■エリアルール1号の欠陥と2号の登場
エリアルール2号を“再発見”したのがこれまた再びの登場となるNACAのジョーンズでした。
再発見、というのは第二次大戦時のドイツで既に発見されていたから。ユンカース社に居たオットー・フレンツェ(Otto
Frenzl)が1943年にほぼ同じような法則を発見、1944年の段階でドイツの特許まで取っていたのです。ただし、ジョーンズはこれを知らずに独自に同じ結論に至ってるので再発見とされてます。ちなみにこの“再発見”に当時アメリカに居たドイツの航空超人ブーゼマンが絡んでる、という話があるのですが、確認は取れませんでした。
すでに見たようにエリアルール1号はウィットコムのNACA技術報告Report
1273が元になっていますが、このレポートではマッハ1.12までしか実験データが有りませんでした。恐らく実験風洞の限界がそこら辺りだったのだと思います。
ところが後にマッハ1.2辺りから、すなわち超音速領域に近づくとエリアルール1号の効果が消えてしまう、あるいはむしろ抵抗が増えてしまうケースが発見され始め、どうも1号では遷音速領域までしか役に立たないらしいぜ、と判明します。
つまりより高速な超音速飛行では使い物にならなかったのです。
ウィットコムによるエリアルール1号の発見を報告するNACAのReport
1273。
左がデルタ翼、右が後退翼で、グラフの上からエリアルール無し、エリアルールあり、そもそも主翼無し、の各データ。グラフは縦軸が抵抗係数(抵抗の大きさ)、下が速度のマッハ数となってます(インフィニティが付いてるのは風洞実験における一様流であるという事)。
どちらの主翼でも当然、主翼なんて付いてないのが最も抵抗が少ないんですが(笑)、それじゃ飛べないのでこれは忘れましょう。で、主翼ありを比べた場合、マッハ0.92以上では、常に主翼横の胴体を絞り込んだもの、すなわち断面積を調整したエリアルールありの方が抵抗値が低くなってます。後退翼、デルタ翼、共に最大で25%前後の低下になっており、これは大きいでしょう。抵抗が少ない以上、より小さなエンジン出力でも同速度が出せることを意味しますから。
ただし、ご覧のようにデータは最大でもマッハ1.12まで、すなわち遷音速までだけです。
実はエリアルール1号による単純な胴体の絞り込みだと、この先の速度、超音速になるとこの効果は消えてしまい、それどころか抵抗値が逆転してしまう事例も出て来るのです。すなわちかえって有害、となります。デルタ翼のデータを見ると、なんとなく、この先で逆転が起きそう、というのが見て取れると思いますが、その欠陥を補う事になるのがエリアルール2号なのでした。
ついでにグラフ上、左端の主翼無し機体の形状がシアーズ・ハック体になってないのも注目。ウィットコムの理論はこの辺りも含めてまだまだ中途半端だったのです。
ちなみにマッハ0.92以上ではデルタ翼の方が常に抵抗値が大きいのにも注意してください。この辺りの理由は私には判りませんが、音速を超えて行く場合、抵抗の大きさでは原則としてデルタ翼の方が不利なのです。それでも多くの軍用機がデルタ翼を採用してるのは先に見たように強度面、重量面、そして武装搭載量などで有利だからでしょう。
■力の2号
これらの欠点を補正したのが、エリアルール2号でした。
ウィットコムの1号報告から約4年、1956年になってからジョーンズによるNACAの技術報告書、NACA
Report
1284 「超音速時における胴体と主翼の抵抗理論(Theory of wing-body drag at supersonic
speeds)」が発表され、エリアルール2号が世に出ます。
厳密に数式で解析した結果(ウィットコムは風洞実験から得たデータのみで理論的な解析はやってなかった)速度ごとに最適な胴体形状がある、というのがジョーンズの発見でした。このため以後、エリアルール1号に従っただけの単純なコークボトル型の機体は姿を消す事になります。
余談ながら高速飛行に多くの貢献をしたこの二人ですが、ウィットコムは風洞実験からさまざまな事実を発見する人であり、対してジョーンズは理論的に数式化しての解析、発見を得意としてました。対照的な二人、とも言えます(ただしジョーンズも理論の確認のための風洞実験は普通にやってる)。
さて、この2号ルールもシアーズ・ハック体を理想とするのは同じなんですが、それに合わせて揃える機体の断面積がやや複雑になっているのが特徴です。
エリアルール1号で問題になったのは胴体と主翼の関係だけでした。ところがエリアルール2号では、機体全体に最適な断面積が存在する、となっています。
エリアルール2号ではまずは目的とする速度のマッハ角を求めます。今回例に挙げるF-16とだいたいマッハ1.6が限界ですから、そのマッハ角は前回見た計算式から、約33度となります。次に、進行方向を軸にして、そのマッハ角で機体をカットし断面積を求めます。
機体の中心軸に沿ってマッハ1.6のマッハ角、33度で機体を切断すると、こんな感じになるので、ここの断面積を求めます。
が、垂直面と違って、33度の断面というのは複数存在します。上とは反対側に傾けたこれも33度、さらに90度回転させた状態も、あるいはもっと細かい角度で動かした状態も、全て33度の断面となります。これらを全て求め、その平均値を出せ、それをシアーズ・ハック体の断面積と揃えよ、というのがエリアルール2号なのです。
しかもこれを機首部から尾部まで、全部でやれ、という話になります。
ただし、数式を見る限り、平均値をとる、というより速度ごとのマッハ角の円錐の形にそって機体を切断し、その時露出する部分の総面積を求めよ、という感じのようですが、いずれにせよ面倒ではあります。
まあ、実際の機体は左右対称なのが普通なので、あるい程度は簡略化できそうですが、私ならこんな計算、絶対にやりたくないです、はい。
ちなみに先に見たように、マッハ1の時のマッハ角は90度ですから進行方向に対して垂直な断面になります。つまりエリアルール1号、主翼と胴体の単純な垂直断面積を使えるのはマッハ1の時だけ、という事もこの法則で証明されたのでした。
ジョーンズによるNACA Report
1284 から。
エリアルールなし胴体、彼の理論に沿って設計されたマッハ1.0用、マッハ1.2用のエリアルール適用機体の各抵抗値データです。上が風洞実験によるもの、下が計算による予測値。
どちらも左端の位置で一番上が無加工、真ん中がマッハ1.2用、一番下がマッハ1.0用のデータです。グラフは例によって縦軸が抵抗値、横軸がマッハ数による速度。当然、下にある方が抵抗値が少なくて有利となります。
こうして見ると、実は微妙に計算による予測値と実験値が一致して無いんですけども(笑)、エリアルール無し機体がマッハ1の段階では、一番抵抗が大きい事、マッハ1.0用はマッハ1を超えた後はどんどん抵抗値が上がって行き、マッハ1.3を超えるとエリアルール無しよりもむしろ抵抗値が大きくなってしまう事、マッハ1.2用はマッハ1.2〜1.3あたりまで低い抵抗値を示した後、エリアルール無しとほぼ同じ数字になってしまう事が読み取れます。
厳密に理論通りの結果ではないのですが、それでもそれぞれのマッハ数に適した胴体形状が存在し、さらにその速度を超えてしまうと、あっさりその効果が消えてしまうのが見て取れるでしょう。
ちなみにエリアルール無し機体は音速を超える段階で抵抗値がバンと跳ね上がるのですが、実はそれ以降は抵抗値は低下して行く事にも注目してください。これが音速の壁の変な特徴の一つで、音速を超える時の方が、超音速に近い速度より抵抗が大きいのです。この辺りは非連続性、非線形の数式の嵐の速度域なので、なんでそうなるのかは私も知りません(無責任)。
とりあえず、この発見により、従来より少ないエンジンパワーで超音速まで加速できるようになったわけです。このエリアルール2号は今でも有効で、空気取り入れ口や尾翼の位置などで多くの機体がこの調整を行っています。
エリアルール1号世代とエリアルール2号世代の見分け方は簡単です。
1号では主翼横の胴体を絞れ、というだけなので、それ以外の部分は直線構造になっており、さらに尾翼なども機体後部に単純にまとめて設置されてます。写真はエリアルール1号世代のF-5B。主翼横以外の胴体はほぼ単純に真っすぐです。
対して2号世代の機体は、機首部からジェットノズルまで滑らかに断面積が増減し、主翼部でこれが最大になるようになってます。ちなみにエリアルール2号を適用する場合、デルタ翼の方がその調整は簡単なはずで、これもデルタの利点の一つだと思われます。
2号世代のもう一つの特徴が尾部で、垂直尾翼と水平尾翼をずらし、機体後部の末端で断面積が増大しないようにしてます。写真のF-16だと胴体下の安定板なども微妙にズラした場所にあるのが見て取れるかと。
さらに新しいサーブのグリペンなども、機首部から後部にかけて滑らかに断面積が増えるような設計になってるのが見て取れます。尾翼の無い無尾翼デルタだと、その辺りの設計はさらに楽だと思われますが、詳しくは知りませぬ。
といった感じで、音速を超えるステキな秘密技術、エリアルールは今でも音速機の設計に活かされてるのでした。
ちなみに私が確認できた範囲においては、1号、2号、どちらのレポートも最初から機密指定がされてないようですが、誰もその重要性に気が付かなかったからなのか、それとも意味もなく気前がいいからなのか、よく判りませぬ。まあ、機密指定がなくても海外の人間は読めなかった、という場合もあったようなので、その辺りはよく判らんのですが。
といった感じで、音速超えの話はこれまで。
最後にちょっとしたお話を一つ。
カリフォルニア工科大学(California
Institute of
Technology)の名誉教授であり地震の専門家でもある金森博雄さんは1990年代にカリフォルニア州南部に地震計を設置、非常に感度が高い観測を行っていたそうな。その意外な副産物として、カリフォルニア州上空を通過するスペースシャトルの強烈なソニックブーム、機体の前後で生じる衝撃波が地上に到達した時の強い圧力波を検出する事に成功したのだとか。
この地震計が、週末に限って高高度から到達するスペースシャトルとは別のソニックブーム、その強さからしてマッハ5前後の極超音速で飛行する物体がある事を感知した、という話が高山和喜さんの「ショックウェーブ」という本に出て来ます(この本の内容はイマイチなのでお勧めしませんが)。
そういったソニックブームが発生する論理的な推論は以下の二つになるでしょう。
■アメリカ空軍は高高度をマッハ5以上で飛行できる未だ非公開の機体を密かに保持して南カリフォルニアで飛ばしてた
■毎週週末には宇宙人が大気圏突入してロサンゼルスまで買い物に来てた
どちらだとしても個人的にはビックリですが(笑)。
この話を聞いて、1990年代後半ならNASAがロシアからTu-144超音速旅客機を借りて飛ばしてたし、あれのエンジンはTu-160ブラックジャックのに替えてあったから、マッハ3くらいまでなら出たろうな、と思ったんですがNASAによると全ての試験飛行はロシアにあるツポレフの研究所で行った、という事なのでこれは該当しません。じゃあ、なんだ、というと全く判りません。
ちなみにアメリカには1990年代に入った後もXB-70ヴァルキリーに似た機体が飛んでいたのを見た、という都市伝説があったりするので、アメリカ空軍、なんかやってたんでしょうね、とりあえず。
この辺りは衝撃波の検知を工夫すれば、レーダーに映らないような相手でも見つけ出す事は可能だ、という話にしておきましょう。
…ちなみに私はアンドロメダ宇宙人説に1000円までなら賭けますよ。
といった感じで今回はここまで。
|