこまで持ってゆくのはかなり時間がかかり、
瑞鶴の記録だと航行中の最低速度である半速(8ノット/15km/h)から
戦闘中に使われる第四戦速(31ノット/57.5km/h)に達するまで26分もかかってます。
これでは十分な速度が出た時には既に空襲が終わってますから、
戦闘の可能性がある時は、常に強速(16ノット/29.5kmh)以上を、
対空戦が確実となった後は第一戦速(20ノット/37km/h)を維持したようです。
(ちなみに今更だが1ノット=1.852q)

それでも通常の戦闘に使われる(敵の空襲を避けるのに必要な速度)
第四戦速(31ノット/57.5km/h)までは、強速から17分、
第一戦速からでも14分かかってしまってますが…。
このように最大速度が速いからと言って、空母は直ぐに素早く動けるわけではない、
とういのは見落とされがちな事実なのでご注意を。

さらに余談ですがミッドウェイ海戦時の飛龍には
“即時最大戦速”という速度、必要があればいつでも最大戦速まですぐ出せる、
という待機速度があり、これは24ノット、第二戦速以上となっていました。
ちなみにこの待機速度は駆逐艦にもあるのは間違いないんですが、
瑞鶴、翔鶴にもあったのかは、よくわかりませぬ。

とりあえず、この辺りを表にまとめると以下のような感じ。
ちなみに艦種、さらには艦によっても微妙に違いがあるようで、
全ての艦がこの分類に従うわけではありませぬ。
この表はあくまで瑞鶴の場合。まあ、姉妹艦の翔鶴なら全く同じだと思いますが。

それぞれの速度の差が2ノット、3ノット、さらには4ノットだったりと
まるで統一がない理由はよくわかりませぬ。

 速度

 呼称

 33ノット(約61km/h)

 第五戦速

 31ノット(約57.5km/h)

 第四戦速

 28ノット(約52km/h)

第三戦速 

24ノット(約44.5km/h) 

 第二戦速

 20ノット(約37km/h)

 第一戦速

 18ノット(約33.5km/h)

 快速

 16ノット(約29.5km/h)

 強速

12ノット (約22km/h)

 原速

 8ノット(約15km/h)

 半速

 6ノット(約11q/h)

 微速


ここでせっかくだから、これらの速度はどんな時に使われるのか、
というのも少し見て置きましょう。
下の表は7日の瑞鶴の速度を主な行動時ごとに分類したものです。
再度繰り返しておきますが、時刻は全て現地時間に換算してます。

この日は夜明け直前から艦内第一配備、いわゆる戦闘配備になってました。
第一配備では総員配置に付けですから、交代要員まで全て配置に就くはずで、
よってその間全く交代は無し、休息もなく、食事も現場で取る事になります。
この日は朝の4:45から夕方の18:47まで、14時間を超える第一配備でした。
この辺り、現場では相当な疲労があったと思われます。
とりあえず、そんな7日の主な行動時における速度は以下の通り。


 夜明前まで南下中  強速(16ノット)
 索敵機&第一次攻撃隊発進〜大チョンボ判明  第一戦速(20ノット)
 北西のTF17に向かって北西に反転後  第三戦速(28ノット)
 索敵機&攻撃隊収容のため東に反転  原速(12ノット)
 再び西に反転〜索敵機発進  第一〜第二戦速
 第二次攻撃隊発進  第四戦速(33ノット)

ちなみに、この日の午前中、離着艦の重要な要素である風向きと風速は、
東南東13m(46.8q/h)前後だったとされてます。

で、意外その1は、索敵機と攻撃隊の着艦収容が
戦速以下どころか通常航海速度ともいえる原速(12ノット)で行われてる事。

この時は、向かい風を得るため敵と反対方向の南東に進んでましたから、
なるべく低速で移動したかったのはわかりますが、さすがにちょっと驚きました。
風速が朝と同じ13mとしても、その合成速度は60q/hを切ってるんですが
(風上を向いてるので速度のベクトルは単純な足し算)、
爆弾も魚雷も捨てて、燃料もほとんど消費した後の軽量な機体の場合
そこら辺りはなんとかなってしまったんでしょうかね。
(軽いから小さな揚力しか発生しない低速でも墜落しない)

ちなみに99式艦爆の先代、複葉の96式艦爆で合成風力15m(54km/h)で着艦、
という関係者の手記が残ってますので、
単葉でより重い97式艦攻とかが、よくこの速度で着艦したな、という感じです。
(先に書いたように翔鶴の艦攻は魚雷を捨てなかったとい話もあるので、
翔鶴はもっと高速で収容作業を行った可能性はある)
この前後はさらに風が強くなっていた、と考えるべきなのかも知れません。

もうひとつの注目点は、発艦速度。
USSネオショー艦隊を沈めた第一次攻撃隊の発艦も
高速とは言えない第一戦速で行われているのです。
ただし、こちらは13m前後(46.8q/h)の風速だと、艦の速度と合わせれば
気流の速度は80q以上となってますから、十分発艦可能だったと思われます。
むしろこの速度だと艦上は立ってるのも一苦労な風だったでしょうね…。

ちなみに午後にTF17に向けて出撃した
第二次攻撃隊は第四戦速の高速航行でその発艦を行っており、
時間帯によって風速はかなり変わっていた可能性があります。

ついでながら、その攻撃隊発進直前に瑞鶴は第五戦速で北西に向けて急進行してました。
珊瑚海海戦を通じて瑞鶴が第五戦速を出したのはこの時だけで、
翌8日の対空戦闘の時も第四戦速までしか使ってません。
33ノットを超える第五戦速はまさに最後の手段といった速度のようです。

第四戦速と第五戦速は、せいぜい時速5qの差なのにそんなに違うのか、
と思ってしまうのですが、この辺りの速度が造波抵抗と速度の上昇の
バランスが一気に崩れる領域となってるからだと思われます。

先にも書いたように、わずかな速度上昇に必要な機関の出力が
二次関数的に急激に跳ね上がって行く速度領域にこの辺りから入るのです。
得られる速度の上昇に対し、割に合わないほど
膨大な燃料の消費と機関への負担を強いるため、
あまり実用性がない速度速度領域だった、とも言えます。

はい、といった辺りが空母と速度のお話でした。


NEXT