■おらあデルタだ
さて、お次は三角翼、いわゆるデルタ翼を見て行きましょう。
先に見た後退翼の欠点を補う、より優れた翼面上衝撃波対策として登場してきたのがこのデルタ翼でした。ちなみにこれもドイツ発祥でして、すげえなドイツの超飛行科学、という感じでございます。
アメリカ空軍最初のデルタ翼戦闘機、音速全天候型迎撃戦闘機のF-102。
この機体の迷走については後でまた見ますので、今回はこれがデルタ翼なのだ、という点だけ見ておいてください。
この機体はアメリカの戦闘機では珍しい無尾翼デルタで、大型のデルタ翼をケツまで引き延ばし、水平尾翼を無くしてしまったタイプです。ヨーロッパの機体などは今でも無尾翼デルタが多いですが、アメリカ、ソ連(ロシア)では尾翼付きデルタ機が主流です。
アメリカ、ソ連のジェット戦闘機ではこのF-16のように水平尾翼付きデルタ翼が標準となりました。
さらにほとんど揚力を生まない翼の端を切り取ってしまったクロップド デルタ(Cropped
delta)翼となってますが、それでも翼面上衝撃波対策としてはデルタ翼と同じ理屈で飛んでますから、立派なデルタ翼です。
米ソがこういった尾翼付きデルタ翼にこだわった理由の一つが、ジェット噴射口の赤外線漏洩対策として水平尾翼が必要だったからだと思われますが、このあたりは連載のもっと先で、また触れる事になります。
さて、話をデルタ翼に戻します。 デルタ翼については、後退翼でおなじみのブーゼマンが終戦直前に翼面上衝撃波対策の一環として先行研究を行っていた事は既に書きました。当然、イギリスもアメリカも高速翼としてのデルタ翼に関してはほとんど理解してませんでしたから、これもドイツの秘密技術の一つだったわけです。
ただしドイツのデルタ翼そのものはリピッシュ(Alexander
Lippisch)の考案で、そもそもは無尾翼機のための発明でした。主翼をケツまで引き延ばして水平尾翼無しで飛べるグライダーの主翼として研究が始まったもので、後退翼のように最初から翼面上衝撃波対策として考えられた翼ではないのです。
ちなみにドイツのデルタ翼の元祖、リピッシュもジェット&ロケット推力の音速デルタ翼機を計画してますが、これは翼面上衝撃波対策機ではなかったように見えます。少なくとも彼のデザインを見る限り、その分厚い主翼に翼面上衝撃波対策の面を感じることは困難です。おそらく超音速を超えた後、機首部の衝撃波壁の背後に主翼を収めるのにデルタ翼は優れてる、といった面を考慮して考えたものではないかと。
つまり超音速突破後の対策としてのデルタ翼で、音速飛行前の翼面上衝撃波対策ではないと思われます。実際、彼のデルタ翼機はほとんどその対策になって無いと言っていいです。
ロケット戦闘機Me-163を開発しため、デルタ翼の元祖、リピッシュは高速機の専門家のような印象がありますが、この機体の後退翼は主桁が正面を向いてる後退翼、すなわち何ら翼面上衝撃波対策になってないものでした(ちなみに主翼は木製)。
この点からしても、リピッシュは翼面上衝撃波に関して、あまり理解して無かったように思わます。
(前回も書いたが、Me262は翼面上衝撃波対策後退翼だが、これは重心点調整のために偶然そうなっただけ、しかもエンジン部から外側だけがそうなってる。ドイツと言えど、実際の後退翼はほぼ理論段階でとどまっていたのだ)
なのでデルタ翼が翼面上の衝撃波対策のために使える、と見出したのは、これまたおそらくブーゼマンでしょう。
ちなみに二人とも大戦後はアメリカに連れて行かれ、デルタ翼の開発に関わってるのですが、どちらがどこまで関与したのかは不明です。とりあえずNACA(ブーゼマン)や空軍(リピッシュ)の研究施設で仕事をしてましたから、よく誤解されてるようにB-58やF-102のデルタ翼軍団を生み出したコンベア社に居たわけではありませぬ。
コンベア社の技術者はまずブーゼマンの研究データを入手、その後、ライトパターソン基地の研究施設にリピッシュを訪問、そのデルタ翼理論に衝撃を受けて高速機にはデルタ翼と決定しただけで、直接、その設計に参加させたわけではないのです。
■デルタの減速
さて、翼面上衝撃波対策としてのデルタ翼の原理は単純です。まずは前回の図を再度見てください。
後退翼は翼断面に対して斜めに気流を通過させる事で移動距離を伸ばし、相対的に流速を低下させ翼面上衝撃波対策としたものでした。 これは通常より長い翼断面の距離を気流が通る事で生じる効果です。だったら単純に翼断面そのものを縦に引き延ばししても同じような減速効果があるんじゃないの、という事になります。極めておおっぱに言ってしまうと次のような考え方ですね。
理屈の上では縦長の巨大な主翼でもいいのですが、それでは重くなりすぎて胴体への取り付け部からポッキリ折れてしまう可能性が高くなり、同時に揚力もかなり落ちるので利点より欠点が目立つ構造になってしまいます。
なので翼面上衝撃波が強力になる胴体付近を最も長く、そこから離れるにつれ普通の翼断面型に近付く三角翼、デルタ翼が望ましいとなります。さらに翼端部では面積が小さくなりすぎてほとんど揚力を生まず、あまり意味が無いので、ここも切断してしまいましょう。
こうして現在の戦闘機の主流となってる切断デルタ翼、クロップド デルタ翼に行き着くわけです。
ちなみに理屈が判れば理解できると思いますが、主桁、翼の断面型は通常の直線翼のようにキチンと進行方向を向いています。この点は後退翼とは大きく異なる部分です。
■デルタで行こう
後退翼に比べ、胴体への取り付け部がデカいデルタ翼は十分な強度の確保が容易、というメリットがあります。 主翼に強い後退角度を付けると強烈な負荷がかかり、その補強が必要となって重量的には不利でした。一般に30%の後退角を与えると直線翼より凡そ1〜2割機体が重くなるとされてます。この点、取り付け部が広く、直線翼と同じ進行方向を向いた翼断面を持つデルタ翼なら容易に強度が確保できました。
この結果、より軽く主翼を強化できたので、後退翼よりも多くの兵装を主翼にぶら下げられ、この点でも有利です。
さらに後に紹介するLERXのような効果、角度の強いデルタ翼の前縁部は強い迎え角を取ると渦を生じ、これが主翼上面を流れて低圧部を生じて揚力となる、といったメリットがありました。大きな迎え角を取る、つまり空戦の旋回中や離着陸時に揚力が強化されるのはデルタ翼の大きな強みです。揚力が小さくて離着陸が難しかった後退翼に比べると、これもまたメリットとなります。
ただし渦を発生させての揚力強化なので、抵抗値の増大も強烈で、このためデルタ翼、特に後で見るLERXを付けたものなどでは離陸時にアフターバーナー必須、というほどのパワーが必要でした。
民間機なのにアフターバーナー積んでる(ロールスロイスエンジンだから正確にはリヒートだが)コンコルド。
これは超音速機だから、というより、離陸時にこの巨大なダブルデルタ翼でグワッと機体を持ち上げるのにすさまじいパワーが必要だったからです。離陸時の映像を見れば、軍用機のようにアフターバーナー(リヒート)焚いて離陸してるのが判ります。これは高速で離陸する、とかではなく、そうしないとそもそも飛べないのです、この機体。
さらに超音速飛行では機体正面に発生する衝撃波の背後に主翼を収める必要があり(超音速以下の気流の中に主翼を置く)、マッハ数が上がるほど、その角度も急になります。これを後退翼でやると極めて強烈な後退角となり、先に見た強度の問題で、かなり厳しい設計となります。が、そもそも縦長に引き延ばしてるデルタ翼では、機体の後方に強い角度で主翼を収めるのにも強度確保にも、特に苦労はないのです。これが超音速機にデルタ翼が向く理由です。
ついでに戦後アメリカに連れてこられたリピッシュによれば、アスペクト比(翼面積÷(翼幅×翼幅))が2.5以下、という縦長のデルタ翼なら翼端失速はしない、との事で、これも後退翼に対するメリットでした。ただしF-102などは後退翼機並みの整流板を主翼に取り付けてますから、翼端部に向かう気流は後退翼並みに発生してるはずで、よほど横幅の無い主翼にしないと、その効果は出なかったようにも見えます。
マッハ2を超えるのに後退翼だったイギリスのジェット戦闘機、ライトニング。 マッハ2となると、機首正面の衝撃波壁は極めて鋭角となるので、これの傘の中に収めるため、かなり無理な角度の後退翼を搭載してます。このためいろいろ無理のある設計となっていました。
そもそもこの角度で主翼の後ろにエルロン(補助翼)を付けても効きませんから、翼端に後ろ向きにエルロンがある、という前代未聞の構造を取り(フラップは主翼後部にある)、さらに主翼に足を入れたら、増加燃料タンク(増槽)を付けるスペースが無くなってしまい、主翼上面にこれらを搭載する羽目になりました(ミサイルは胴体横に積む)。 こうしてみると、このまま三角形のデルタ翼にしてしまえばいいのに、というのがなんとなく感じられるでしょう。世界中の軍用機屋さんも同じことを考えた結果、現在のデルタ翼天国となっているわけです。
ただしデルタ翼のメリッとは超音速飛行で強烈な後退角度が必要になる機体、そして主翼に多くの武装を積みたい軍用機に関するものでした。それ以外だと、さほどメリットはありません。なので、そこまで高速で飛ばない機体、主翼に武装を積まない民間の機体にはほとんど見られないのです。
もっともかつてのイギリスのヴァルカン爆撃機のように音速直前まで、ジェット旅客機と同じような速度で飛ぶ機体なのにデルタ翼にしちゃった例もありますが、あれは燃料と爆弾搭載のためデカい主翼が欲しかったんじゃないかと思います。
最後にもう一つ、デルタ翼の翼面過重について。 デルタ翼は主翼の面積が広くなるので、機体重量あたりの揚力が大きい、つまり翼面荷重が小さい印象がありますが、後退翼と同じく揚力的にはより貧弱ですので話はそう単純ではありません。直線翼と違い、翼面積だけではそう簡単には判断できないのです(この点は後退翼も同じ)。
一般に見た目よりも翼面荷重は重いと考えておくべきで、かつ単純な翼面積と翼面荷重の比較は意味が無いと思っていいでしょう。
といった感じで、今回はここまで。 |