■フィラデルファイア市内へ



最初に、フィラデルフィア戦で最後のルート確認。
朝に30thストリート駅からフィラデルフィア市に入り
そこから東に向ってデラウェア川に出たのですが、
今度はその逆、岸辺の独立記念港町博物館のあたりから西に向い、
市内中心部の観光地、
自由の鐘とかの展示を見ようと思ってるわけです。



さて、現在時刻は午後3時半。
帰りの列車まで2時間ほどですが、駅まで地下鉄で10分かからない上、
ちょうどここから駅までの間が、フィラデルフィアの中心部となってます。
よって朝に来た道を逆走、街の中心部に向いますぜ。

この街は独立戦争前からアメリカ植民地13州の政治的中心地でした。
独立前に各州の代表が集まった
大陸会議(Continental Congress)が行なわれていたのもこの街ですし、
後に独立宣言、憲法の発布が行なわれたのもフィラデルフィアになります。
さらに独立後、ワシントンD.C.の整備ができるまでの一時期、
約10年ほどですがアメリカの首都にもなってました。

このためアメリカの古都といった街ですが、
ここはかつての大工業地帯であったため、
日本の京都のように純粋な政治、宗教都市とは全く別物です。

今でこそ、全米で4位の人口であり、都市としての規模では
シカゴ、ニューヨーク、ロサンジェルスなどに劣りますが、
19世紀までは全米最大の都市の一つであり、先に見た造船を始め、
紡績、製鉄でもアメリカの中心地でした。

明治にここを訪れた例の岩倉使節団の米欧回覧実記では
ニューヨークに匹敵する大都会である、とされ、
さらに道は広く、建物はきれいで、むしろフィラデルフィアの方が
洗練された都会だ、といった描写すらされてました。

ところが戦後、日本などの安価な労働力を誇る国々に工業の中心が移った結果、
フィラデルフィアは凋落の一途をたどる事になるのです。
この結果、20世紀末には映画ロッキーや、司馬遼太郎さんのアメリカ素描に見える、
荒れ果て、捨てられた街になってしまいました。
商業都市ニューヨークはその地位をより高めたのとは対照的です。

で、それからさらに30年が経ち、21世紀のフィラデルフィアは、
さて、どんな街なのやら見て行きましょうか。



…と書いておきながら、実は観光エリアの下調べをやってませんでした(笑)。
当初は時間があればここから南下して、フィラデルフィアの海軍工廠を見よう、
と思っていたからで、それには時間が足りない、
という事で市内観光に切り替えたのです。

とりあえず川と反対側、西へ進めば市内中心部にでれるはずなので、
そちらに向うとしましょうか。
確か市内中心部の緑地帯周辺が、
史跡やら観光名所が集中する地区だったはずですから。

でもって、ここでアメリカにもススキがあるんだ、とちょっとした発見をする(笑)。



まだ川沿いと言っていいここら辺りはやや観光エリアから離れてるようで、
ほとんど人を見かけませんでした。

それでも治安が悪い、という印象はなく、映画ロッキーで彼が走っていた、
スラムじゃないのかこの街は、といった雰囲気はありません。

ただし映画の主な舞台になっていたイタリアンマーケットの街は
フィラデルフィアでもかなり南にあり、今回観て回った地区からは、やや離れます。



フィラデルフィアでは、突入直後、最初に見たような
歴史の案内板だけでなく、
こういった感じに地面や建物の壁などあらゆる場所に
碑文が埋め込まれてます。
ロンドンも似たような感じですが、
数ではむしろ歴史が浅いフィラデルフィアの方が多いかも。

この碑文によると、この広場は
ペンシルヴァニア州の名前の由来となった
ウィリアム・ペンの息子(名前は同じ)が
植民地の政庁を最初に建てた場所、とされてます。
が、存続期間が1700年から1701年までと書かれており、
それは仮小屋じゃないのか、という気も…

ちなみに、このウィリアム・ペン(父)にちなんで
ペンシルヴァニア州なんですが、
彼がこの地を発見したわけでも探検したわけでも
ましてや占領したわけでもありません。
実はペンはイギリス国王チャールズ2世にかなりの金を貸していて、
それの返済に困った国王が、
この広大な土地を彼に与えてチャラにしちゃたんですね。

で、国王は気を効かしたつもりで、
これをペンシルバニアと名づけちゃうのでした。
後に本人ではなく、息子の方のウィリアム・ペンが
この地にやって来て管理するのですが、
彼はこの名を全く気に入ってなかったそうな。

…あれ、という事は、先に見た博物館のある河岸地区の名前、
ペンズランディングは、このペン(息子)が上陸した場所、の意味か。



間もなく川岸からもよく見えていたこの建物に到着。
で、実はこの写真を確認した今この瞬間まで、
ここが市役所だと思ってたのですが、
実はこれ、州の合同庁舎なのでした(涙)。

市役所はもう少し東で、さらに巨大な建物らしいです。

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