■第四章 音を、超えて行こうよ


■翼面上衝撃波と後退翼の補足

さて、前回は翼面上衝撃波とその対策である後退翼を見ました。
今回の記事は、まずその補足からです。

■プロペラの翼面上衝撃波



前回、軽く触れたプロペラの翼面上衝撃波対策を、もう少しだけ詳しく見て置きましょう。

航空機のプロペラを切断すると写真のように翼断面型になっており、プロペラは主翼と同じように揚力を発生させて、その力で機体を前に引っ張ている事が判ります。
主翼は機体ごと動いて高速気流に当てることで揚力を生みますが、プロペラは自ら高速回転して揚力を生むのです(これを上に向ければヘリコプターのローターブレードと原理的には同じになる。ただしヘリコプターのローターブレードの制御はいろいろややこしいので、このままでは使えないが)。

よって、当然、高速時には翼面上衝撃波の問題にぶつかります。このためエンジンの回転軸とプロペラの間には減速機(減速ギア)を噛まして、その速度を落とす事になるわけです。

ここでは戦後のターボプロップエンジン、アリソンのT-56を搭載したC-130を例に説明して行きましょう。



C-130のエンジンとプロペラ周りはこんな感じです。写真の右側の筒状のモノがT-56ターボプロップエンジン。

ターボプロップはガスタービンエンジン、つまり事実上の軸流ジェットエンジンですから、こんな縦長になります。
気流で羽車を廻す事で動力を取り出すタービンエンジンで、高速で噴き出すジェット噴流によってタービン(羽車)を回し、その力でプロペラを回してるわけです。ほとんどのジェット推力はタービン軸の回転に使われるため、後部から噴き出すジェット噴流そのものにはほぼ推力は残ってないエンジンでもあります。あくまでプロペラが推力を生むもの、と考えてください。
こうすることで、レシプロエンジンよりはるかに強力で、かつジェットエンジンほど高速を出さない機体ではより経済的な燃費で飛べるエンジンとなります。

さて、写真を見れば一目で分かるようにプロペラの軸と、エンジンの回転軸は上下にずれてます。
下の白い矢印がタービンの回転を伝える回転軸(シャフト)で、それが取り込まれてる円柱型の箱状のものが減速機(減速ギア)。その中の減速ギアで回転数を落として、プロペラを回してるわけです(この装置の場合、減速機以外の装置も入ってるような感じもするが詳細は不明。とりあえずメインは減速用の歯車)。

なんでこんな事をするの、というと、こうしないとプロペラの回転が翼面衝撃波を生じる速度(時速800〜900q)にすぐ達してしまうからです。なにせ中身はジェットエンジンですから、最大出力時には13000rpm(回転/分)を超えてきます(ちなみ同回転数でに約3700馬力(hp)と凄まじい馬力を持つ)。
これは第二次大戦期のレシプロエンジンの平均的な回転数2000〜3000rpmの4倍近いですから、ベラボーな回転数です。
すると、どうなるか。



C-130のプロペラはこんな感じ。写真のモノは54H60型で、直径は4.1mとなってます。

当たり前ですが、プロペラはどの部分も同じ時間内に同じ回数回転します。
が、円回転ですから、位置によって移動速度は異なり、同じ時間内にもっとも長い距離を回る事になる先端部、円の外周部が最も高速になります(陸上のトラックで内側が短距離で有利になるのの逆)。
なので、キチンと推力を出そうとしたらこのプロペラ先端部の回転速度をマッハ0.8前後(約900〜980q/h)以下に抑えねばなりませぬ。そうすれば自動的にプロペラ全体の速度も翼面上衝撃波を生まない速度に収まります。

が、先に見た分間13000回転となると、直径が4.1mあるC-130の場合、

0.0041q×円周率(3.14)×13000回転/分×60分=10041.7q/h

とマッハ10近いの超音速となってしまいます(笑)。こうなるとプロペラ全面で翼面上衝撃波が発生、全く推力を生まなくなってしまうし、それ以前に膨大な造波抵抗でまともに回らないでしょう。

そこで減速機を噛まして回転数を落とす事になります。
C-130の54H60プロペラ部品の維持、修理を主な仕事にしてるアメリカのC&Sという会社のレポートによると、C-130のプロペラは常に1020rpm(回転/分)を維持するようになってます。となると、直径4.1mのプロペラ外周部の速度は

0.0041q×円周率(3.14)×1020回転/分×60分=約787.9q/h

と、キチンと翼面上衝撃波発生直前の速度に抑えられてるのが判ります。
ちなみに厳密に1020回転を維持するのには減速機だけではなく、プロペラのピッチ(迎え角)を変えて、その抵抗力も利用してるらしいのですが、これが一般的なものなのか、54H60プロペラ独特のモノなのかは私には判りませぬ(手抜き)。



近年のターボプロップ機はこんな多数のブレードのプロペラを使用してるものがありますが、これは新素材などにより軽量化に成功、同じ出力でより多くの枚数を廻せるようになったからです。当然、推力は上がります。
ついでに後退翼がついてますが、これは翼面上衝撃波対策ではなく、騒音対策としてもの。

ちなみに第二次大戦期の戦闘機、P-51だとプロペラの直径は約3.4m、マーリンエンジンは離陸の時に最大3000rpmまで回してました。となると、

0.0034q×3.14×3000回転/分×60分=約1921.7q/h

となり、やはり軽く音速を超えてしまうため、当時の機体でもプロペラ減速機は必須の装備となります。


■後退翼のあれこれ

お次は後退翼に関しても、もう少しだけ補足をしておきましょう。
まず、水平尾翼。当然、これも翼面上衝撃波を生みますから、主翼と同じ角度、その機体が必要とする気流の減速を生む角度まで後退角を与えられます。



こんな感じですね。写真はイギリスのライトニング戦闘機。基本的に、後退翼を持つ機体は、尾翼も同じ角度で取り付けられてる、と思ってください。

さて、もうひとつ、後退翼機によく見られる翼面上の整流板についても解説して置きましょう。



強い後退角を持つ機体の翼面上には、矢印のような整流版が付けられてるのがよく見られます。

後退翼では迎え角を強く取ると主翼上面の気流が主翼の外側、翼端方向に流れる現象が発生します。
すなわち気流が翼断面に対して横向きに流れるため、揚力が発生しなくなり翼端失速が発生します(後退翼でなくてもその傾向はあるのだが、特に強くなる)。

強い迎え角を取ってる、という事は空戦の旋回中か、離着陸時がほとんどですから、これは極めて危険でした。
いきなり片側の主翼が失速するとそちら側に機体がガクンと傾く、さらに反対側の翼は生きてるのでその力で機体は回転しようとするため、ほぼ制御不能状態となって離着陸時なら確実に堕ちます。
それを防ぐための整流版が、当時の軍用機にはよく見られるこの板なのです。翼端部に向かう翼面上の気流の流れを遮断し、後方へ流す事で上記のような現象を防ぎます。

写真のMIG-15のようなソ連機の主翼にはこれが目立ち、ソ連の後退翼の特徴の一つになっています。



ちなみに同じ効果を狙ったものに、犬歯翼、Dogtooth wing と呼ばれるものがあります。写真はイギリスのホーカーハンターのもの(ちょっと珍しい複座型)。
写真のような切り欠きを主翼前縁部につけると、機体が迎え角を取った時、ここに気流が当たって渦が生じます。これが後方に流れ、主翼上面の横向きの気流の流れを遮断…というか渦で吸い込みながら後方に流れて横向きの流れを止める、というものです。古くからある技術なんですが、整流板より進化した工夫と言っていいでしょう。

実は整流板先端でも同じような渦が生じるため、ソ連機のように板を主翼後部にまで引っ張る必要はないはずなんですが、なんであんな設計なんでしょうね。何か別の効果も狙っていたのか、まともに風洞実験をしてなかっただけなのか。

ちなみに上で見たライトニングはよく見ると主翼前縁の一部に切込みがありますが、これも犬歯翼と同じ効果を狙ったものです。



ついでに日本のT-4も犬歯翼でこの問題に対処してます。黒い矢印部がそれ。ちょっと小さい写真で判りにくいですが。



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