■第四章 音を、超えて行こうよ


■エリアルール1号登場

さて、今回は音速突破のもう一つのカギとなった断面積法則、エリアルール(Area rule このエリアは断面積の事)について見て置きましょう。

エリアルールは、機体設計に一工夫を与える事で音速飛行における造波抵抗を小さくするというもので、これにより従来より少ないエンジンパワーでも音速突破が可能になりました。このためエンジンパワーが不足がちだった時代のジェット機にとっては重要な技術となってきます。

まずは最初に発見されたマッハ1前後まで、すなわち音速を超えるだけならとりあえず有効だった遷音速領域向けのエリアルール第1号を見て置きましょう。
これはスーパークリティカル翼の所で登場したNACA(NASAの前身でアメリカの航空技術の元締め)の技術者、ウィットコムが1952年に発見したものでした(彼の仕事としてはこっちが先)。後に1956年になってからコニカルキャンバーの発見者、同じNACAのジョーンズにより超音速領域用のエリア・ルール2号が改めて発見され、より高速な機体でも造波抵抗を減らす事ができるようになります。現在のジェット機に使われてるのはほとんどがこの2号の方になるので、1号はあまり意味がないんですが、それでも基本中の基本なので確認して置きましょう。

とりあえず1号ルールは1952年8月にNACA技術報告、Report 1273 「音速に近い胴体と主翼の抵抗値軽減向上に関する研究」(Study of the Zero-Lift Drag-Rise Characteristics of Wing-Body Combinations Near the Speed of Sound)にまとめられ、革新的な技術としてアメリカの航空業界に吸収されました。
ただし気の毒なことに当時既に設計が終わって試作機まで造っちゃってたF-102などは改めて胴体の設計がやり直しとなり、そのコストを撥ね上げる一因となります。もっとも、これ無しではF-102なんて音速突破は不可能でしたから、間違いなく救世主ではあったんですけども。

このエリアルール1号の考え方は大きく2段階のステップに分かれますので、それぞれについて見て置きましょう。
ただし1952年に最初のレポートが出された時には、ここまで理論的には解説されおらず(単に実験結果からなる報告書だった)、キチンと理論的な解析をやったのはジョーンズのエリアルール2号からとなってます。が、ここでは判り易さを優先して、最初から理論的な説明をします。

■ステップ1 

高速飛行において、もっとも造波抵抗の少ない形状は、シアーズ(アメリカ人)とハック(ドイツ人)がそれぞれ別々に発見した立体、シアーズ・ハック体(Sears–Haack body)である。



シアーズ・ハック体は数学的に厳密に定義できるんですが、ここではもうちょっと簡単に説明します。これは両端が尖った円筒型であり、葉巻というかラグビーボールを引き伸ばしたようなものです。前後対象であり、中心位置において断面積&円周が最大になるようになってます。
ただしこの形状では主翼もエンジンも尾翼も夢も希望も、何も取り付ける事ができないので航空機にとっては無意味です。そこで次のステップが登場します。

■ステップ2

シアーズ・ハック体の有効性はその外形ではなく進行方向から見た断面積に依存する(ちなみにこれを発見したのが2号の方のジョーンズで、1号のウィットコムは全く気が付かなかった)。
…何言ってるのかよく判りませんね。これは図で説明した方が判り易いでしょう。



上が普通のシアーズ・ハック体。
これに主翼を付けてしまったら、当然、断面積の連続性が崩れてしまいますから、音速時の造波抵抗は増加します。ところが、ここに抜け道があるのが発見されるのです。この抜け道こそがエリアルールの命となってます。

下の図では主翼横の胴体を絞り込んでるのに注目してください。これは主翼を取り付ける事で増加した断面積に近い量だけ胴体を削って調整したものです。この結果、形は全然違うのに断面積だとシアーズ・ハック体の時に近い同面積となります。
でもって、この状態でも通常のシアーズ・ハック体が持つ造波抵抗の低減効果は同じように発揮される、というのがエリアルール1号です。
すなわち正面から見た時の断面積が大きく増大する主翼部の胴体を絞り込めばその抵抗はシアーズ・ハック体のようなもっとも低い状態に近づく、という大発見でした。ただしこの単純な胴体絞り込みはマッハ1の時のみ有効で、遷音速を超えて超音速に入るとむしろ有害だったりするんですが(笑)、その点はまた後で。

先にも書いたようにNACA Report 1273の発表段階ではシアーズ・ハック体が理想型とはウィットコムは気が付いておらず、単に主翼部分の胴体の断面積を減らせばよい、というだけで報告書は終わってます。それでも当時の遷音速機には一定の効果があったので主翼部の胴体を絞り込んだいわゆるコークボトル型の機体が増えるのです。



コンベアF-102Aの量産型。
先行試作機が音速突破が出来ず悩んでいたので、エリアルール1号を取り入れる事にした機体です。写真のように主翼の幅に揃えて胴体中央部の面積を絞り、ようやく音速超えに成功したのでした。このく「びれが」いわゆるコーラ瓶型、コークボトルスタイル、というやつです。

ちなみにF-102の初飛行は1953年10月、エリアルールの発見が1952年8月ですから、当時の開発ペースなら設計中に対応できそうなものですが、やりませんでした(笑)。
アメリカの戦闘機開発にはNACA(後にNASA)がほぼ必ず絡んでるので、風洞実験段階で音速突破は無理、エリアルールを採用せよ、という勧告がなされてたのに、コンベアの開発陣がこれを無視した、という話もあります。

どうもこの機体は試作機と並行して量産型の生産設備を整えてしまう、という頭の悪い開発手法だったため、そもそも簡単に設計変更はできなかったようです。これは本来、省コスト化のための開発手法だったのですが、結局はその量産型の準備も巻き込んで全てやり直しになってしまい、膨大なコスト増大につながってます。頭、良くないですね。

ついでに最大速度はマッハ1.2前後なので、エリアルール1号でもギリギリ有効、少なくとも害は少ないレベルでした。



デルタ翼大好きコンベア社の超音速爆撃機B-58ハスラー。
1956年11月、エリアルール2号発表後に初飛行したマッハ2まで出る脅威の爆撃機でした。まあ、実際はいろいろあったんですが、ここでは省略。

コークボトル型の胴体から判るように、エリアルール1号に則って設計されてます。すなわちマッハ2まで出る機体でこの形状は意味が無い、あるいはむしろ抵抗が増えて有害だった可能性が高いのですが(笑)、途中で設計変更が加わったのか、あるいは無尾翼デルタ翼の偶然の恩恵なのか、結果的にエリアルール2号にもある程度適合してます。そこら辺りで差し引きゼロになっていたのかもしれません。

ノースロップの軽量戦闘機、F-5A。
初飛行は1959年で、とっくの昔にエリアルール2号は発表済みなんですが、まだコークボトルスタイル、すなわちエリアルール1号に則った設計になってます。設計はもうちょっと古いので、そのためなのか、ノースロップ開発陣の勉強不足なのかはよく判りませんが。
一応、マッハ1.5までは出ることになってた機体なため、これも実際はそれほど有効な設計ではなかった可能性が高いです。個人的には実際はマッハ1.5は出ないか、出てもせいぜい数秒間じゃないかと思ってますが。

では、次にエリアルールの真打、エリアルール2号について見て行きましょう。


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