■F-35の空気取り入れ口 ただしF-35ではアフターバーナー点火時に出力190kNをたたき出す、極めて強力なエンジンを搭載しているため話はもう少し複雑です。これだけの出力になると必要な空気量は膨大なものになるため、乱流境界層の排除だけではなく、境界層の完全排除が必須になります。 先にも説明しましたが、機体表面付近を流れる境界層は、流速が遅い=時間当たりに取り込める空気量が少ない、なので、大出力エンジンではこれを避けないと空気の流量不足という悪影響を与えるからです。よって先に見たような単純な対策だけではまともに飛ぶことすら危うくなります。 この点を避けるため、ロッキード・マーティン社が特許を取った Diverterless engine inlet system/ 非分離構造吸気口では、マッハ1.2を超える超音速飛行時と、それ以下の低速飛行時にそれぞれ異なる効果を利用して対策としています。 具体的には超音速飛行時の場合、突出した部位で生じる衝撃波の壁を効率よく組み合わせて境界層を弾き(同時に背後の高温高圧の空気をエンジンに取り込んで利用する)、低速時には吸気口後端部で生じる渦を利用してこれを排出しています。 ■Photo US Airforce F-35の境界層排除は単純に吸気口前の凸部で気流をそらすだけではなく、外側にある空気取り入れ口のカウル部、前方に強く突き出したこの覆い部分を組み合わせて、より強力な効果を得ています。この点を少し詳しく説明して置きましょう。 ■鋭角な取り付け部 ■Photo US Airforce Capt. Kippun Sumner F-35を上から見るとこういった形状になります。 写真は空軍用のA型ですが、空気取り入れ口に関しては海兵隊のB型も海軍のC型も基本的に同じ形状なので問題無し。ここでは1の矢印で示した空気取り入れ口と胴体がV字型に鋭角で交わる構造、そしてそこから薄っすらと出ている水蒸気に注意してください。 飛行中に水蒸気が出る、という事はここに低圧部が生じている事を意味します。それは機体の空気抵抗増加を意味するので避けるべき設計ですが、わざわざこんな形状にしたのは当然、理由があります。 通常、高速飛行時に吸気口の前部にある凸部で境界層を上下に逸らすと、そこで押しとどめられる事で運動エネルギーを失って流れが止まり、下手をすると直後に乱流化して吸気口から吸い込まれる可能性が出てくるため、これではむしろ逆効果です。 なので、その流れる先、吸気口後端の上下部に写真のようなV字型を成す急角度の隙間を造ったのです。通常、こういった場所を気流が流れると高速化し(ホースで水を撒く時、先を絞るのに似ている)、するとベルヌーイの定理により、低圧部が生じます。 ここに低圧部が生じると上下に押し出された境界層の流れがそこに吸引され、渦と共にこれを後方に流し去る事ができるのです。これにより、従来の単純な凸部だけの構造より強力な境界層の排除を可能としたのがロッキード・マーティン社による非分離構造吸気口の基本原理となります。 オシャレなハシブトガラスの横顔のような図ですが特許申請書類に添えられていたもので、機体の機首部を横から見た状態を示しています。図中で50で示されたのが境界層の流れで、42で示されているのが例の機体と空気取り入れ口の鋭角取り付け部です。42の上下位置で生じる低圧部によって境界層がその方向に吸引され、そのまま後方に渦と一緒に排出される、という説明になっています。 ただし図は超音速飛行時、マッハ1.6の状態を示し、このため強烈な流速(流体であるから運動エネルギー=圧力)を持つ境界層の流れは正面の凸部で弾かれずこれを登って来てしまっています。これを何とかするのが、吸気口の外側カウルに設けられた鋭角部、図の36部分で、ここに超音速気流をぶつけて衝撃波の壁を生じさせ、これによって境界層を上下に弾き、42の低圧部の方向に押し込んでいます。 そして当然、ここで生じる衝撃波の壁の背後には高温、高圧の空気が産まれますから、これをそのままエンジンに送り込んで美味しく利用する、という工夫にもなっています(繰り返すが一種の過給機である)。 ちなみに超音速より低いマッハ1.2以下の場合は境界層にそこまでの圧力(流体なので=エネルギー)はありません。よって図内の20で示された空気取り入れ口前の凸部で上下に分離され、そのまま42で生じる低圧部に吸いだされる仕組みになっています。ただし、低速時の作動原理はそこまで詳しい説明が無かったので一部は憶測ですが、大筋で間違っては無いでしょう。 ついでによく見ると、境界層の流れを示す50の線、一部が空気取り入れ口内部に取り込まれてしまってます(笑)。ダメじゃん、という感じですが、このくらいなら見逃せるレベルなんでしょうかね。個人的には結局、普通に境界層分離の溝と板を付けた方がいい気がしますが… とりあえず、安価であり軽量であるというのがこの技術の売りであり、ロッキード・マーティンによればこれによって250ポンド、約113sの軽量化、1996年の物価で一機当たり22万5千ドルの製造コストの削減につながる、としています。ただしそれは分離板、境界層の吸引排気のダクトだけでなく、the present invention has no moving parts、すなわち可動部が必要ない前提の話だ、という点は最初から認めています。 よって、そもそも可動部が無く、単純に溝と分離板を付けただけのF-16やF/A-18の空気取り入れ口に対してはそこまでの優位性が無いのです。やはりあまり褒めらられた構造では無い気がするなあ、これ。 ちなみに特許の申請書の冒頭でレーダー反射断面積も減少するからステルス性の確保にも有用だ、と述べてるのですが、具体的にどうしてそう言えるのか、という説明は一切ありませぬ(笑)。 ついでに同特許では主翼下に搭載し、“ヒサシ”構造を確保した非分離構造吸気口も掲載されています。F-35もこっちにしておけば、と思うところですが、これだと主翼下に何も搭載できなくなってしまうのを嫌ったんでしょうかね。ということは最初からステルス性はそれほど期待してないんじゃん…。まあ、本来は安価な補助戦闘機だったはずですからね、F-35。 といった感じに古くからある凸構造部に一工夫を加え、さらに超音速時の対策まで施したのがF-35に搭載されているロッキード・マーティンの非分離構造吸気口なのでした。 …いやでも、この基本構造と原理は既に1958年に初飛行したヴォートXF8U-3で採用されてるよね、と個人的には思うのですが、特許が認められている以上、いろいろな部分で異なる…のかなあ(笑)。 ■大脱線 さて、一部の皆さん、お待たせしました。ここからは脱線です(笑)。 上の写真にある「2」の矢印は何やねん、と言うお話で、これがF-35のLERX部なのです。とりあえず、もう一度写真を載せて置きますね。 主翼の付け根前部、矢印の先辺りに僅かに角度が急になった部分があり、これがLERXの役割を果たしているため、渦が生じて主翼に上に伸びているのが見て取れます。LERXとして設けた構造なのか、偶然こんな形になってしまったのかは不明ですが、事実としてLERXの役割を果たしています。 ただし、この面積ではその効果は僅かだと思いますし、実際、写真のようにアフターバーナー点火の急旋回でも僅かな渦しか生じてません。が、とりあえずある事はあるのだ、というお話でした。 まあ偶然の産物としてこれを搭載したF-5AのLERXもこんなものですからね。ただし乾燥重量でF-5は約4t前後なのに対してF-35は約13tと3倍近く重い(笑)デブなので、その効果は微妙なところだと思いますが… ■Photo US Navy ただし、このLERX部、主翼の構造が完全に異なる海軍用のC型には存在しません(笑)。 なんで、とか、それで大丈夫なの、とかは、もうこの機体に関してはどうでもいいや、というのが個人の感想なので、興味のある人は各自で調べて見てください(手抜き)。 という感じで今回はここまで。 |