■さあ君もレッツ チェックメイト

ここで再度、チェックメイトのお尻を確認しておきます。
一見、完全に水平尾翼を廃してるように見えるチェックメイトですが、実はそうではない、という部分です。



■Photo MAKS 2021 Website

とりあえずエンジンの左右と二枚尾翼の間に薄い水平胴体部が取り付けられており、その先端は翼の後縁部のように絞り込まれています。さらによく見るとその先端部は別パーツになっており、稼働する可能性も考えられるのです。

よってこの機体後部で水平尾翼代わりの安定板の役割を担っている、場合によっては昇降舵のような役割を果たす可能性もある事が考えられます。同時に横方向からレーダー波に水平尾翼を直接さらさない、という目的があるようにも思いますが、この点は断言はしません。

さらに60度も上に跳ね上げられてるとは言え、例の計算では二枚尾翼も従来の水平尾翼の半分の揚力は負担しています。とりあえず、これらが最小限の水平尾翼の機能を担ってると思われる部分です。

ただし、従来の機体の水平尾翼と見比べれば、これだけでは完全に揚力不足なのは簡単に見て取れます。それを補うのが推力偏向エンジンなワケですが、これもやや能力に不安がある、というのは既に見ました。

となると、先に見たように機体前部を軽くする、すなわち機体前部に揚力を産みだす何らかの工夫があるはずです。この点に注意しながら、この機体を前から見てみましょう。



■Photo : President of Russia web site 

まずは機体下面の空気取り入れ口に注目して下さい。この機体の最大の設計上の工夫がここだからです。

とりあえず

1.機首下に空気取り入れ口を置いたヒサシ構造で強い迎え角を取ってもキチンと気流が流れ込む工夫がされている

2.乱流境界層対策である機体表面の隙間が無く、機体前部下が少し盛り上がってる

3.機体前部の外にはみ出した空気取り入れ口両側に鋭角の切り欠きがあり、上の条件と合わせてDSI構造だろう

4.空気取り入れ口の中心部に仕切り板のようなモノがある。この正体は不明だが、安価な機体を目指してDSIを採用したなら可動部は無いはずで、ここに超音速気流をぶつけて衝撃波を起こし、多段圧縮の一環にしてる可能性が高い。ちなみに発表会では最高速度マッハ1.8としてるが、最終的にはマッハ2を目指してるという噂もあり。すなわち正統的なDSIである


といった点に速攻で気が付くと思われます。

さて、今回の記事で問題となるのは2と3の点です。
特に矢印で示した部分、機首外側まではみ出した空気取り入れ口左右の切り欠きに注目してください。これがこの機体の機体前部を持ち上げる工夫であり、これまで誰も思いつかなかった高揚力発生装置になってると思われるからです。

ちなみに悔しいので一応触れて置くと、全く同じ手法を私も以前にF-35のDSI解説をやった時に思いついていた事をここに述べて置きます…チキショーメ。



同じように機首下に疑似DSI 空気取り入れ口を持つX-32も上部左右に鋭角の切り欠きがありますが、空気取り入れ口は胴体の横にまではみ出してはいません。すなわち完全に別物です。

ちなみに英語圏のサイトで「ステルスの専門家」なる人達が機体前部の構造がX-32に似てると証言してる、という記事を多数見ましたが、両者はアライグマとタヌキくらい全然別モノだよ、どこ見てんだよ、と思いました。むしろ本気でマッハ2越を狙ってたDSIの始祖鳥、XF8U3の方が狙いとしては近いでしょう。

■DSIと渦は使いよう

ではなぜチェックメイトでは切り欠き部分を機首の外側にハミ出させたのか。それを考えるには、まずDSIの切り欠きにはどんな意味があったかを思い出してください。


以前にも紹介したロッキード社が提出した特許申請書類にあったロッキード式DSIの解説図。
42番、空気取り入れ口の上下に付けられた鋭角の切り欠き部に起きる渦で、乱流化した境界層の流れを吸い出していました。図ではその乱流を飲み込んだ渦が後方に流れて行くのが示されてます。すなわち、この切り欠きは渦を産むためのモノなのです。そして渦は負圧を産みますから、これを上面に流せば機体を吸い上げる揚力になります。



■Photo US Airforce

実際、飛行中のF-35の写真には、ここから渦が出て後方に流れてるのが見て取れるものがあります。

よって、この切り欠き部はLERXと同じように渦による低圧部を産みだす事が可能だ、という事になります。

そしてLERXとは異なり、機体の迎え角に関わらず常にここから渦は発生してます。というか、してるはずです(笑)。
確かめた事はないので断言はしませんが、ここの渦が消えたら空気取り入れ口から大量の乱流境界層がエンジンに流れ込んでエライことになりますから、この点はほぼ間違いないでしょう。まあF-35の場合、何があっても驚きませんが、ここはロッキードの説明を信じる事にします。

ただしF-35の写真を見る限りでは高揚力装置として使えるほどの渦は出て無いように見えます。
が、それはF-35だからで(笑)、恐らくチェックメイトでは揚力を稼ぐのに使えるだけの渦が出る構造として最初から設計されているはずです。なぜそう考えられるのか、と言えば、この切り欠き部から後ろの胴体上面に、明らかに高揚力装置が形造られているからです。



■Photo : President of Russia web site 

著作権的に使用可能な写真に適当なものが無かったので先ほどの写真の鏡部分を拡大しておきます(涙)。ちなみに上方向からの写真も存在するので気になる人はネットで見てください。

さて、矢印で示した部分は上から見るとF-16等のLERXそっくりで、この機体にもLERXがあったのか、と思ってしまいます。
が、下の機体を見れば判るようにこの部分は空気取り入れダクトの上面、すなわち、機体外部にはみ出したダクトの上ブタであり、LERXの構造とは全く異なります。箱型構造の上面に過ぎないのです。

何で空気取り入れ口をこんな構造にしたの、と考えた場合、切り欠き部分からの渦がこの部分を流れるようにしたかったから、と考えると全てがきれいに繋がります。
すなわちDSIの切り欠きから生じる低圧部がこの上面部を通過すれば、負圧で吸い上げられて機体前部を持ち上げる揚力が生じ、LERXのような高揚力装置になる、という事です。

さらにそれだけでは無いのに注意が要ります。
この場合、LERX構造とは異なり、水平飛行中も渦が生じ続けるため、揚力は常時発生しています。よってこれはF-15の可動式空気取り入れ口と同じような高揚力発生装置であり、それでいてLERXと同じように可動部による複雑化は一切ありません。

まさに両者のいいとこどり、という発想なのです。いやはや、よく考えたな、というべき構造でしょう。DSIもLERXもアメリカの発明ですが、さらに考えてこのように利用してしまう、というのがロシアの航空機産業の奥深さかもしれません。

さらにその渦の流れは機体尾部、二枚尾翼方向に導かれるようになっています。この流れは強力ですから、二枚尾翼の効きを良くする効果も狙ってる可能性があります。

以上は全て外見から判断した推測ではありますが、そう大きくは外してないと思います。

ただし疑問点も残ります。
ここからそれだけ強力な渦が発生するなら、当然、なんらかの形でそのためのエネルギーが奪われる事になります。通常それは機体の運動エネルギーを奪うこと、すなわち抵抗の増加に繋がります。F-35がこの構造を取らなかった可能性は単に頭が悪いからが8割以上ですが、もしかしたら、この抵抗増をきらった可能性もゼロではありませぬ。

この辺り、ここで抵抗を増やしても、水平尾翼を省いた重量減等で相殺できる、と判断されたのか、何かロシア人以外はまだ誰も気が付いて無い空力の秘密があるのか、現状では残念ながら判らない、として置きます。

とりあえずこのチェックメイト、何か余程のチョンボをやってない限り、コストと能力のバランス的には相当、強力な機体になるんじゃないでしょうか。搭載兵装の一部は主翼からぶら下げるつもりなので、ステルス性能にはある程度妥協してるはずですが(機体の外面にネジ一本加えただけでもステルス性は事実上失われる)、それでもここまで工夫したのなら上等でしょう。
特に機体後部、さんざん見てきた二枚尾翼化などによる生き残りを掛けたステルス性の工夫は、F-35とは正反対の発想であり、私だったらこっちの機体で戦場に行くことを選びますね。

まあ、まだ初飛行すらしてないので、迂闊な事は言えませんが、運動性、そして機体後部のステルス性で、かなり撃墜しにくい機体になるはずで、今後の展開に要注目だと思います。

■最後に余談

最後に余談というかどうでもいい話を少し。この機体の発表会の展示には英語の宣伝文章が入ってました。コクピットの横の壁に見える白文字ですね。



■Photo MAKS 2021 Website


TURN THE CHESSBOARD、と読めます。

チェックメイトの名にひっかけて気の利いた事を言ったのかもしれませんが、普通に考えると「負け試合になりかけてるので、相手がトイレに行ってる間にチェス盤を反対に回して自分の勝ちにしてしまう」的な意味に取れ、それって自慢の新兵器の宣伝文句としてどうなのよ、と思ってしまうんですが…。そもそも、それって自分がチェックメイト掛けられた状態じゃん。

何かロシア語の格言の直訳だったんですかねえ…。

といった感じで、今回のお話はここまで。

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