二枚尾翼の誘惑

尾翼を二枚にする利点として、部品数が減る事による軽量化、そして同時に低価格化も見込める点があります。

ただし機動性が命の戦闘機においてはその利点よりも機体の動きを決める上下左右の舵の効きが悪くなる、という欠点の方が大きくなり、これまでには正式採用例がありません。実際、似たような構造を持ついわゆるV字尾翼は第二次大戦中からその基本原理が知られていましたが、軍用機での採用は製造コストも重視される練習機であるフランスのマジテールくらいでした。

ちなみに二枚尾翼では翼の枚数が減るので翼面に由来する誘導抵抗も減り、空気抵抗的に有利そうな印象を受けます。
が、残念ながらNACAが1946年にまとめたNACA技術報告書823号、すなわちNACA Report-823、Experimental Verification of a Simplified Vee Tail Theory and Analysis of Available Data on Complete Models with Vee Tailsを読む限り、結局,、必要な翼面積が大きくなってしまう事などで、誘導抵抗などの軽減効果はほとんど見込めないようです。このためコクピットの風防による乱流を避けるなどの理由が無い限り、V字尾翼に大きな利点は無いとしています。



ただし軽量化とコストが一定の意味を持つ民間小型機などでは意外にV字尾翼の採用例があります。写真はビーチクラフトのボナンザ35式。もっともこの機体の場合、斬新な印象を狙って採用した、という面も強く、後に普通のT字尾翼にした33式、36式が発売され、35式は製造中止になってしまってます。

でもってステルス機の二枚尾翼はV字翼とはいろいろ異なるものの、原理は似たようなものですから空力抵抗上の利点はほぼ無いと思っていいでしょう。そしてコストと低価格化と引き換えに失う運動性は大きすぎるのです。

では何でロシアの王手さんは二枚尾翼を取り入れたのか。これは単純明快、ステルス効果を期待したからです。

■ステルスと二枚尾翼



ステルス機にとって、尾翼は邪魔なものだ、という事はごく初期の研究段階から判ってました。とくに垂直にデーンとそそり立つ垂直尾翼は悩みの種でした。

このため世界で初めてレーダー反射対策を考えて造られた機体、1964年に初飛行していたロッキードSR-71では垂直尾翼を二分割して小型化、さらに斜めに傾けてステルス技術の走りとなりました。以前にも述べたので繰り返しませんが、機首部のコブラのような謎の形状もステルス対策です。

ちなみにSR-71は最初の無尾翼デルタ構造のステルス機でもありました。
その後、X-32、2021年現在、ヨーロッパのBAEが開発してるテンペストなどが無尾翼デルタ系のステルス機となっていますが、その祖先と言えなくも無いです。

 

後により進化した理論に基づいて設計されたロッキードのステルス機は、実験機のハブブルーでも、実戦配備までなされたF-117でも後退翼の主翼に二枚尾翼を採用してました。尾翼枚数の削減、二枚化はステルス性の確保には重要な要素だったからです。



ロッキード式のステルスとは全く異なる理論、滑かな面の変化ででレーダー波を反射させないという、以後のステルスの基本技術を確立したノースロップ式ステルスですが、それでも尾翼は邪魔、という原則は不変でした。
このためノースロップによる最初のステルス実験機、タシットブルーでも滑かな形状の二枚尾翼を採用しています。



戦闘機として開発されたYF-23もステルス性確保のため二枚尾翼が採用されていたのですが、競作試験でYF-22に敗北してしまいました。以後、今回のチェックメイトまで、まともな二枚尾翼式の有人ステルス戦闘機は登場しなかったのです。

 



ちなみに垂直尾翼は完全に存在しないのが理想型なので、実験機や一部の無人機では既にそういった機体が登場しています。
ただし、これらは派手な空中戦やミサイル回避機動を必要としない機体だから採用されたもので、当然ながらその機動性は劣ります。

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