アゴのフィルター部はこんな感じ。
が、この写真で注目なのは排気管です。一段一速過給マーリンエンジン時代に見られたフィッシュテール型の3本集合排気管なんですが、その正面に穴が開いてるのに注意。一口にフィッシュテール型集合排気管といっても実はいくつかの種類があるのですが、これは初めて見る形状でした。ちなみに左右とも、この正面の丸い穴があります。

他の機体では見た事がないもので、この機体も最初に見た時は気づかず、2017年の再訪時に初めて気が付きました。排気管の正面に穴を開ける意味も必要もないので、レストアのミスかと思ったんですが、帰国後に確認してみたら、確かにアフリカ、マルタに装備されたMk.V(5)の熱帯型の多くにこれが見られました。さらに熱帯型では無い普通のMk.V(5)の一部にも同じ穴がある事が判明。

なんじゃこりゃ、と思って調べて見たら初期の銃器凍結防止ヒーターの空気取り入れ口と判明。高高度の低温で機銃の潤滑油が凍結して動かなくなってしまうのを避けるため、空気をここから取り込んで排気管の熱によって加熱しパイプで主翼まで運び銃器を温めたのです。1942年後半以降に生産されたMk.V(5)に取り付けられたようで、ヒーター系排気管(Heater system exhaust pipes)などと呼ばれています。
ただしあまりに面倒な配管となり、Mk.IX(9)以降では左右両翼に取り付けらえたラジエターから暖気を取るようになりました。よって生産数は決して多くなく、意外に貴重な展示となっています。



アゴフィルターのアップ。かなりキレイに整形されており、空力的には気を使っているのが判ります。
この中に防塵フィルターが入ってるのですが、その前により大きな石やらゴミやらを防ぐ網をつけてるのです。この網は通常型のスピットにもあります。

ちなみに大戦期の戦闘機のエンジンには過給器がほぼ必須で、日本のゼロ戦、隼にすら付いてました。Mk.V(5)もそれらと同じ、一段一速のショボイ過給が付いてます(ただし流体力学の魔術師、フカーの手が入ってやや強力になっていたが)。過給器と言うのはガーっと空気を吸いこんで圧縮してエンジンに送り込むための装置ですから(空気が薄い高高度でもこれで燃焼に必要な空気を確保する)、当然、常に空気を吸い込みます。すなわち速度ゼロの駐機中でも、エンジンが回っていれば掃除機のようにここから空気を吸引してます。

そもそもターボチャージャーやスーパーチャージャーの過給機の心臓部にある吸引、圧縮用の風車、インペラは掃除機のインペラと原理的にほぼ同じものですから、それなりの吸引力があるのです(掃除機の場合、周りに送り出した空気を圧縮せずに捨ててしまい負圧だけを利用し吸引する)。このため、地上でゴミを吸い込まないようにする、というのは意外に切実な問題でした。特に離陸時にはかなりエンジンをぶん回すので過給機の回転も上がり、吸引力が強くなります。よって同じマーリンエンジンでもより強力な吸引力を持つ二段二速過給の60シリーズ以降を搭載したMk.IX (9)、そしてアメリカのP-51などは通常型でも防塵フィルター(Air filter)が必須で、このため常に装備された状態になってます。
が、こんなにデカくて不格好ではなく、どちらもキレイに機首部内に収めてしまってますから、どうもこのボークス フィルター、いろいろと失敗だったような…

フィルター部の奥、主翼の付け根に文字の書かれた丸いフタが付いてますが、あれはエンジン始動用の電源コンセント(プラグ)が入ってる穴。エンジン始動時には電源車からコードを引っ張って来てここにつなぎ、スターターのモーターを回してエンジンを始動します。すなわちスピットは電源車が無いとエンジンが回せませぬ。まあ、強引にペラを手で回して始動しちゃう、という手も無くてはないでしょうが。

ちなみにスピットにはもう一か所、コクピット下、機体左側にコンセントがあり、こちらはエンジン停止時に各種電気機器を動かすためのモノ。すなわち地上整備などの時のための電源です。スピットは蓄電池を積んでないので、エンジンを止めてしまうと発電も止まり、電気系は全て死ぬのです。

 

機首周りから機体下面を。
謎なのは主翼下面に20o機関砲のドラム式弾倉を収める凸部が無いこと。確かにMk.IX(9)、おそらくはVIII(8)以降の機体は20oを積んでも主翼下面は平らなのですが、Mk.I(1)からMK.V(5)までは下に出っ張りがありました。展示の機体はMk.V(5)としてはかなり後期の生産型なので、Mk.IX(9)と同じように主翼下の凸部は取り除かれていた可能性もありますが、詳細は不明。調べて見た限りではどうも1943年ごろの機体から主翼下の凸部が無くなってるので、この時期にMk.V(5)の b & c 型翼になんらかの改修があったと思われます。

ちなみに胴体下に見えてるフック形状の出っ張りは例の90ガロン増槽装備のためのものでしょう。

でもってMk.V(5)のアゴフィルターはイギリス空軍もどうかなあ、と思っておりました。配備開始後、エジプトのアブキール(Aboukir)に駐留していた第103 整備部隊(Maintenance Unit、いわゆるMU)が、このフィルターの酷さにショックを受け、その改良を開始、もっと小型でも十分な性能が維持できるものを完成させ、独自にその装備を進めました。これがアブキール フィルターと呼ばれるもので、後に多くの北アフリカ向けの機体に取り付けられています。



でもってそのアブキール フィルターを基に開発されたのが写真のMk.IX(9)以降に取り付けられた内蔵式防塵フィルターです。
機首下にある空気取り入れ口の後ろの長細いダクト部に防塵フィルターが取り込まれており、これで、上のボークス フィルターと同じ防塵能力を持ちます。でもって、Mk.IX(9)で防塵フィルターが標準装備となったのはいつでもどの機体でもアフリカやオーストラリアに行けるように、という配慮と同時に、過給器の吸引力強化という問題があったから、というのは既に見た通りです。

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