こういった構造では操縦が力仕事になるしケーブル(索)が切れたら終わり、という切実な問題がありました。前者の対策としては油圧補助が、後者の対策としては二重ケーブル(索)の採用が行われます。操縦用のケーブル(索)が二重になっていれば、どちらかが切れてもそう簡単に操縦不能にならないわけです。
が、世の中には二重ではまだ十分に安全とは言えぬ機体がありました。軍用機、中でも戦闘機です。機体内にケーブル(索)を通せる空間は限られるため一発の弾丸で両方のケーブル(索)が同時に切れてしまう可能性が高く、このため三重、四重に補助ケーブル(索)が必要になって来ます。
が、通常は機体内にそんな空間は無く、さらに操縦用ケーブル(索)は意外に重くて航空機でもっとも避けたい重量増に直結します。こうした問題に対する解答として考えられたのがフライバイワイヤ、電気制御で飛ぶ仕組みでした。これなら電気スイッチを入れる程度の力であらゆる操作ができ、接続は細くて軽い電線ですから、三重、四重の多重系統化も容易です。さらに操作索が無くなれば整備の手間も大幅に効率化される事になります。
アナログコンピュータのフライバイワイヤを世界で初めて搭載したのはカナダの幻の超音速戦闘機、1958年3月に初飛行したアブロカナダCF-105だと言われていますが、これはわずか数機造られただけで生産が打ち切られてしまいました。そもそもこの時代の技術でどこまで実用性があったかも微妙な所があります。よって実用レベルで最初に採用したのは1969年3月に初飛行した民間機、超音速ジェット旅客機のコンコルドでしょう。
私の知る限り、コンコルドは飛行中に銃撃を受けるような運用は想定されてないので、これは操縦の安全確保のためのフライバイワイアでした。無尾翼デルタに6枚分割のエレボンという旅客機では例を見ない複雑な構造で超音速飛行をするため、従来の人力操縦系統では安全ではないと判断されたのです。これは民間機としては世界初ですし、キチンと実用化された機体としても恐らく世界初でした。
1974年1月に初飛行した(これは予定外のハプニング飛行で正式な計画による初飛行は2月)F-16は、量産まで行われた最初のフライバイワイア戦闘機となっています。当初はアナログコンピュータによるフライバイワイアだったのですが、1984年から製造に入ったC型とD型(複座)以降からデジタルフライバイワイアに切り替えらえました(ただし初期のC&Dの一部はアナログコンピュータのままだったらしいが)。後にA&B型の一部もデジタル式に改修されたようですが、全機なのか一部だけなのかは判りません。とりあえず、これによって以後の機体はフライバイワイアによる制御が一般的になって行きます。
ちなみに、F-16のフライ・バイ・ワイア装置は世界初でありながら、実に細かい部分まで造りこまれていました。例えば、空中給油を受けるために背中の給油口を開くと、自動的に操縦スティックやラダーペダルの信号が大幅に減衰され、誤操作で機体が大きく動いてしまうのを防いでますし、着陸時に脚が出ると、ロール機動(進行方向を軸に機体をぐるりと回す運動)の入力信号は半分にカットされ余計な横揺れを防いでます。世界初の採用にしてはかなりよくできていたと言えるでしょう。
ちなみにF-16の同世代機、約半年遅れで1974年8月に初飛行したヨーロッパの共同開発機(といっても主な部分の開発はほとんどイギリスがやってる)、パナビア トーネードもフライバイワイアの操縦系でした。こちらも当初はアナログコンピュータだったのですが、装置の一部は最初からデジタル化されていた、という話もあり。写真は後に湾岸戦争に投入されたトーネードのGR-1。
この機体、高迎え角時の気流対策である斜め空気取り入れ口、フライバイワイアの採用と、それなりに先進的だったんですが、可変翼というボイド達がとっくに見切りをつけていた技術を今さら搭載、結局、その任務は地上攻撃がメインとF-111と同じような展開を見せる事になります。まあ正直言って、パッと見た印象もYF-16、YF-17に比べて古臭いなあ、という感じはぬぐえないです。ちなみにトーネードの攻撃型は湾岸戦争中に少なくとも8機を損失したと見られ、多国籍軍中最大の損失を受けた機体となっています。
余談ですが、こういった天井付き空気取り入れ口は高迎え角対策ですから、離着陸時と空中戦時のエンジンへの空気流量確保のためと思われがちです。が、実際はそれは半分の理由に過ぎません。現在の航空戦で戦闘機が高機動、急旋回をもっとも必要とするのは、誘導ミサイルの回避なのです。ベトナム背戦争で猛威を振るい、湾岸戦争でも最大の脅威だった地上から撃ちあげられる地対空ミサイル(SAM)から逃れるには、急旋回による高機動性が命になって来ます。
ベトナムにおける地対空ミサイル(SAM)の脅威はすでに見ましたが、1991年の湾岸戦争でもこの点は同じようなものでした。この戦いにおける多国籍軍の航空機損失の87%は地対空ミサイル、そして対空砲によるものでした。残りの13%は原因不明で、その内、空中戦による損失と見られるのは海軍のF/A-18(USS サラトガ所属)が開戦直後にイラクのミグ25に撃墜された一機だけです(ただしこれも推測理由で確定はされてない)。
多国籍軍の損害は損失(Lost)38機、重度の損傷(Damaged)48機、 計86機と作戦期間が短かった割には意外にあるのですが、そのほとんどと言っていい87%、約75機までが地上からの対空攻撃による損失だったのです(以上の数字はアメリカ空軍が1993年にまとめた報告書 Gulf War Air Power
Surveyによる)。
これら地上からの対空ミサイル、そしてレーダー誘導の対空砲から確実に逃れるには、高いGを掛けた素早い急旋回が必須となり、この時、大量の空気を必要とする大出力エンジンがキチンと性能を維持できるよう気流対策が行われているわけです(というか流入気流の対策を取らない大出力エンジンでは空気不足で火が消えて止まる)。上の数字を見れば、むしろこちらのための対策が主だというのが判ると思います。
■F-35のフライバイワイア疑惑
前回も述べたように、F-35ではこの空気流入対策を放棄しており、空気取り入れ口の上側になんの板もありません。そんなF-35ではフライバイワイアのプログラムで、2017年まで旋回は最大加速度7Gまで制限されていました。つまり急旋回の限界性能はかなり低かったのです(通常、旋回が急になるほど(迎え角が大きくなるほど)Gも大きくなる)。
F-35では空軍のA型のみプログラムによる規制が2017年中に解除され、9Gまでの急旋回が可能になりました。ただしフライバイワイアの更新によって機体が頑丈になるなんて物理的にありえませんから、これは恐らくエンジン吸気問題による制限だったのではないか、と思われるわけです(もし機体構造の耐久性不足で7G規制が掛かってるなら完全な欠陥機である)。
となると9G旋回まで可能と言っても条件付きで、おそらくエンジンが止まる条件の旋回はフライバイワイアによって今でも規制されてると思われます。つまり無条件で高負荷旋回に入れるわけでは無いはずです。
さらに2019年現在に至っても9G旋回が可能なのはA型のみで、海兵隊用の垂直離着陸機B型は7G、海軍用の艦載機C型は7.5Gのフライバイワイアによる旋回規制がかかったままです。すなわち旋回の限界性能は第二次大戦時の機体レベルの数字となっています…。どうすんの、これ。
ちなみに1980年代までF-15Aでも旋回時の加速度を7.3Gまでに制限してましたが、これはフライバイワイアではないF-15では機体重量、速度ごとの限界Gを即座に計算できないためでした。
F-15では離陸重量の17トン(燃料満載+機関砲弾)で9G旋回は当然問題なし、さらにスパロー4発満載の18.6トンあたりまでも問題なく9G旋回が可能でした。ただしこれ以上重量が増え、さらに主翼下にサイドワインダーをぶら下げるとなるとさすがに9G旋回は無理で、この辺りから旋回時のG限界規制が掛かって来ます。ところがフライバイワイアではないF-15では飛行中にその限度計算が随時できないので最初から一定の安全マージンを確保して一律に7.3Gの制限をかけたのです。
(この段階では耐用年数の見当がつかず、機体構造の劣化が進む高負荷を避けた、という面もあったらしいが)
なのでフライバイワイアではないF-15では、その気になればいつでも9G旋回をやってしまえました。そもそも機体だけなら(パイロットも機外の武装もないなら)14G程度の負荷まで耐えられるようになってる機体なのです。
なのでこのままでじゃアカン、という事になり、後にOWS(
Overload warning
system/超過警告装置)が搭載されます。この装置により燃料搭載量、武装の重量、そして速度(マッハ数)ごとに、いつ9Gまで掛けていいか即座に判断できるようになり、この規制は撤廃されました。要するにF-15の場合、機体に問題があったわけではないのです。
実際、最初からフライバイワイアを搭載して最適な9G制限が掛けられたF-16にこういった規制は全くありませんでした。この点はフライバイワイアで強制的に7G以下の旋回しかできなくしていたF-35とは根本的に異なるのに注意が必要です。
なのでF-16は9Gまで負荷を掛けられますし、フライバイワイアのリミッターが無いF-15では12Gまで掛けて生還した猛者が居た、という記録もあります(ちなみにF-16も緊急時にはリミッター解除が可能になってるらしい)。他の国の戦闘機も同じような数字ですからF-35は生きるか死ぬかのドッグファイトに入ったら極めて不利ですし、ミサイル回避能力も見劣りしますから実戦で使うにはかなり無理があるように思います。…どうする気なんでしょうね、この辺り。
米海兵隊用であり、垂直離着陸機でもあるB型は7Gを超える負荷を掛けた旋回はできません。海兵隊の場合、地上部隊支援が主任務で空戦はそれほど重視されてない可能性もありますが、それはむしろ地上からの対空攻撃を一番食らう任務に投入される事を意味するのです。おそらく近年の高機動ミサイルを相手では上手く逃げれないでしょう。
さらに後のステルス編でまた説明しますが、F-35の場合、機体下面のステルス能力が低い可能性があり、よって下方向からレーダーで狙われる対空砲火、対空ミサイル(SAM)に対して脆弱性を抱えてると思われます。ホントにどうするんでしょうね、これ。もしかしたら、ドラえもんのステキ秘密技術の提供によりそこら辺りの問題は解決済み、という可能性も否定はしませんが、私ならこの機体で敵地進入はやりたくないですね。
さらに余談。
嘉手納に2018年の5月ごろまで約半年ほどF-35が派遣され、アメリカ空軍の中でも最強レベルにある沖縄のF-15パイロットと飛行訓練を行った事がありました(自衛隊のF-15とも密かに模擬空戦をやったらしいが未確認。ちなみに嘉手納のF-15Cはレーダーなどの電子機器を含め、いろいろ“特別”な機体でアメリカ空軍最精鋭部隊の一つ)。
この時の事をDefence Newsが2018年3月に取材し、F-15Cのパイロットの一人、Brock
McGehee大尉にインタビューしています。その時のやりとりが興味深いので紹介して置きましょう(ちなみに派遣されたF-35は9G飛行可の最新型(Block
3F))。
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So can the F-15 beat the
F-35 in dogfights?
“I mean, sometimes,” McGehee said, adding that all
aircraft lose in aerial combat sometimes, and for various reasons.
“Part of it is the aircraft and part of it is the man
in the
aircraft,”
(訳:
結局、F-15はF-35を空中戦で打ち負かせるのですか?
「そうだね、それはその時々による。全ての機体は色んな理由で、その時々の空戦で負ける」マギーヒーは言葉を続ける。
「一部は機体のせいであり、一部は中の人間のせいでだ」
*この場合のsometimes
は二つの対象を並べて、半々の確率でどちらかになる、といった意味。
例:Sometimes I
go by bus and sometimes by
car バスで行ったり、車で行ったりするよ)
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立場上、かなり言葉を選んでますが(笑)、なかなか興味深い意見です。
完全状態のF-35相手に模擬空戦をやった上で、少なくとも彼はF-15がF-35にかなわないとは思ってないと見るべきでしょう。しかもDefence
Newsが基地に入って取材してる以上、記事の公表前に軍が内容を検閲してるはずなのに、その公表を差し止めなかった、つまり彼の発言を否としなかったわけです。
さらに上の記事が書かれたのは、2017年のレッドフラッグ演習で、F-35が20対1の撃墜比(20機撃したが1機しか失わなかった)を記録した、とアメリカ空軍が発表した後なのにも注意が要ります。これはアメリカ空軍の大本営発表と実際に戦って見た現場のパイロットでは意見が違う、という事を意味します。
よって、この辺り、空軍の上層部にF-15擁護派がいるのかも…とか思ってたんですが、その後、2020年度予算からホントに米軍はF-15(X)を少なくとも72機(単座、複座合わせて。E型とは別のC&D型の代替機である)、新規導入する可能性が高いと、空軍参謀長のゴールドフィン(David
Goldfein
)が発表したのです。やっぱりなあ、という所で、やはりF-35だけではどうしようも無いのでしょう。ただし、彼は予算の申請はできても決定権は持たないので、国防省や議会で弾かれる可能性もありますが、おそらくいずれF-15は帰って来ることになりそうです。
(
David Goldfein
の発言は2019年1月26日にDefence
News で発表された。よって、おそらくほぼ既定事項だと思われるがこの記事を執筆中の2019年2月の段階ではまだ断言まではできない)
ただし、公平のために述べて置くと、沖縄に居るF-15飛行隊は極めて練度の高い部隊であり、対して今回派遣されたF-35Aの飛行隊は比較的経験の浅いパイロットが多かった、という点は注意が要ります。もっとも、パイロットの経験差がそのまま出る、という事は機体性能にさしたる差が無い、という証左でもあるのですが。