■もう少し具体的に

さて、ここからは実際の数字でもボイドの考え方を確認して行きましょう。

維持旋回、すなわち高度を落とさずに行う旋回=位置エネルギーを失わない旋回が、エネルギー機動性理論の運動性能を判断する基準ですから、機体の重量が変わると、この点でどれだけ不利になるのかを考えてみます。



■Photo US Airforce Staff Sgt. Rachel Maxwell

ボイドは絶望したとはいえ、未だに一定レベルの機動性能を維持してるF-15。
これがもしボイドの理想通りの重量に収まって居たらどこまで性能が上がったのかを考えます。ただし具体的な数字は判らない部分もあるので、基本的には何%の性能向上になったか、といった方向性で考えましょう。
そして機体はそのままに重量だけ増減させる、という話ですから、機体の空力的性能は同じであり、面倒な性能計算の内、重量の数字だけをいじればいい、という筆者がかなり楽をできる点にも注意してください(笑)。

さて、戦闘機が旋回する時のGを見る数字が荷重倍数です。これは以下の式で求められます。

揚力(L)/機体重量(Wg)=荷重倍数

ここで力と重量は同じ次元ですから、出てくる数字は無次元数の比の数字ですが、その値は加速度Gと同じものになります。よって荷重倍数が4なら機体に掛かるGもまた4Gです。なんで、というのは長くなるので省略(手抜き)。
ちなみに荷重倍数は、機体のバンク角、どれだけ主翼を傾けたかを見る角度θに対し荷重倍数=1/cosθという関係も成り立ちます。

この「揚力」は旋回時に必要な量で、当然、Gが上がれば数字も大きくなります。対して「機体重量」は地上重量、すなわち1Gの時の数字をそのまま固定で使います。とりあえず、これを揚力を求める式に変換すると、

揚力(L)=荷重倍数×機体重量(Wg) 【式1

となります。

ここで注意して欲しいのは、同じ荷重倍数4の旋回、すなわち4Gの旋回でも機体重量が軽い方が必要な揚力も小さくなる点です。つまりF-15の機体重量を軽くすると、同じ4G旋回でも揚力は少なくて済むのです。次にこれが何を意味するのかを考えます。

その揚力を求める式を確認すると、

揚力(L)=1/2×揚力係数(Cl)×大気密度(ρ)×翼面積(S)×速度(V)×速度(V)

でした。
重量だけが異なる同じ機体なら、最初の四項目の値は常に同じです。異なるのは速度のみ。なので最初の四つは仮に固定値「A」としてひとまとめにしてしまいましょう。その上で速度を求める式にすると、

揚力(L)=A(一定値)×速度(V)×速度(V) 

速度(V)=√揚力(L)/A(一定値) 式2


よって揚力が小さくできるなら、旋回時の飛行速度もまた小さくなる、という事です。
すなわち、

重量が軽い→同じ荷重倍数の旋回に必要な揚力が減る→同じ荷重倍数の旋回に必要な速度が低くなる

では旋回時の速度が低くなると何がいいのか。
この点を確認するために今度は維持旋回の時、すなわち高度の変化が無く、運動エネルギーだけで旋回する場合の旋回半径を求める式を考えます。

まずは平面の円運動における遠心力を求める式、

遠心力(F)=質量(m)×速度(v)×速度(v)/旋回半径(r)

を荷重倍数=Gを使って旋回半径を求める式に変換しましょう。ここでは詳細を省いて(手抜き)計算式だけを出してしまうと、

旋回半径(r)=速度(V)×速度(V)/荷重倍数(G)×tanθ 式3

θは旋回時の機体のバンク角。この数字で主翼の揚力の内、旋回に使う向心力成分の加速度(G)を求めます。これは荷重倍数が決まれば自動的に決まる数字です。
よって同じ荷重倍数の旋回時には、二乗で効いてくる速度が低い方が旋回半径の値がもまた小さくなる、という事が見て取れます。すなわち、

●機体重量が軽い方が旋回の速度が低く、その結果、同じ荷重倍数での旋回半径も小さくなり、優位である

という事になります。これが機体重量が軽くなることの優位性です。

ただし「同じ荷重倍数」の条件に注意してください。敵が7Gで旋回してるなら、こちらも7Gで旋回する、という条件です。この値が違う場合、旋回半径が小さくても相手より遅くしか回れず、運動エネルギーの点でむしろ不利になります。
例えばヘリコプターでホバリングすれば水平飛行と同じ1Gの荷重倍数のまま敵の旋回回転の中心点に入り込めます。一見すると半径0の無敵旋回に思えますが、実際は運動エネルギーがゼロでまともな回避も追尾も全くできない状態なのです。よって敵は旋回回避する意味が無いので、すぐさま旋回を外れて高速で飛び去り、後は速攻でその誘導ミサイルによってタコ殴りにされて終わります。

よって機体は軽い方が小さく旋回出来る、すなわち空中戦でも誘導ミサイルを振り切る場合でもより優位である、という事であり、これが機体の軽量化による最大の利点となるわけです。つまり戦うにしろ逃げるにしろ、同じようなエンジン出力と空力性能を持つ機体なら、軽い方が運動性能に置いて常に優位に立てる事を意味します。

■実際の数値

ではボイドが理想とした19%ほど軽い機体ではどの程度の差が出るのか、を次に考えるため、【式1】から順に数値を入れて計算してみましょう。ちなみにF-15の翼面積は56.5u、高度4500mの大気密度0.7kg/mmm ですが、数値は計算しやすいように多少丸めてあります。さて、以上の条件で、とりあえず計算してみましょう。

●離陸重量

F-15A 19,000kg
F-15ボイド版 16,000kg

●揚力(7G)

F-15A 133,000kg
F-15ボイド版 112,000kg

●速度

F-15A √ 6725.7/揚力係数(Cl)m/s
F-15ボイド版 √5663.7/揚力係数(Cl)m/s


ここで速度を出すにはF-15の主翼の揚力係数が必要ですが、先の式を見れば判るように、その計算には速度が要るという(笑)ニワトリ卵状態に。なのでここでは純粋にその比を取ります。平方根なので何らかの揚力係数が居るのですが、比を取るだけなので、単純に1を入れてしまえばいいでしょう。そうすると、

●速度比

F-15A:F-15ボイド版
=1 : 0.92


すなわちボイド版のF-15は約8%ほど低速で同じ7Gの掛旋回ができる、という事になります。ではこの差でどれほど旋回半径に違いが出るのか。とりあえずこの数字を【3】の式に入れてしまえば、これまた比は取れますので、やってみると、

●7G旋回の半径比

FF-15A:F-15ボイド版
= 1 : 0.84


速度は二乗で効いて来るので、同じ7G旋回でも約16%少ない旋回半径で回れてしまう、という事です。単純な比率ですから、この数字は、それなりに正確なはずです。結構大きな差のような気がしますが、これではちょっと具体性に欠けてるのも事実ですね。

なので速度の参考値として、F-16Aのデータを見てみましょう。F-16Aの場合、高度4500mの7G維持旋回だと速度は凡そ320m/sとなっています。F-16AとF-15Aでそこまで大きな性能差が付くとは考えにくいので、参考値としてF-15Aの速度にこれを使って計算してみましょう。この場合、ボイド版はその0.92倍の速度ですから、

●仮定速度

F-15A 320m/s

F-15ボイド版 294m/s


ここから7G旋回の半径を計算すると、荷重倍数=1/cosθなので、cosθ=1/荷重倍数=約0.14、よってバンク角は約82度(!)。なので旋回半径に必要な数字tanθ=約7.1。これを先に見た旋回半径の式に当てはめると、

●7G旋回の仮定半径

F-15A 約1469m

F-15ボイド版 約1240m


当然、その比は1:0.84のままですが、より具体的な数字が出て来ました。

ざっとの計算ですが旋回半径で約230mの差が出ました。次にこれが何を意味すのか、を考えましょう。
とりあえずF-15の全幅は約13mですから、約17.5機(笑)の横幅分、相手の旋回の内側に入れてしまう事になります。これはもう勝負になりません。幾らでも相手の後ろを取り放題です。速度データの多少の誤差があっても、埋められない位の差があると考えて問題なく、ボイド版の方が圧倒的に優位だ、と断言していいでしょう。

ちなみに飛行速度は遅いのですが、一周する円周はより短いので角速度はむしろ速く、結果的に軽い機体の方が先に一周してしまいます(約26.5秒対約28.9秒)。よって後ろに付いた場合、一周旋回する間に必ず追いつけ、逆に逃げてる時ならこれを振り切れます。

そして誘導ミサイルを振り切る場合もまた、より小さい半径でより高速で旋回できる、というのは重要です。



誘導ミサイルはイヤンてな位の高速ですっ飛んで来ます。

直線でこれを振り切れる機体はほぼ無いので(最高速度で逃げ切れるように見えてもそこまで加速してる間に追いつかれる。例外は最初からマッハ3前後の超音速で飛んで来るSR-71くらいだろう)、十分な機動性が無いと、ミサイルに追いかけられても何もできないままサヨウナラ、となるわけです。

この点、連中はその高速を活かしてイヤンてな位の運動エネルギーを持って飛んで来ますが、御覧のように曲がる加速運動のためには翼面積が小さすぎ、小回りは効きませぬ。というか曲がる事に運動エネルギーを使ってしまうと飛行速度が落ちるので出来ません。よって、このミサイルの運動性の低さをついて逃げ切る、が鉄則であり、これが戦闘機に高機動性が求められる理由の一つです。

ちなみに写真のサイドワインダーなどは追尾ミサイルと呼ばれる事がありますが、決して目標のケツを追尾するわけでは無いのに注意が要ります。この種のミサイルは目標の旋回を先読みし、その先に向かって飛んできます。この辺り、恐らく筆者などよりよほど賢いと思われるので要注意なのです。

よってその先回りを避けるため、右に左に激しく動き回って逃げる必要があります。この辺りの回避運動は、第二次大戦におけるドイツ空軍のレーダー誘導高射砲対策に比べても何ら進化しておらず、単純な軌道で飛んでいたら、簡単に先読み&先回りされ撃墜される事になります。



より脅威になる地対空のレーダー誘導ミサイルは図体もでかいのでもう少し大きな翼を持っていますが、それでもその運動性能には限界があります。ちなみに写真はソ連製のSA-2 ガイドラインことS-75地対空ミサイル。

よって十分な高機動性能を持つ機体なら振り切ってしまうのは可能でしょう。逆に単純な速度では負けてますから、十分な運動性能を持たない機体で敵の地対空ミサイル(SAM)防衛網に突っ込んで行くのはほぼ自殺行為です。これをやったのがベトナムのF-105とファントムIIなわけですが…。

参考までに米空軍がまとめた資料、 A COMPARATIVE ANALYSIS OF USAF FIXED-WING AIRCRAFT LOSSES IN SOUTHEAST ASIA COMBAT(1977)によると、F-105の空中戦損失21機に対して地対空ミサイル(SAM)による損失は32機と約1.5倍、ファントムIIは多少はマシですが空中戦36機に対して28機の損失と約7.8割ほどの数字になってます。まあ、それ以上のとんでもない数をレーダー誘導の対空砲で堕とされてるんですが、この辺りは増刊号で詳しく述べたので、気になる人は買ってね(笑)。

さらに敵も馬鹿では無いので、実戦では逃げ回る機体に対して複数のミサイルを打ち上げて飛行経路を片っ端から潰しに来るわけで(航空機よりはるかに安価なのでバンバン撃っても割に合う)、より条件は厳しくなります。この辺りは近年のステルス機がどこまで近距離からの誘導レーダーを誤魔化せるか、に掛かってるのですがこればかりは実戦の洗礼を浴びないと判りませぬ。おそらく戦訓が増えるごとにどんどん対策が出て来るでしょうからね。

こういった生き残りをかけた戦い、そして当然、同じような運動性を求められる空中戦でも、ボイドがこだわった軽量化は重要な意味を持つのでした。

ちなみにボイドの貧乏性(笑)と思われている、例の足掛けの200sf分だけ軽くしても意味があるのか、もここで確認しておきましょう。面倒なので、速度比から見て行くと、

●速度比

F-15A:F-15ボイド版
=1 : 0.994


●7G旋回の半径比

FF-15A:F-15ボイド版
=1 : 0.978


●仮定速度

F-15A 320m/s

F-15ボイド版 316.6m/s


●7G旋回の仮定半径

F-15A 1469.5m

F-15ボイド版 1437.5m


すなわち、旋回半径で約31m、F-15の機体幅の二倍近以上の差が付きました。
意外に有意な差と考えていいでしょう。ボイドは意味も無く機体重量を削ろうとしたワケでは無かったのでした。ただし一周に要する時間は約28.5秒対約28.8秒。この辺りはちょっと微妙、という感じではありますが。

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