■レツゴー屋外展示



さて、その他の屋外展示は、博物館棟の西側に固まってます。
そちらも見て置きましょう。



この屋外展示の主賓ともいえるのが対高高度、高速迎撃用のミサイル、ナイキシステムです。
ただし、解説板がかなり適当で、かなり判りづらい展示になってます…。

まずはこれ。
カバーを付けて押し入れに入れられた扇風機みたいなこれは
ミサイル追尾レーダーのMTR。

左後ろに見えてるミサイル、ナイキJの誘導用レーダー装置部で、
ミサイル追尾ともに、誘導もこれでやってます。

ただしこれはあくまで送受信装置と、アンテナ類をまとめたもので、
実際の誘導の判断はトレーラーに積まれた電算装置によりました。
ちなみにその電算装置が入ってるトレーラーが右後ろの白いヤツなんですが、
これの撮影、うっかり忘れてしまっております…。



これもロクに説明が無かった、捕捉レーダーACQ。
同じくナイキJのシステムの一つで、こちらは敵を捕捉して追尾するレーダー。
なのでナイキ迎撃システムは、敵捕捉用、自らの誘導用のそれぞれのレーダーシステムを別に持ちます。



というわけで、その地対空ミサイル ナイキJ。
1960年代にアメリカ陸軍が開発したミサイルの日本版です。
ちなみにナイキミサイルは幾つかの世代に分かれ、世代ごとに性能どころか外見まで異なります。
日本が導入したのは第二世代のナイキ・ハーキュリーズでした。
なぜか航空自衛隊はナイキ、とだけ呼んでますが。
ちなみにアメリカでは陸軍が運用してます。

ついでながらナイキ、Nikeは勝利の女神、ニケの英語読み、
ハーキュリーズ、Herculesはヘラクレスの英語読みですから、
日本で言ったら、天照・スサノオミサイル、みたいな変なネーミングとなってます…。

左側、プロパンガスボンベみたいなのが一段目のロケット、右側の地獄から来た
スルメイカのような白い部分が二段目ロケット&ミサイル本体です。

一種の小型ロケットで、一段目のロケットで一気に高度と距離を稼ぎ、
これによって130q近い飛距離と、3万メートル(!)を軽く超える高高度まで到達させます。

まあ、その性能からわかるように、本来はソ連の高高度、高速核爆撃機対策として
アメリカで開発された一連のミサイルの一つでした。
当然、弾頭には小型核弾頭を搭載して、敵機の一撃必殺を狙うのですが
(一機でも打ち漏らしたら都市が一つ消えるのだ)、
日本で核弾頭は使えませんから、通常弾頭となってました。

それでどの程度、役に立ったのかは何ともわかりませんが…。



カーチスの輸送機、C-46D。
第二次大戦期の機体で、自衛隊が発足したとき、中古として譲り受けた機体だったはず。
胴体が円形でも楕円でもなく、上側が膨らんでる、という不思議な構造になってます。
構造の強度を考えると不利な設計のはずですが、
なにか理由があっての事なんでしょう。
でもカーチス末期の機体ですから、おそらくロクでもない理由だと思います(笑)。
ただし調べるのが面倒なので、とりあえず詳細はパス。

このオレンジ色のラインが入った派手な塗装は自衛隊仕様だったと思いますが、
なんでこんな塗装になったのか、イマイチよくわかりませぬ。

ついでにC-47はなぜか日本の屋外展示の常連で、私の知ってる限りでも他に所沢、
河口湖の自動車博物館、美保基地などに置かれてますね。



よく見ると主翼上面ですら、リベットむき出し(沈頭鋲ではない)なゴツイ(笑)構造になってます。
さらによく見ると、エンジン外側に接合部を覆うカバーがあり、
この機体もDC-3と同じ外翼が取り外せる別構造、いわゆるノースロップ式主翼構造になってるのが判るかと。
当時、この構造がいかに流行ったか、という感じですね。

そのアメリカ軍の主力輸送機、C-47(DC-3の軍用機)の陰に隠れて
このC-46はイマイチ、パッとしない機体ではあるのですが、
その搭載量は大きく(積み方によってはC-47の倍積めたらしい)、
太平洋方面では結構な数が運用されてます。

ただし現場では空飛ぶ棺桶、の愛称があり、とにかく事故損失の多い機体で兵士には嫌われてました。
少なくとも1943年から1945年の終戦直前までの間で31機が火災や空中爆発で損失、
さらに任務中に行方不明になった機体が多くあり、これらも同様の事態に見舞われたと思われます。
その結果、最後はカーチスの惨劇(Curtiss Calamity)の名まで付けられたのだとか。

海軍のSB2C、カーチス製急降下爆撃機ヘルダイヴァーが
クズ野郎の二級品、Son of a bitch second classの略称でSB2Cなんだぜ、
とまで言われたダメ爆撃機だった事とあわせ、
当時のアメリカ軍のパイロットにとって、カーチスという会社は
日本軍よりよほど脅威だった、という印象があります。
実際、冗談抜きで、人殺し株式会社、という面が当時のカーチスにはあり、
とても褒められたものではありませぬ。

ちなみにこの機体、中国方面の対日戦のため、インド東部(現在のバングラディッシュ)から
東側にあるヒマラヤの東端部を超えて中国まで飛ぶ補給活動にも参加してました。
いわゆる峠超え(Over the Hump)任務です。

が、見ればわかるように排気管は普通にエンジン直後に飛び出しており、
すなわち過給機、排気タービンはついてません。
アメリカ陸軍の空冷エンジンに機械式2段過給機(2段スーパーチャージャー)は
ありませんから、これ、まともな過給機が無いのです。

そんな機体で4500mを軽く超えてる尾根がバンバンあるヒマラヤ東部の山脈を
荷物満載で飛び越えてたんですから、よくやるなあ、という所です。
そこに持ってきて、先に書いたように全くと言っていいほど
信用が置けない機体だったわけで、アメリカ軍にとっては悪夢のほか何物でもなかってでしょう。
(ただし作戦にはC-47など他の輸送機も参加してる)

そして、これを黙って引き受けて運用してた航空自衛隊も大したものなのです。
この点はホントにすごいと思います。

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