■尾翼とレーダー波の基本条件 垂直尾翼編

では、なんで尾翼がステルス機にとってそんなに邪魔なの、という点も確認して置きましょう。
この点、水平、垂直共に邪魔なのですが、特に問題なるのは機体からデーンと上下に突き出し、水平飛行中に横方向から来たレーダー波を盛大に反射してしまう垂直尾翼です。まずはこの点から確認してゆきます。



ステルス以前の機体ではズバッと垂直にそそり立つ垂直尾翼が普通でした。
その目的である機体の直進性の確保と機首を左右に向ける舵の役割を果たすのには、それが理想的な形状だったからです。

ところがステルス機ではこの垂直尾翼が目の敵にされます。それはなぜかを最初に確認して置きましょう。



地球環境に配慮し、以前に利用した図を再利用して解説します。右端の円が敵機の接近を探知する早期警戒レーダー基地を示します。

ここで地球が丸いことを思い出してください。
そのため、レーダー基地から水平の直線方向に打ち出されたレーダー波は凡その最大探知距離である300q先で高度6085mにまで到達してしまうのです。

このため距離300qで高度6000m付近で飛んでる機体は、そのレーダ波を水平方向から受けることになります。
そして、それ以上に高度を上げても角度はほぼ変らず、通常の軍用機では到達不可能な高度32000m以上まで上昇してもレーダー波の入射角度は5度を超えません。

さらにレーダー基地まで120q、ジェット戦闘機なら5分ちょっとで到達できる至近距離まで接近しても、高度11470km以下なら、その入射角度は5度を超えません。
すなわち機体が警戒用レーダーに捕らえられる場合、常にほぼ水平方向からその電波を受け続け、反射している事になります。

となると水平方向から来るレーダー波にさらされる部分を最小にできれば発見される可能性は大幅に低くなり、ごく至近距離まで発見されずに接近できる可能性が高くなる、という事です。
ところが通常の機体には水平方向から見るとデーンとそびえ立つ垂直尾翼があるため、横方向から来たレーダー波を盛大に反射、電波はそのままキレイにレーダのアンテナに戻って行き、その結果、簡単に探知されてしまうのです。これが垂直尾翼がステルス機にとって最大の問題になる理由です。



これも以前使った図ですが、横からのレーダー波を避けるには上下方向が小さいほど、すなわち機体が薄い方が圧倒的に有利になるの図。となると上下方向にドカンとデカい面積を占めてしまう垂直尾翼はステルス性確保の最大の難関となるのです。

その対策等は以前に書いたのでここでは再度述べませんが、理想としては無ければ無い方がいい、という事になります。

ちなみに正面方向からなら受ける面積は最小になる上、尾翼の正面側を斜めに切り落とした形状にしてしまえば、入射と反射の法則からお空の彼方に電波を弾き飛ばすため、横方向からのレーダ反射ほど問題にはなりません。ただし実際のレーダー波が常に真正面から来る可能性はほぼ無いので(目標地点がそのレーダー基地の場合のみ)、結局、垂直尾翼の問題は避けて通れません。

ついでながら図を見れば判るように、距離300qの場合、高度6085m以下では地平線の下に隠れてレーダー波に引っかからないので、発見されません。この点は、それぞれの距離に対応する上記の高度以下でも同じことになります。
これが敵地侵入に低高度飛行が重視される理由です(ただし厳密には電磁波は大気中で屈折するため、これより低い高度で到達する。つまりもう少し低高度でも探知できる可能性が高い)。同時に守備側が早期警戒機を飛ばし地上レーダーの死角を消す必要があるのも、これが理由です。

■尾翼とレーダー波の基本条件 水平尾翼編

そんな垂直尾翼ほどではありませんが、水平尾翼もまたステルス機にとってはやっかいな部分となってます。
このため高機動性能を必要としないB-2ステルス爆撃機や無人偵察機などではこれも廃してしまった全翼機などが主になっています。



実際に飛んでる所を見ると、悪夢としか思えないB-2。
高機動性能は必要とせず、かつ発見されてしまったら敵の迎撃から逃げるのは不可能な鈍足のため、よりレーダーに見つかりにくい形状を求めて完全無尾翼の全翼機となりました。

では水平尾翼が邪魔になる理由は何なのか。

これは単純に後方からのレーダー波の反射面積が増えてしまうからです。
ステルス機では主翼と同じ高さに水平尾翼を取り付けて、正面からのレーダー波を受けないようにしています。ところが後方から来るレーダー波の場合、この対策が無効になってしまうのです。



非ステルスであるF-15の場合、運動性能が最大になるようにだけ考えて設計されているため、水平尾翼は正面から丸見えになる位置にあっさり取り付けられています。



対してステルス機であるF-22では主翼の陰に隠れて水平尾翼はほとんど見えません(向かって右の左翼はフラッペロンが下がってしまってるので右翼側で確認してちょうだい)。これによって敵地に侵入する場合、すなわち主に正面からレーダー波を受ける場合、水平尾翼から余計な反射が生じないようにしてるのです。

これがステルス機の基本であり、逆に言えば尾翼の位置は運動性確保のための最良の位置にはなってません。



この辺りをF-22の図で確認して見ましょう。

左側が正面方向に対する翼部分のレーダー反射部、右が後方からのものです。
正面方向からの場合、水平尾翼は主翼の影に完全に隠れてしまうのでその存在はほぼ無視できます。
対して後方からの場合、その効果が失われるため、水平尾翼部分の長さがそのままレーダー反射部に加わってしまう事になります。水平尾翼は主翼の約1/2前後の全幅があるので、これが二枚加われば、主翼が一枚増えたのと同じレーダー反射部が発生してしまうのです。

当然、水平尾翼は主翼より幅が狭いので、主翼を完全に覆い隠すことは出来ず、レーダー波の来る方向によっては二重に反射して盛大にレーダー反射が増大する事になります。

これが水平尾翼がある場合の後方レーダー反射の問題です。
F-22やロシアのSu-57などでは尾翼の形状を工夫し、単純に真後ろにレーダー波を反射しないようにするなどで、その対策としてますが限度はあるでしょう。そしてF-35は例によって何も考えて無いに等しいので、この点では無視していいです。

敵地に侵入して戦う戦闘機&戦闘爆撃機にとって最も怖いのは地対空ミサイル(SAM)であることはベトナム、中東戦争などで完全に証明されました。その照準レーダーにロックオンされた後はミサイルから逃れるように飛ぶ必要があり、よって追尾のレーダー波は常に後方から飛んできます。この結果、機体後方のレーダー波反射面積の増大はステルス機に取り致命的な問題となって来るのです。

このため出来れば水平尾翼も無い方がいい、どうしても尾翼が必要なら、垂直、水平尾翼を統合して二枚にしてしまいたい、となります。それなら反射部の全長はほぼ半分にできるからです。これが初期のステルス機、そしてYF-23が二枚尾翼を採用した理由でした。



ちなみに単純に水平尾翼を廃するなら、ヨーロッパの皆さん大好き無尾翼デルタにすればいいじゃん、と思ってしまうところ。
ところが無尾翼デルタで現代戦闘機に必要な運動性の確保するには機体前部で縦方向の動きを制御し、かつLERXと同じ高揚力装置となる前翼が必須となってしまいます。

写真はスウェーデンのグリペンですが、この機体にも、同じくヨーロッパの戦闘機であるタイフーン、ラファールにも全てコクピットの横付近に水平姿勢制御用の前翼が付いてるのです。そして、その空力的な必要上(発生する渦を主翼上面に導かねばならぬ)、主翼とは上下位置をずらして取り付ける必要があり、そうなると今度は敵地侵入中に先に見た水平尾翼と同じ問題を抱え込むことになってしまいます。最初から見つかる可能性が高いのでは意味がありませぬ。よって基本的にステルスには向かない構造なのです。

そしてアメリカのステルス機ではX-32が無尾翼デルタに近い形状で水平尾翼を廃したものの、競争試作で敗北してしまいました。
ちなみにアメリカのステルス戦闘機はF-22、そしてF-35と常に常識的な尾翼構造を持つ機体が競作に勝ち残る、という妙な傾向があります。



■Photo US Airforce museum



■Photo US Airforce museum

この機体、真後ろや真横から見るとYF-23のような二枚尾翼構造かと思ってしまいますが、実際はほぼ無尾翼デルタ機であり、構造的には完全に別物です。

X-32は無尾翼デルタながらステルス性確保のために前翼は無く、このため重心位置の工夫などによって運動性の問題を解決しようとしたようです(従来のデルタ翼より重心が前方に位置しているように見える)。ただしそれでホントに何とかなったのか、詳しいデータを見たことがないので何とも言えませぬ。個人的には無理だったんじゃないかなあ、と思いますが。

ちなみに旧式な無尾翼デルタ機には前翼が無いものが多いですが、機体が徐々に重くなるにつれて無理が出てきます。
ミラージュIII辺りがその限界で、これを基にイスラエルが開発、1973年に初飛行したクフィルは当初前翼が無かったのですが、本格的に実戦配備される段階ではこれが追加されていました。

世界一ケンカ馴れしているイスラエル空軍は、前翼のないミラージュIII式の機体の運動性について1970年代の段階で既に限界を感じていた、という事です。



1956年に初飛行した傑作無尾翼デルタ機、フランス製のミラージュIII戦闘機。
この機体には前翼がありませんが、それで何とかなったのはこの世代の機体まででした。ここに先祖帰りしてしまったX-32は最先端のフライバイワイアがあっても、高い機動性を維持できたとは思いかねるものがあります。

とりあえずこの辺りを見ても、F-35へ繋がるJSF計画の機体は、そもそも運動性をそれほど要求されてなかったのでは、という気がしますね。

ただし、それでも無尾翼戦闘機が大好きなヨーロッパの皆さんは、現在計画中のBAE テンペストで前翼なしの無尾翼機という常識的に考えれば無茶なステルス機の開発を始めています。

そしてその対策として今回紹介するDSIを利用した高揚力機構を考えてる可能性が高いのですが、チェックメイトに比べるとちょっと技術的に遅れてる印象を個人的には受けます。ただしこの点はあまりに情報が無いので今回は取り上げませぬ。

ちなみに無尾翼デルタ&前翼の自称ステルス機に中国のアレことJ-20がありますが、あの機体は事実上の空飛ぶ一発ギャグなので無視していいです。まさに中華な機体であり、今回のチェックメイトと比べるとロシアとは雲泥の差がまだあるよね、というのを見て取るには最適な機体ではあります。
…なんで新規のステルス機の開発にわざわざ前翼式の無尾翼デルタ構造を選ぶのよ…。そしてなぜそこに前翼付けるのよ。そんなに正面方向に電波反射したいの?スキューバダイビングの装備付けて競泳に出るようなもんでしょうに。

といった辺りが必要な前知識です。必要以上に長くなってしまったので、とりあえず今回はここまでとします。

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