■戦争にはいろいろ必要だ



前回見たB-10の後継戦略爆撃機、ダグラスB-18A ボロ。
名前からしてダメダメ感がただよってますが、実際ダメダメな爆撃機でした。
それでも戦前、予算がなかったアメリカ陸軍では一時的に主力爆撃機となっていた機体です。
その割にはほとんど知られてませんけどね。
ついでにBOLOはアメリカのスラングで、鉄砲がヘタなヤツ、の事なんですが、
そんな名前、なんでつけたの?あるいは私の知らない意味もあるのかしらむ。
ちなみにこの機体、カナダ、ブラジルの空軍でも使われたようです。

青いダボハゼ、マーチンB-10の後継機であり、名前から判るようにB-17と同世代の機体です。
両者は1934年の陸軍爆撃機の競争試作募集に応じて造られた機体で、
このB-18がその勝者となって契約を勝ち取ったのでした。
ただし性能的にはB-17が圧勝で、この機体が選ばれたのは
当時の貧乏なアメリカ陸軍でも、一定の数(350機前後)揃えられるだけ安価だったからでした(涙)。
性能試験で完敗しながら、安いから競作に買った、というちょっと変った機体でもあります。
(ただし当初の5万ドル前後の見積もりからは値上がりし最終的には約8万ドルになったらしい。
が、それでもB-17の1/3以下の価格だった)、

この角度から見ると判りにくいですが、胴体後部、特に尾翼周辺はダグラスの傑作旅客機DC-3にそっくりで、
実際、この機体はDC-3と同じくDC-2旅客機からの改造で作られてます。
その分、コストは低く、価格も安価だったのですが
所詮は排気タービンも無い双発エンジン、旅客機からの改造であり、B-17に比べると
最高速度で時速80マイル(約130q/h)近く遅く、防御装甲なども無いに等しいものでした。

このため350機前後が生産されたものの、アメリカ参戦が濃厚になった後は、
競争試作で下した相手のB-17に主力爆撃機の座を譲り
後は対潜哨戒や観測機として使われてました。

展示の機体は1942年まで現役だったのを1971年ごろ、この博物館でレストアしたもの。
この機体も無塗装ですが、当然、1944年1月よりずっと前に生産されたものですから、
これも予算不足じゃないかなあ…



こちらは陸軍が使ってた空中投下型のMk.53対潜機雷。
どうもB-18が対潜哨戒任務で使ってたものみたいです。



大戦参加後、初期のアメリカ陸軍主力戦闘機となったカーチスP-40のE型 ウォーホーク。
当時のアメリカの新型戦闘機3姉妹の中の1機ですね。
(ロッキードP-38、ベルP-39、カーチスP-40)

基本的には先に見たP-36に液冷エンジンを積んだだけの機体で、
このため新型三姉妹の中では最も早く配備が始まってました。
その分、特に目新しい機体では無いのですが、6000m前後の中高度以下でなら、そこそこの性能はあり、
地上攻撃機が不足していたイギリスは、アメリカ参戦前に、その任務用に購入してます。
この辺りから、ヨーロッパの機体に追いつきつつあった、という感じでしょうか。

E型は二世代目のウォーホークで、本来ならP-40の後継となるXP-46の開発が遅れたため、
急遽開発されたものでした(ちなみにXP-46は最後まで採用されないで終わる…)
そういった経緯もあってP-40の生産数は13000機を超えており、アメリカ陸軍の戦闘機としては
初めての1万機越を果たした機体となりました。

展示の機体は本来はイギリスの向けの輸出用P-40E、すなわちキティホークだったのを
有名な対日義勇軍飛行部隊(といっても実際に参戦したのは真珠湾後、アメリカの宣戦布告後なのだけど)
中国で日本と戦ったフライングタイガースの塗装にしたもの。
いや、フライングタイガースは初期のB型でしょ、と思ったんですが帰国後、調べてみたら
1942年から機種変更して、E型も使っていたのだと初めて知りました。

この機体、本来はおそらくカナダ空軍向けの機体だと思いますが、詳細は不明。


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