■シュムードはがんばった

さて、そんな感じでいよいよ新型戦闘機、社内名称NA-73、
後のP-51ムスタングの設計にノースアメリカン社は突入して行き
公称102日、実質140日前後(笑)で試作機の完成まで持って行ってしまったわけです。

ちなみに試作機の完成まで120日がイギリスの出した条件だった、という話を見かけますが、
シュムードの回想では、P-40用の製造の工場を確保し、治具をそろえて、
量産体制を整えるのとほぼ同じ時間(契約から1年未満)で新型機の製造開始、
という条件だったとされます。

このため、そこから逆算して出て来た数字が試作機飛行まで100日、だったのだとか。
ただし、シュムードはキンデルバーガーやアトウッドの交渉の席には同席してないので、
彼が知らないところで、そういった話が出てた可能性はあります。
が、いずれにせよ、製造現場で目標とされてたのは、あくまで100日で試作機完成、でした。
(ただし実際は量産型1号機(最後の手作りの試験機)までが約1年、量産開始は約1年5か月後となった)

この辺り、以前にも見たように、ノースアメリカン社は
練習機のBT-14も公称90日前後という驚異的な開発期間で
試作機を完成させてしまってますから、
短期開発はお家芸ともいえる部分があるのでしょう。


■Photo US Air force & US Air force museum


その陸軍の初等練習機BT-14。
鋼管羽布張りの単純な構造とは言え、その開発期間の短さはやはり驚嘆に値します。

この辺りの短期開発のカギを握っていたと思われるのが、シュムードが
フォッカー・アメリカ航空機時代から立ち上げていた
設計準備課(Preliminary design departments)の存在でした。
これは本格的な設計にかかる前に、簡易な計算で大まかな性能を出し、
それに基づいて大よその予想性能、基本3面図、
さらに可能ならイラストレーターが完成イメージ画まで描き上げる部門です。


■Photo / NASA

これは1954年にノースアメリカン社が提出したX-15の
設計準備形状図(Preliminary design configuration)です。
こんな感じに基本3面図と大よその重量、寸法、そして構造をまとめたものを
予め用意するのが同社の設計準備課の仕事でした。
ちなみにP-51の設計段階までは、この課の仕事も
シュムードが直接、監督していたようです。

こういった予備設計の図を造る事によって大まかなイメージを
開発者側(メーカー)、そして発注者(軍)が共有し、
目指す形状を関係者全員に予め把握させる事ができました。
これによって言葉だけでは判りにくい部分の、ささいな勘違いや、行き違いを防ぎ、
さらに検討の上、必要な修正を加えてから、本格的な設計に入って行きます。
例えばこのX-15の場合、予備設計段階では4枚のミサイルの羽のような尾翼(しかも可動)という
実機とは異なる設計になってましたが、
後にこれは分厚い垂直尾翼と、普通(?)の水平尾翼に変更されるわけです。

NASAの宇宙開発などでも、よく見られる手法なんですが、シュムードに言わせると、
これを初めてアメリカの航空産業に持ち込んだのは彼だそうで、
逆に初めてフォッカー・アメリカ航空に入った時、そういった組織が無いのに驚いたのだとか。

と言っても、シュムードはドイツで航空機会社に勤務した事は無いので、
実体験では無く、知識としてそういったものがある、と知ってたんでしょうかね。
あるいは航空機に関わらず、ドイツではあらゆる技術開発で、
こういった手段が取られてたのか、その辺りはよく判りませんが。

とりあえず、こういった組織とシステムによって、ノースアメリカン社が
短期決戦型の機体開発を得意としていた事は間違いないようです。

で、いよいよムスタングの設計が始まるのですが、
この機体の開発にはアメリカ航空諮問委員会(National Advisory Committee for Aeronautics)
すなわちNACA(後のNASA)がさまざまな支援を行ってゆく事になります。
ちなみに、アメリカ陸軍に2機納入されたXP-51(ムスタング I )の内、1機はNACAに引き渡され、
各種実験機として終戦まで使われてました。
層流翼の研究などにも、これが利用されてます。
現存してるXP-51の機体は、このNACAで使用していたものです。

とりあえずアメリカの戦闘機開発には常に関わって来るNACAですが、
ムスタングの場合、特に重要な役割を果たしていた印象があります。
層流翼、B型以降の冷却空気取り入れ口、D型途中からの背面安定板など、
この機体の特徴となってる技術面の多くは、NACAの協力によってます。
ただし、これらの技術解説はまた後で、という事にして、
最初は開発の経緯だけを追いかけて行きましょう。


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