さて、今回は「F-22への道」で紹介したボイドのエネルギー機動性理論、その中でもなぜ機体重量が増えるとダメなのか、という話を少し補完します。この点はもっとも質問をもらう点であり、メール等では何度も同じ説明する事になっているので、一度しっかり説明する必要があると思われるからです。

ここでエネルギー機動性理論の基本中の基本、その数式を再度、確認して置きます。



上記の計算で求められるPs(比エネルギー速度) の値が大きいほど、機体の運動性、機動性は高くなります。
すなわち空中戦や誘導ミサイルやレーダー誘導の対空砲などから逃げ切る時に有利になるわけです。特に後者は実戦での生存性に直結しますから、極めて重要です。

なぜ高い運動性を求めるのか

当サイトでは何度も指摘してるように、第二次世界大戦中のドイツ上空以来(日本の事は忘れてあげて…)、航空機の最大の脅威は敵戦闘機では無く、レーダー誘導の地対空兵器でした。さらに湾岸戦争から赤外線誘導ミサイルが加わります(ベトナムの段階で戦果を上げた赤外線誘導は空対空のみ)。



「F-22への道」で何度も指摘したように、航空機の最大の敵は戦闘機でなく、地上、あるいは水上からレーダー誘導で撃って来る対空兵器です。その元祖がヴュルツブルクレーダーによる対空レーダー網を築き上げた第二次大戦期のドイツ空軍でした。
レーダーによる正確な誘導で、第一次世界大戦期の鈍足戦闘機すら撃ち落とすのに苦労していた対空砲は、ジェット戦闘機相手でも十分な脅威となる最強兵器へとメガ進化してしまったのです。

戦後はこれにレーダー誘導ミサイルまで登場して来たため、その脅威度は一気に跳ね上がります。
そして第二次大戦の時代から1990年代の湾岸戦争に至るまで、航空機側の取れる対策は常にただ一つでした。すなわち飛行軌道を先読みされないよう、とにかくジグザグに飛んで逃げ切れ、です。湾岸戦争以後、本格的な大規模航空戦が世界で起きて無いのですが、恐らく今でもこの点は変わって無いでしょう。

実際、ベトナムで主力だったアメリカ空軍の戦闘機、F-4ファントムII、F-105の全戦闘損失の内、空中戦による損失は僅かに8.2%だけで、残り91.8%(!)は全てレーダー誘導の地対空ミサイルと対空砲による撃墜です。空中戦が無くても、9割を超える損失は生じていた、という事です。
同様に空軍機の空中戦損失がゼロだった湾岸戦争でも、8機の戦闘機(F-15E×2、F-16C×4、F-16CG×1、F-4G×1)と4機のA-10を対空砲と地対空ミサイルによって失っています。
(数字はアメリカ空軍による報告書、ベトナム戦争:A COMPARATIVE ANALYSIS OF USAF FIXED-WING AIRCRAFT LOSSES IN SOUTHEAST ASIA COMBAT,AIR FORCE FLIGHT DYNAMICS LAB WRIGHT-PATTERSON AFB OH,1977 湾岸戦争:USAF MANNED AIRCRAFT COMBAT LOSSES 1990-2002,Dr. Daniel L. Haulman,Air Force Historical Research Agency 2002による)

この恐るべきレーダー誘導の対空兵器から逃れるには軌道を先読みされないよう、機体の運動性を最大限に引き出し、高速ジグザグ回避を行うしかありませぬ(ちょっとでも単純な軌道を飛ぶと先読みして撃ち込まれやられる)。よって運動性能が悪い機体での敵地侵入は事実上の自殺行為となります。この点、F-105とファントムIIという重くて鈍い機体でそれをやってしまった事が、ベトナムの悲劇の主要因だったと言っていいでしょう。決してそこまでミグ戦闘機が強かったわけじゃないんですよ。

このレーダー誘導の対空兵器に対抗するために産まれたのがステルス技術なのも既に見ました。
繰り返しますが、あれは敵に見つからない技術では無く、敵の誘導兵器にロックオンされない技術なのです。見つかったところで、レーダーで捕らえられないなら、第一次世界大戦時代に逆戻りで、そう簡単には撃ち落とされません(現代の航空機銃も測距レーダーが必須なのでミサイルの代わりに機銃で…というのも不可能)。すなわち見つかったところで痛くも痒くもないのです。

最後に残るのは赤外線誘導とミサイルですが、空対空でレーダー無しで当てるなら、結局、相手のケツ側に機体をつけるしかなく、第二次大戦期の空中戦と同じになります。地対空で狙われた場合は、結局これまた運動性勝負になります。すなわち機体の運動性はいずれにせよ必須です。

ただしステルスが完全な技術ならほぼ問題無いのですが、現実的に多くの機体はかなり技術的な妥協をしています。
そして現在に至るまで、最も妥協なきステルス技術機だったF-117でさえ、何度も出撃しているうちに敵に対策を学習され、コソボ紛争では爆弾庫の扉を開くとレーダー反射が生じる事を見抜かれて、ミサイルで撃墜されてしまいました(湾岸戦争でも一機損失してるが、突然制御を失っての墜落なので事故損失に近い)。
未だにF-117以外のステルス機が大量投入された実戦は生じて無いのですが、おそらく同じ事が起きるでしょう。となると、敵の対空兵器から逃げて生き延びるための運動性は、ステルス機においても必須の要素でありつづけると見ていい事になります。

エネルギー機動性理論再び

さて、話を戻しますよ。



式をみれば判るようにエネルギー機動性理論で最も重要なPs値を決めるのは「推力=エンジン出力」と「機体重量」の二つの要素です。近代戦闘機の場合、抵抗値にそれほど大きな差がつく事はあまり無く、かつPs値は同速度で比べるのが基本なので動かせる数値はこの二点のみだからです。

そして分子である「推力」はより大きい方が、分母である「機体重量」はより小さい方が有利になります。
つまり強力なエンジンを積んで、より軽い機体がエライ、すなわち空中戦では有利だし、盛大にミサイルに追いかけられてもキチンと逃げ切って生きて帰って来られる機体である、という事です。

ちなみに機体「重量」なので高いGがかかるほどこの数字は大きくなるのですが、この点はまた後で。

ただしPs(比エネルギー速度)には特異点、「推力」と「抵抗」が同数値で、その差がゼロになってしまう点があります。この場合、式を見れば明らかなように、機体重量の大きさに関わらずPsも常にゼロで一定となります(速度がゼロでも同じ事が起きるがその場合は単純に墜落する)。つまりこの時は機体が重くても軽くても関係無いのです。

これがいわゆるPs=0、エネルギー機動性理論のダイアグラムにおける基準点ですが、この条件が成立するのは極めて限られた瞬間のみなので基本的に重量は軽い方がいい、と考えて置いて問題はありませぬ。

ついでに「推力」が「抵抗」を下回った場合、すなわち分子の値がマイナスになった場合は、運動エネルギーに代わって位置エネルギーを消費して埋め合わせるのですが、この説明はエラく大変なので、今回は省略します(手抜き)。とりあえず、その状態でもエネルギー機動性理論は成立する、とだけ覚えておいて下さい。

■ボイドは貧乏性なのか

開発中に迷走を始めた次期戦闘機計画にボイドが乱入、強引にまとめ上げたのがF-15でした。
ただし途中からの参戦であり、空軍の各部門からの圧力もあってボイドの理想が100%結実した機体にはなりませんでした。



「推力=エンジン出力」に関しては強力なエンジンを双発で積むことで一定のメドが立ったのですが、機体重量はボイドが理想とする範囲内に収まらなかったのです。彼の理想は離陸重量で約16トン(tf)、対してF-15は初期のA型で約19トン(tf)あったのでした。この点への不満が彼をF-16への開発に走らせる大きな要因となります。

ただし重くなったとはいえ、約19%程度の重量増であり、計画より重くなってしまうのが普通の戦闘機において、そこまで絶望的な数字では無い印象も受けます。ところがボイドの場合、さらにもっと細かい部分でも、少しでも重量を減らそうとしていたのです。

例えば機体に収納式足掛けを付けるかどうかで関係者と大激論をしています。
最終的に機体整備用の足掛けは外せたものの、コクピット搭乗用は残ってしまいました。ちなみにボイドが外させた整備用の足掛けは、これを収容するための部品を含めても約100sf以下だったとされますから、離陸重量に比べて約0.53%の比率に過ぎません。結局残ってしまった搭乗用の足掛けを合わせても、恐らく200kgf、1.1%程度だったでしょう。

こういった辺り、さすがに神経質過ぎないかと感じる部分ですが、実際はそのわずかな差が高速、高機動が必須の戦闘機においては大きな差になるのだ、というのを今回は見て行きましょう。



大型の近代ジェット軍用機では、どうしてもコクピットの位置が高くなります。

かなり小型のF-5&T-33でもこれだけの高さがあり、イケメンがワーッと走ってきて、ヒョイッとカッコよくオープンカーに乗るように乗り込むような搭乗は不可能です。とりあえず、いかなるイケメンであろうと、この高低差を補助するなんらかの装備が必須になるわけですが、それは取り外し式の梯子、あるいは機体に内蔵された棒に出っ張りを付けた足掛けのどちらかになるわけです。

内蔵式足掛けにすれば、どこでもいつでも乗り込めるのですが、当然、機体重量が増えます。写真のF-5&T-33などに搭載されたものは比較的簡易な構造ですが、この機体の場合、機体重量そのものが軽いので、やはり重量比で行くと一定の影響が出ます。ちなみに本体だけではなく、固定金具や機体の補強材などの重量も加わるのに注意してください。

もちろん、あった方が便利なのは事実です。さらにF-5&T-33のような発展途上国に発売する機体では、どんな過酷な環境で使われるか判ったもんじゃありません。そうなると基地にまともな装備が無く、最悪、乗り込めないという可能性すら出て来るので、これが機体に付いて無いと困るわけです。

ただし御覧のようにあまり使いやすくないため、アメリカ空軍では通常、外から梯子をかけて乗り降りしてます。そして私が知る限り、その使用が想定されていたはずのタイ空軍ですら、通常は使ってませんでした(笑)。



同じような理由で、ボイドが開発に参加したA-10も搭乗用の足掛けを内蔵しています。
過酷な最前線で戦う機体なので、まともな設備が無い基地でも活動できる装備は必須と判断されたからです。すなわちボイドは何でもかんでも反対したワケでは無く、必要とあればあっさりとその搭載を認めています。



そしてこれも必ず梯子が内蔵されてるのが海軍の艦載機です。狭いうえに揺れる空母の甲板上で乗り降りするのに、梯子の持ち運びは大変だからでしょう。

海軍機はF-4ファントムII、F-14、F/A-18、そして最新のF-35Bに至るまで、全てこういった乗降用の梯子が内蔵されています。ちなみにF-14とFA-18では簡易な足掛けでは無く、完全装備のパイロットがキチンと登れるような梯子が付いてます。F-35はそこまででは無いですが、かなりしっかりした足掛けが内蔵されてます。すなわち、それだけ重いのです。



こういった点で制約が少ない、先進国の空軍機では内蔵式を止め、写真のような外部取り付け式の梯子で搭乗する機体も多いです。写真は航空自衛隊の国産練習機、T-4。

ちなみにアメリカ空軍の場合、海軍から押し付けられたF-4ファントムIIは収納式の足掛けアリ、ボイドが激論の末、外せなかったF-15もアリです。ただしF-15では搭載したものの事実上使い物にならず、現場ではほとんど使われてません。
そしてボイドが最初から最後まで関わったF-16では完全に外され、ステルス機であり機体内に余計なものを積みたくないF-22も積んでません。

ところがF-35Aでは再度収納式にして搭載しています。
ステルス機であり、少しでも機体表面の開閉パネルを減らしたい機体になんで、という感じですが…。ちなみにステルス性に考慮した結果、この梯子の収容部はかなり面倒な構造になっており、重量、さらにはコスト的にも不利でしょう。この辺りは海軍と海兵隊のF-35B&C型に引きずられ、専用設計にできなかった結果でもあるみたいですが、やはり何考えてるのか判らん機体ですね。

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