■P-51A登場

さて、今回もまた、この図から。



ようやくアリソンムスタングの代名詞、P-51Aがようやく登場です。
ご町内のムスタング博士あたりに聞くと、アリソンムスタング?おお、P-51Aのことじゃな、
とか言われるアレですが、実際は先にも述べたように、その生産数は310機に過ぎません。

これは、より知名度の低いA-36よりも少ないものですし、
日本の絶滅危惧種、雷電、紫電改、五式戦より少ない数です。
連合軍の戦闘機としては無かったようなモノですね。
さらにこの機体、いろいろ中途半端で、なぜ開発されたのかもよく判らない部分があります(笑)。

ただし、当初の予定では1200機が発注されており、
確かにアリソンムスタングの決定版になる予定だったのは事実です。
それがこんな少数生産に終わったのはなぜなのか。
その辺りも含めて、今回は少し詳しく見て行きましょうか。

ノースアメリカン社の資料だとP-51A、社内名称NA-99は、NA-73、ムスタング I の機銃が
12.7o×4門に変更された機体、とあっさりした説明になってますが、
実際はムスタング I からはかなりの変更が加わってます。
大雑把に言ってしまえば、無印P-51の胴体に(ただしラジエター吸気口の可変装置は無し)
エアブレーキを外したA-36の主翼を取り付けた機体なのですが、
搭載エンジンも変わってますし、その他も細かい変更があります。

まず、エンジンがアリソンの新型、A-1710-81になりました。
最大出力は1200馬力ですからムスタング I & 無印P-51に積まれた
1710-39の1150馬力と大差がないのですが、戦時緊急出力(War emergency)が強化され、
これを使えば短時間ながら1360馬力までの出力アップが可能となってます。
さらにエンジンの過給圧、ブースト圧の自動調整機能が付いており、
1段1速という貧弱な過給機の能力を最大限に引き出せるようになったとされます。

この結果、最高速度もわずかに上がり、戦時緊急出力を使ったテストでは、
高度10400フィート(約3170m)で時速415マイル(約668q/h)を記録しており、
当時のアメリカで高速機の目安とされていた400マイルを突破しています。
これは初代アリソンムスタング、ムスタングI より約30マイル以上、
すなわち50q/h近い高速化です。


■Photo NASA

というわけで、これがアリソンムスタングの最終型、P-51A ムスタング。
ちなみにアメリカ軍は素直にイギリスの愛称“ムスタング”を受け入れたわけでは無く、
アパッチ(A-36に使われた)、インヴェーダー(P-51の偵察型F-6A=P-51 II に使われた)などが
候補に挙がっていたのですが、最終的にムスタングでいいや、という事になったようです。

パッと見ただけでわかる従来の機体とP-51Aの違いは、

●機首下の12.7o機関銃が無い(ムスタングI、A-36との違い)
●主翼の機関銃がキレイに主翼内に収まっていて主翼前縁に余計な凹凸が無い
(ムスタング I、無印P-51との違い)
●排気管は魚の尾型に似てるヤツ
(ムスタング I との違い)

といった所になります。
もう一つ、P-51Aの特徴としてはこの機体から追加された信号灯発射管があり、
胴体左側、コクピット下の小さな黒い点がそれです。
この穴はP-51A型より前の機体には無いので、よい識別点になります。

ちなみにプロペラの直径も従来の10フィート6インチ(3.2m)から、
10フィート9インチ(3.28m)に、3インチ(7.6p)拡大されたようですが
この程度の差の確認は肉眼では識別不可能でしょう。
ただしプロペラの枚数は3枚のまま。4枚に増えるのはマーリンムスタングからです。
ついでにアリソンムスタングのプロペラはやや皮肉にも全てカーチス製でした。



コクピット左下の丸い穴はB/C型、D型まであり、H型の段階で廃止されてます。
穴の中にはコクピット内壁に固定された
発火式信号弾発射筒(Flare gun / Pyrotechnic recognition signal pistol)が埋め込まれてます。
操縦席横の布バックから信号弾を取り出してこれに装填して撃ち出せるのです。
マグネシウムなどで強烈に光る信号弾で、故障等の非常時にこの穴から撃ち出して
周囲の僚機や地上基地に自機の異常を知らせるためのものとなってます。

ただしアメリカ機ですから、当然、無線は普通に使えたので、
これは敵に探知されないように無線封鎖している時、
あるいは無線機が故障してる時、などの場合のみに利用されたと思われます。
ただし私は未だに、これを使った、というパイロットの手記を見たことがないので、
具体的な使い方はやや謎です。
そもそもパイロットマニュアルの非常時の対応、
の項目にもなぜか使い方が出てません(笑)…。

で、生産が始まったP-51Aのうち5機がフロリダのオーランド基地に送り込まれ、
当時の陸軍の主要戦闘機、P-38G、P-39N、P-40M、P-47Cと
合わせて全5機種で模擬空戦を行いました。
時期ははっきりしませんが1943年初夏ごろの事だと思われます。
この模擬空戦と試験飛行の結果、
“高度22000フィート(約6706m)以下の条件では、
現行のあらゆるアメリカ製戦闘機より全ての点で優れている”
と高い評価を受けています。まあ、あくまで6700m以下の中〜低高度で、
アメリカ製の機体を相手にした場合、の話ですが(笑)…。

ちなみにムスタングがヨーロッパや日本の戦闘機に比べるとやや重い、というのは
以前に説明しましたが、この欠点は他もデブばかりの
アメリカ製戦闘機相手では露呈しなかったようです(笑)。
それどころか軽量化が最大のキモとなる上昇力、加速力において、ほぼ同じエンジン積んでる
P-38G、P-39N、P-40Mに対して優位に立つ、とされました。
どんだけデブぞろいなんだ、アメリカ陸軍…。

中でも高速性は高く評され、さらに急降下時に例の層流翼の特性から
高速域でも安定して操縦が可能である点も評価されてます。
ついでに離着陸に必要な距離も5機種の中で最も短かったそうな、

逆に欠点として、例の狭くて枠の多い天蓋、キャノピーによる視界の悪さを上げてます。
さらに他には4門しかない12.7o機関銃は必要最低限でしかない事、
コクピットが狭くて快適ではないこと、などを同じく欠点として指摘してます。
ちなみに何度か書いてるように、アリソンムスタングにはエルロンの効きが悪い、
という欠点があったんですが、この点の指摘は無かったようです。

また先代のA-36アパッチから採用された12.7o×4門という主翼の機関銃は
後にマーリンムスタングのB/C型まで引き続き流用されてますが、
初期のB型では空戦機動をする、すなわち高いGを掛けると装弾が停まってしまって撃てなくなる、
という致命的な欠陥を指摘されるようになります。
が、このP-51Aの試験段階では特に何も指摘がありません。
この辺りの理由は謎ですが、気が付かなかっただけなのか、
あるいはB型以降では何かがさらに変わっていたのか。

ちなみにA-36に関してもこの問題は聞いたことがないのですが、
もともと空戦機動をやるような機体ではないので、気が付かなかっただけ、の可能性あり。
ちなみにムスタング主翼の機銃配置については今回、説明予定でしたが、
すみません、次回に先送りとします。

一方、同時期にイギリスで行われた鹵獲したFW-190Aとの比較では
そう楽観的な評価にはなってませんでした。
デブのムスタングでは加速性、上昇力は劣りますし、20000フィート(6096m)を超えると
同じようにまともな過給機を積んでないエンジンなのに、速度でもFw190Aに劣る、とされてます。
ここら辺りがアリソンエンジンの欠点でもあるんでしょうね。
さらに何度か指摘してるようにこの段階のムスタングはロールレイトも貧弱でしたから、
ロール機動の化け物、というべきFw-190Aとは勝負にならない、という事になります。
(進行方向を軸に機体を傾ける速度の事。旋回などは全てこの運動から始まるのでこれが遅いと話にならぬ)

このためか、イギリスはP-51A、イギリス名ムスタング II には殆ど興味を示さず、
アメリカ陸軍が強奪した無印P-51の代わりとして51機を受け取っただけで終わってます。 

一方でアメリカ陸軍がもっとも注目したのは大きな翼内燃料タンクと空気抵抗の少なさから得られる
比較的長大な航続距離をP-51Aが持っている事でした。
ムスタングは両翼にそれぞれ92ガロンの燃料タンクがあり、最大で180ガロン(681リットル)の燃料が入ります。
…184ガロンのはずじゃん、と思うかもしれませんが、いろんなテストデータを見る限り、
なぜか最大でも180ガロンとされており、何か技術的な理由で完全に満載はできなかったのかもしれません。
ただしムスタングの場合、左右の主翼が結合されてその上にコクピットが乗ってる構造なので、
燃料タンクはコクピット下まで潜り込んでおり、この部分は胴体内燃料タンクみたいなものなんですが。

ちなみに同時期のP-39,P-40などは120ガロンの燃料しか積めなかったので、
この60ガロンの差、約1.5倍の燃料が積めるのは、大きな優位となります。
ただし、通常の搭載量は105ガロン(397.5リットル)までで、長距離移動、あるいは途中で戦闘が無い、
という条件の時のみ、最大の180ガロンまで積んでいます。
翼内タンクでも、満タンにしてしまうと、どうも運動性がかなり落ちたようです。

P-51Aの試験によれば通常の105ガロン状態で高度12000フィート(約3658m)巡行の場合、
片道210マイル(338q)を約45分で飛行、現地で15分の戦闘行動が可能で、
その後、問題なく基地まで帰って来れる、となっていました。
これは450q/h という高速の戦闘巡行を行った場合ですが、それでも増槽なしで
往復650q以上を高速でかっ飛ばして飛べ、現地で戦闘までやっても無事帰って来れる、という事です。

当然、もっと燃費のいい経済速度で飛行できる任務、
すなわち爆撃機の護衛などの場合ならさらに長距離が飛べる事を意味します。
XP-51のデータだと、航続距離優先飛行なら105ガロンでも往復で750マイル(1207q)、
180ガロンの満載だと1250マイル(2011q)とベラボーな数字が叩きだされてます。
この辺りはシュムードによる空気抵抗の少ない設計、が効いてる部分かもしれません。
ただしP-51Aはエンジンが多少とはいえXP-51より馬力アップしてますから、
10%前後、燃費が落ちていた可能性があります。
が、それでも燃料満載ならロンドン〜ベルリン間約900qをギリギリ往復が可能である、という数字になります。
ただし、その場合は行って帰って来るだけで、空戦(めちゃくちゃ燃料を食うのだ)は無理、
という話になり、あくまで行ってこれるだけ、可能なのは偵察任務くらいだけ、となりますが。
ちなみに余談ですが、ロンドン〜ベルリン長距離爆撃、という記述を欧米系の戦記ではよく見ますが、
距離的には900q前後ですから、東京〜福岡、大阪〜函館と大してかわりません。
太平洋戦線とヨーロッパ戦線の空戦では、だいぶ距離感が異なるのです。

ただしアリソンムスタングは最大75ガロン×2で
150ガロン(568リットル)の増加燃料タンク(増槽)を搭載が可能でした。
これを使えば倍近い燃料搭載量になり、ある程度高速で、なおかつ途中で空戦しても
ベルリンまで飛んで行った上で十分帰って来れる、という事になります。

あとは高高度の飛行ができれば戦略爆撃機の護衛にピッタリ、となります。
ちなみに空気が薄くて抵抗が少ない高高度を飛べば、さらに燃費改善が見込まれ、
ベルリンどころかさらに奥のドイツ東部まで出撃が可能になるわけです。

ただし、マーリンムスタングの開発決定の段階では、まだドイツへの本格的な爆撃は始まってません。
そもそも陸軍航空軍の戦略爆撃至上主義者、ボンバーマフィアたちは
戦闘機なんか怖くないぜ、十分な防御火力を持って高速で飛べる戦略爆撃機だけで
ドイツ本土への爆撃は可能だぜ、と考えてました。
すなわち戦闘機不要論です。この点、反対派もいたんですが、航空軍の主導権を握っていた
アーノルド、スパーツ、ヴァンデンバーグらは全員、戦闘機不要論者ですから、
そんな意見は無視される結果となりました。
ただし、この中で一番偉い人、アーノルドが後に用心のため、1943年初夏に
P-51Dの大量発注を決定、これがアメリカの戦略爆撃を救う事になります。
…最初から戦略爆撃の護衛任務に必要だから、という理由で
マーリンムスタングが開発されたわけではないのに、注意してください。
この辺り、多分に偶然の要素が大きく、傑作兵器の主要条件の一つ、
あるべき場所と時期にそこにあった、のはP-51の場合、多分に偶然なのです。

でもって実際に1943年の夏ごろからドイツへの戦略爆撃が始まってみると、
どうも護衛戦闘機無しでは無理があるようだ、という事が判明して来ます。
さらに1943年10月に行われたシュヴァインフルト(Schweinfurt)の
ボールベアリング工場爆撃で損失率26.5%、出撃した内、4機に1機以上が帰って来なかった、
という記録的な大損失を出してしまい、以後、護衛戦闘機を急遽配備する必要に迫られます。
そこで注目されたのが当時量産に入っていたマーリンエンジン搭載のP-51だった、という事になるのです。
この辺りの経緯は次のページで見て行く事にしましょう。


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