■スーパーマリン スピットファイア MK.V(5)
Supermarine Spitfire Mk.V


鋼の意思を持つ男、ミッチェルが己の命と引き換えに
イギリス空軍(RAF)に残していった遺産、スピットファイア。

この機体は1940年初夏から秋にかけ、ダンケルク撤退戦、
そしてイギリス本土上空のバトル オブ ブリテンの戦いに耐え抜き、
多くの犠牲を払いながら、ドイツ空軍、ルフトヴッフェを退けました。

この時期をスピットファイアはミッチェルの遺産、Mk.I と、
そのエンジンパワーアップ版の新型ながら、イギリス空軍(RAF)の試験報告で、
「期待値以下」(less than expected)との評価を与えられてしまった
失敗作、Mk.II だけで乗り切っています。

ところが敵は19世紀末以降、戦争させたら世界最強のドイツ人
(必ずしも勝てないところがまた最強)、
1940年末ごろから、バランス的には恐らく歴代Me109中最強モデルだった
Me109のF型を戦場に送り込んできます。

ここで初めて、そして実は最初で最後ながら、スピットファイアはMe109に
性能的に圧倒される事になるのです。
が、この段階でイギリス側に即座に打てる手はありませんでした。

もはやミッチェル亡きイギリスはここまでか、と思われたとき、
まるでこの時を待っていたかのように、イギリスを救う技術者がもう一人、
颯爽とその歴史の舞台に登場します。

ただし今度は、機体ではなく、エンジンの技術者、しかも過給器の専門家でした。
それが“流体力学の魔術師”、ロールス・ロイスに30歳で入社した脅威の新入社員、
“サー”・スタンリー・フカー(Stanley Hooker)です。

彼が開発した新型スーパーチャージャーを積み込んだ新型エンジン、
マーリン45をその心臓に得て生まれ変わった癇癪持ちの女、
それが中期スピットファイアの主力、このMk.V(5)です。



フカーによる新型過給器を搭載したマーリンの45型は、
従来と同じ排気量、同じ100オクタンガソリン、そして1段1速過給のままながら、
エンジン内の空気の流れなどをを改良した新型過給器(スーパーチャージャー)
によってあっさり1515馬力を発揮して来ます。
これはMk.IIに積まれてたマーリンXII(12)の1150馬力から、
ほぼ同じ条件下で3割以上と言う、驚異的な性能上昇を果たしてるわけです。
フカー恐るべし、ですね。

スピットファイアが開戦から戦争後半まで、常に一線級の性能を維持できたのは、
ミッチェルが設計を指揮した機体の基本性能の良さ、
そしてその後は、このフカーの過給器(スーパーチャージャー)の進化により
マーリンエンジンが常にパワーアップし続けたことによります。

そのマーリン45を積んで登場したMk.V(5)は
早くも1941年の2月から空軍への引渡しが始まり、
この機体によってRAFはロンドン上空から英仏海峡に渡る空域の
航空優勢を徐々に回復して行くのです。

ただし、低空域ではまだMe109F型の方がやや優勢で、
その対策として、空気抵抗の大きい低空対策として翼端部パーツを外した短翼型、
いわゆるクリップド ウィングの機体が多く運用され始めます。
この後、さらに低空性能が優れてたドイツのFw190のデビューにより、
短翼型スピットは標準的な装備の一つになって行くわけです。
(初期以外の短翼型は低高度セッティングエンジンを積んだ低空専用機となる)

逆に言えば、Mk.V(5)は急遽生産に入った臨時生産型だったため、
エンジン以外は、ほとんどMk.I のままでした。
マーリン45搭載以外の主な変更点は、生産が佳境に入った1941年5月以降、
エルロン(補助翼)の外板を金属製に切り替えたくらいだと思います。
(細かい変更は他にもいろいろあるが)

これは羽布貼りのエルロンでは高速時に歪んでしまい、
ロール性能の低下につながっている、
という傾向が発見され、その対策として改修されたものでした。

なので当初のMk.V(5)は既に生産ラインに乗っていたMk.IやMk.IIを
そのまま改修する事で造られてます。
よって、この機体までの三機種、Mk.I(1)、II(2)、V(5)が
スピットファイア第一世代と考えていいでしょう。
これらは1段1速過給器のマーリンエンジンなので、イギリス人とかは、
1段マーリン(Single-Stage Merlin)世代とか呼ぶこともあるようです。

他にもプロペラが三枚とか、主翼下のラジエターが一つで、
左右非対称とか、それ以降のスピットとは違いが多くあります。
逆に言えば、Mk.I、II、V(5)の初期型三兄弟では外見の差がほとんどなく、
少なくとも私には見分ける事ができませぬ(笑)。

20mm機関砲×4門のC型翼を搭載してるのはV(5)だけなので、
かろうじてこれだけは判別が付きますが…。
逆に7.7mm×4門のA型翼はMk.V(5)ではほとんどないので、
これでも判断できなくはないですが、絶対とは言えないですからね。

さらにイギリス軍は、もったいない精神の持ち主だったので、
破損した機体なども徹底的に修復して使ってたんですが、
Mk.I や II の修復の際にエンジン変えちゃって、
Mk.V(5)に生まれ変わっちゃった、という機体があったりします(笑)。
こうなると、もうイギリス空軍の機体修理履歴までチェックしないと、どうしようもないです。

余談ですが、さらにすごいMk.I とかもあって、後に2段2速マーリンと
4枚プロペラを積んで、Mk.IX(9)になってしまいました、という機体まであります…。

でもって、この臨時生産型のMk.V(5)が
全スピットファイアの中で最も生産された型(約6400機)となってしまいます。
ただし、後に2段2速過給器搭載のマーリン60シリーズを積んだスピットMk.IX(9)とMk.XVI(16)を
合計すると、わずかながら、こちらの方が数は多くなりますから、
ぶっちぎりでトップというわけではありませんが。
(エンジンがイギリス製かアメリカ製かの違いだけでIX(9)とXVI(16)は実質同じ機体)

ちみにMk.I、Mk.IIと来て、何で次がMk.V(5)なんだと思ってしまいますが、
ちゃんとIII(3)と IV(4)もありました(笑)。
それぞれ試験機で、Mk.IIIはMk.IIの正当進化という感じの
エンジンパワーアップ型機体だったのですが、
フカーのマーリン45が登場すると性能的には明らかに劣っていたため、開発中止に。
Mk.IV(4)は既に開発が始まっていた新型エンジン、
ロールス ロイスのグリフォンを搭載した試験機でしたが、
グリフォンエンジンそのものがまだまだ未完成で、これまたお蔵入り。

さらに余談ですが、スピットファイアは当初カッコつけて
ローマ数字で名前を書いていたため、Vと書いて5(ファイブ)、
Mk.Vでマーク ファイブと読みます。

ところがスーパーマリン社が予想もしてなかった事に
スピットはMk.24まで続いてしまいます。
このため、途中でイギリス人も読めなくなったらしく(笑)、
Mk.21以降はアラビア数字表示に変更となるのでした。
(それでも Mk.XX(20)まではローマ数字だったが…)



この機体はロンドンのRAF博物館に展示されてるもの。
20mm機関砲を搭載したB翼の機体なのでMk.V(5)のB型となります。
主翼の上の凸部はその20mm機関砲の弾倉を収容するためのもの。

Mk. V(5)では主翼の武装の種類と、南方仕様のフィルターの有無でサブタイプの名前が決まります。
よって名称はMk.VA、VB、VCとなり、さらにB翼とC翼には南方用の機体、Trop型があります。
ただし途中で非力なA翼(7.7mm×8門)は生産されなくなってしまいますけども。
Trop型についてはまた後で。
ちなみにスピットの主翼の型についてはこちらで説明してるので、そちらを見てください。

例によってこのBL614機もイギリス人の執念によってその来歴ははっきりしており、
1942年2月に部隊配備された機体ながら1943年の11月には早くも退役、
(すでにMk.IX(9)が主力になりつつあったため?)
その後は教育部隊に置かれたまま終戦となったようです。

戦後は5年以上雨ざらしのまま、
基地のゲートガード(門の横に置かれる飾りの機体)になったり、
映画「空軍大戦略(Battle of Britain)」に出演したりと、各地を転々としており、
あまり原型を維持してる点では期待できないものとなってます。
1968年に一度修復がなされたものの、その後、
別のスピットファイアのためにパーツを取られたりしてるようで、
どうもやはり資料性は高くない感じですね。
とりあえず現在の姿になったのは95年の最終レストアの時のようです。

それでも、それなりに当時の雰囲気は残してますから、
ざっと見て行きましょうか。


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