■力は正義であり、力は対策である 尾翼の揚力には限界があり、さらに推力偏向エンジンを採用してもそれを補うには限界がある、さてどうしよう、というのがここまでのお話でした。 ここからはもう少し具体的に、この問題を考えて行きましょう。 既に見たように揚力で機体を吸い上げる全機空力中心点は、重心点からズレた位置なので、機体は必ず前後に傾く、すなわち機首上げ、機首下げ、どちらかの力が自然に発生します。 安全性の理由から、通常は機首下げ(尾翼上げ)にするのですが(バランスが崩れても揚力の増減で自動的に水平に回復するから)、フライ・バイ・ワイアで安定性を保てるF-16以降の世代の戦闘機では運動性の問題などから、機首上げ(尾翼下げ)になるように設計されてるものも多いです。 どちらにしろ水平尾翼は水平姿勢を維持するため、上下のどちらかに一定の揚力を発生させねばなりません。 ただし揚力の上下方向は違っても、同じバランスで設計されていれば求められる揚力の大きさは変りません(支点の向こうの機首を押し上げるのか、それとも尾翼を押し上げて水平を保つかの差。よって支点から尾翼までの適切な距離を設計で決めればいい)。 とりあずこの水平飛行までなら、そこまで強力な揚力は求められ無いので、二枚尾翼にしても、よほど無茶しなければなんとか揚力を確保できるでしょう。 問題は、空戦の高速旋回時などで素早く機首上げが要求される事です。 さらにアフターバーナーに点火しての離陸滑走時にも必要な時点でポンっと素早く機首を持ち上げる事が求められます。よっていかに素早く機首を持ち上げられるかは、戦闘機の水平尾翼にとって重要な問題であり、この点が二枚尾翼の揚力不足にとって最大の問題になって来ます。 ちなみに機首下げは戦闘機に取ってそこまでシビアではない、というか瞬間的に機首下げを要求される場面はそれほど無いはずです。 が、すでに見たように正直、どうしようもないじゃん、という感じですが、ここで発想を逆転してみましょう。 支点を挟んで機体前部を持ち上げてるのですから、尾部の押し下げる揚力が大きくできなくても、機体前部を軽くすれば同じ事になるはずです。 もっとも単純な解決策は機体前部を紙製にし、パイロットをウォッカで太ったロシア人からチュパカブラに変える、さらに空戦に入ったらコクピットごとチュパカブラを強制射出してしまう、ですがいろいろ調べて見た限り、残念ながら現実的では無いようです。 そうなると近代戦闘機の機体前部にはレーダーを始めとする重い電子機器が満載されており、そこに前輪と前脚、さらに完全装備のパイロットが加わり、どれも簡単には削れないので、残念ながら打つ手がありません。しかし少なくともYF-23は実際に飛んでましたし、チェックメイトもコンピュータシミュレーションではブイブイ飛んでると、UACは断言しています。すなわち何か対策があるのです。 ここでさらに少し発想を変えてみましょう。 当サイトの賢明なる読者諸氏はご町内のニュートン力学博士としてブイブイ言わせてると思いますが、ニュートン力学では地球上において「力=重さ」でした。蚊じゃないですよ、ちから、です。 となると、もし機体前部に自重を持ち上げる力があれば重量は相殺され、事実上、軽減されてしまうのです。そんな上手い話が…と思うかもしれませんが、はい、思い出しましたね。 我々は既にそんなステキな機体を知っているのです。 ■Photo US Airforce Staff Sgt. Rachel Maxwell 模範解答例その1、F-15。 この空気取り入れ口は、あふれ抵抗対策として音速以下では常にお辞儀した状態になる、というのは既に見ました。 そして斜めに傾いた上面部分は前縁フラップのように揚力を発生させて機体前部を持ち上げているのでした。その結果、必要とされる揚力を減らして水平尾翼の小型化に成功した、というのも既に説明した通りです。 このように機体前部を持ち上げる揚力の発生装置があれば、尾翼への負担は減らせ、二枚尾翼も現実味を帯びて来るのです。 ちなみにF-15が音速を超えた後、すなわち空気取り入れ口を水平位置に戻した後は衝撃波を機首下に送り込んでこれを持ち上げてるハズですが、この辺りまで来ると詳しい資料が無いので不明としておきます。 ■Photo US Airforce 模範解答例その2、F-16。 F-16、F/A-18などでは当サイトではもはやおなじみLERX、主翼の前から機体前部にかけて伸びるフチ部分がその対策となっています。高迎え角時にLERX部で発生する渦を後方に流し、その負圧を機体前部を持ち上げる揚力としているのでした。これもまた機体前部で独自に揚力を発生させて重量を相殺し、水平尾翼に求められる揚力を小さくする工夫の一つなのです。 ■そしてYF-23の場合 この点に置いて、YF-23は機首周りのフチを利用していた可能性が高い、という点も解説して置きましょう。 レーダー波をあさっての方向に弾くため、斜めに傾いた側面を持つのがステルス機の胴体の特徴、という点は以前に説明しました。 ただしその構造の場合、機体上下の側面の合わせ目が、どうしても鋭角な接合線となり、盛大にレーダー反射を発生させる事が避けられません。その対策が、上下の接合部を外側に引き延ばした「餃子のフチ構造」なのは以前に説明した通りです。 そしてYF-23の機体前部ではその餃子のフチ部分が後方に向けて強い鋭角を持って、すなわち上から見るとデルタ型の左右二辺に沿う形で取り付けられてます。 再び地球環境に考慮した以前使った図の再利用でこの辺りを確認します。 強い後退角のデルタ翼では、大きな迎え角を取った時、すなわち機首上げの時にその前縁部分に渦が発生し、その上面に巻き上げます。渦は気圧が低くなった結果、周囲の対気が吸い込まれて生じるものですから低圧部となっており、これが負圧となってLERX部を上に吸い上げる揚力となるのです。 さらに機体は前に進んでますから、この渦は後方に流され、それがまた揚力を産む、という原理でした。ただし、これは機体を斜め後方に強烈に引っ張る事になるので、空気抵抗も同時に大きくなる、というデメリットもあります。 正面下側から見ると、その構造がよく判るでしょう。 機首周りのフチ部によって強い後退角度のデルタ翼前縁部、すなわちLERXと同じ形を造り、恐らく同じ効果を狙ってます。すなわち高迎え角の時にここで生じる渦の負圧を揚力とし、機首を支えてるはずです。 同時に、二枚尾翼の位置にも注意してください。 機首周りのフチで出来た渦は後方に流れて尾翼に当たります。これは強い流れなので舵の効きを良くするはずです。よって揚力が小さくなる二枚尾翼の舵力を補うため、この補助効果も狙っていた、と考えるべきでしょう。 ちなみに背が低いYF-23の二枚尾翼では、強い迎え角を取る、すなわち機首を持ち上げた姿勢を取ると機体と主翼の陰に尾翼が隠れてしまい、気流が当たらなくなる可能性が高くなります。そうなると舵が効かなくなりますから、ここで発生した渦による強い気流が、同時にその防止策となっていた可能性も高いと思われます。 ただし、これらの対策はそれぞれ利点と欠点を併せ持っていました。 F-15式の対策は常に安定して揚力が発生する利点がありますが、引き換えに複雑で高価な可動装置が必須であり、それは整備性、重量、コストの面において大きな負担になる欠点があります。安価な小型戦闘機にはとても採用できる装備ではありません。 F-16などのLERX、そしてYF-23のフチ部はそういった欠点を持ちませんが、強い迎え角を取る、すなわち機首上げを行うまで効果が現れません。すなわち水平飛行中、そして機首上げを行う瞬間の補助には全くならないのです。よって尾翼の小型化にはそれほど大きく貢献できません。 さて、ではこれらの点を踏まえたうえでチェックメイトの対策を見て行きましょう。これは実に斬新な発想となっているのです。 ちなみに最後にもう一点。 YF-23のエンジン搭載部は横から見ると翼断面のような構造を持ちます。 エンジン排気口も既に見たように斜めに切られており、そのジェット排気でこの上面を流れてきた気流を引き込んで加速させてるようにも見えます。すなわち、ここでも揚力を産んでるように見えるのです。 おそらく水平尾翼が負担する上下方向の安定性に必要な揚力の一部をここで稼いでたのでは、と思うんですが、詳細は不明。 |