■F-35の空気取り入れ口への道

今回はF-35の空気取り入れ口について少し詳しく見て置きます。かつてF-22の本編でやるかもしれぬ、と書いたままホッタラカシにしてしまった部分ですね。

 

空気取り入れ口の直前に凸部(ロッキード・マーティンが言うところのBump)があり、これと強い角度で前方に突き出された吸気口の外側の覆い(カウル)で機体表面の層流を取り除いてるのがF-35の特徴です。これを横位置につけてしまった事で致命的な欠点を抱え込んでしまった点はすでに指摘してるので、今回はその作動原理を見て行きましょう。

境界層を避ける分離板も隙間も持たない空気取り入れ口はライバルだったX-32でも同様ですが、ロッキードは独自の特許を1998年に登録し(書類提出は1996年)、X-35、そしてF-35で採用しました。おそらく1996年にF-16の空気取り入れ口で実証試験されたものの延長線上にある技術でしょう。

この空気取り入れ口の形状をDSIと呼ぶことが多いですが、DSIはDiverterless supersonic inlet/非分離構造 超音速吸気口の意味であり、本来はマッハ2近い超音速で飛ぶ機体に不可欠の可動式吸気口を不要とし、同時に境界層を排除できる構造を指します。
が、既に指摘したように、F-35は本来のDSIが目指していたマッハ2を超える飛行はできませぬ。よってこの構造は高速な超音速飛行よりも境界層の流入防止が主目的となっています。

実際、ロッキード・マーティン社が提出した特許請求項目(Claims)を見ても、第一項に、A system for diverting boundary layer air from an aircraft engine inlet、すなわち「航空機の空気取り入れ口において境界層を分離排除する構造」としており、超音速飛行時に置ける効果には触れていません。さらに言えば特許申請書類内においてDSIという呼称は一切使われて無いのです。

同社ではこれを Diverterless engine inlet system/ 非分離構造吸気口と名づけ、その形状に関しては、Transition shoulder system/遷移式肩構造といった名称を使っています。 よってこの記事では非分離構造吸気口という呼称を採用し、その原理を説明して行きましょう。

ちなみにロッキード・マーティン社がアメリカ特許商標庁(USPTO)に提出した書類はとっくに全て公開されてるので、その基本的な概念、構造は誰でも知ることができます。
主なものは1996年に申請(File)、1998年に登録(Grant)された特許US5749542AとUS5779189Aの二つで、基本的には同じような内容ながら、後者の方が項目が増えた申請になっています。今回の記事は主にこの二つの特許申請書類の内容を基に進めて行きましょう。

余談ですが、超音速飛行に置ける理想的な空気取り入れ口形状の設計に関しては、ロッキード・マーティンが2007年になってから改めてUS7207520B2 という特許を登録しています。私には何がなんだか理解できなかったのですが(笑)、興味のある人は読んでみてください。

ちなみに中国がいろんな機体でやってる空気取り入れ口の形状も、どう見てもDSIではなく、単に境界層の流れを排除するためのものでしょう。が、これについては資料が無い上に筆者は興味もないので、一切、無視します。それほどステキな秘密技術でもないですしね。

■目新しい技術では無し

そもそもマッハ0.8未満、遷音速以下の速度しか出ない、低出力エンジンの機体なら、吸気口の境界層排除は結構いい加減な構造でもなんとかなってしまう、という面がありました。流速の遅い境界層を取り込んでも必要な空気の量は確保できるし、吸気口までの機体表面の距離が十分に短ければ境界層が派手に乱流化する速度でもないからです。

これが深刻な問題になるのは、境界層が乱流化しやすい遷音速以上で飛び、かつ強力なエンジン出力のために境界層そのものを排除する必要がある場合に限られます。例外的に胴体の後方に空気取り入れ口を置いてしまい、気流が長い距離胴体表面を流れる場合がありますが、低出力エンジンの小型機であればそんな構造にはまずならないので問題になりません。

このため、吸気口の前にF-35のような凸部を設け、これで境界層の流れを逸らしてしまうだけの単純な構造は昔からあり、それほど珍しいモノではありませんでした。



800q/h以下しか出ない、プロペラ機にちょっと毛が生えた程度の性能のセスナのT-37では、空気取り入れ口の直前にある段差で境界層を上下に逸らし、対策としてます。こんなんでもなんとかなっちゃうのでした。

ただしこの機体の場合、空気取り入れ口までの胴体長が3m以下であり、そもそもキチンと表面処理をやっておけば乱流化の恐れはそれほど高くない、という面もありました。
このため、発展型ともいえる攻撃機、A-37ではこの段差ですら不要と判断され、廃止されてしまってます。低出力エンジンで機体も小さければ、それでも何とかなってしまうのでした。



初飛行は第二次大戦中の1943年10月だった戦後のイギリス空軍主力ジェット機、デ・ハビランドのヴァンパイアも同じように吸気口の前に段差構造を設け、境界層を空気取り入れ口から逸らしてます。

ただしこちらは出っ張りの左右中心線に沿って凹の溝が掘られており、これで境界層を上下に流す工夫がされていました。時速800q前後、エンジン出力は約15kNですから、それで十分だったんでしょう。



この点、発展型であるベノムでも何の進化も無い形状になっていました(写真は海軍用のシーベノム)。

ただしこの機体の場合、時速約1000q、エンジン出力は21.5kN前後まで上がってましたから、いろいろとギリギリの設計じゃないかなあ、と思いますが。まあ、この機体も吸気口までは2.5m前後の長さしか無いので、何とかなったんでしょうかね。



超音速飛行機、それもマッハ2を超える気の機体で似たようなことをやってるのがF-104です。

中央部にある半円錐型(Half cone)突出部の先端は胴体に密着し、境界層を逃がす隙間はありませぬ。これは、ここにぶつかった気流を上下に分離させ、吸気口の上下にある隙間に逃がす構造、すなわちこれも凸部で気流を曲げて流入を防ぐ構造だからです。
ただし粘性のある気流の一部は半円錐部を登ってしまうので、これを吸引、排気する吸気口が奥に追加されているのが見て取れます(中央の矢印の先に青白く見える半円部)。

このように境界層の流れを凸部にぶつけ、これを上下に逃がす、という発想は以前からあり、それほど珍しいものではありませんでした。



ちなみに同じような半円錐構造を空気取り入れ口に持つフランス ダッソー社の設計によるミラージュIIIは普通に境界層を避けるための隙間を造ってあります。

どちらの機体も超音速飛行時には円錐部先端に超音速気流をぶつけて衝撃波を生じさせ、その背後に生じる高温高圧の空気を効率よく取り込むエンジン構造なんですが(要するに一種の過給装置である)、その設計思想は微妙に異なるのが見て取れる部分でしょう。大雑把に言って、F-104はマッハ2越えに特化した形状(衝撃波の背後の圧縮空気の確保を最優先としている)、ミラージュIIIは超音速飛行も出来るけど、音速以下での通常運用も前提とした構造になっています。

どちらもマッハ2を出せる高速迎撃戦闘機として開発されたのですが、超音速飛行を前提に薄くて小さい主翼のF-104、超音速だけでなく汎用性も高い無尾翼デルタのミラージュIIIという辺り、ロッキード社とダッソー社の設計の思想の違いがよく判る部分になっています。

この点、私ならダッソー社の設計を評価しますね。ロッキードとアメリカ空軍とCIAから賄賂でももらわない限り、わざわざF-104を採用する理由はまずありませぬ。

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