■あなたはデブ、さあ減量だ

さて、そんなわけで最強の2段2速過給機付き
パッカード マーリンエンジンを手に入れ、
さらに水滴型風防(厳密には水滴天蓋=水滴キャノピーだが)を採用、
武装も強化したP-51ムスタングのD型とプロペラ違いのK型が完成、配備され、
1944年の夏以降は、世界の空をアメリカが支配して行く事になります。
が、ムスタングにもまだ弱点は残ってました。

重いのです。

その結果、加速性と上昇力が見劣りしました。
とにかく重い戦闘機が好き、というのはこの時代からのアメリカ軍の特徴で、
後にジョン・ボイドがこの伝統に挑み、F-16を生み出すのですが、
結局、F-35でアメリカ空軍はその伝統に復帰してしまうのでした…。
学習しないねえ、あの人たち。

アメリカ軍の戦闘機の中でP-39、P-40、後は海軍のF4Fを別にすれば
最軽量の機体だったP-51ですが、それはあくまでアメリカ国内での話。
ヨーロッパ戦線では通じないのです。
日本でスタイルがいいね、と言われていた女子高生が
いい気になって欧米に行って遺伝子レベルで衝撃を受けたってな感じでしょうか。

この辺りを比較すると、以下の表のようになります。
数字は英米軍による試験飛行時データの離陸重量です。
ちなみにムスタングは日本機と比べてもかなり重いので、
末期の日本戦闘機の代表として雷電を入れて置きます。
日本では重いと言われて機体ですが、それでもこんな感じなんですね。

ついでながら記録を読む限り、シュムードを始めとするノースアメリカンの設計陣は
日本機を仮想敵として機体の設計を考えたことは一度もないようです(笑)。
まあ、イギリスからの発注で生まれた機体、というのもありますが、
その視線は最初から最後まで、ヨーロッパの戦場の向けられていました。

 P-51D   4.39t 
 スピットファイア Mk.IX(9)  3.39t
 Me109 G-1  3.05t
 FW-190G-3  3.87t
 雷電 11型 3.21t

燃料をキチンと積み、機銃の弾薬も積み込んだ試験飛行時の離陸重量ですが、
日本とヨーロッパの主力戦闘機はどれも 4t を切ってるのに対し、
P51のD型では4.39t もあるのです。
これは最軽量のMe109G-1に比べて1.3t以上重い事を意味します。

特に同じエンジンを積んでるスピットファイアのMk.IX(9)に
比べても約1t 重いわけで、どう見ても褒められた数字ではありません。



B型以降のP-51にとって最大のライバルとして見られてたドイツのFW-190。
ほぼムスタングと同じ大きさで、キチンと防弾装甲も搭載しながら500s近く軽くなってます。
この辺りは、ラジエターなどの冷却装置が要らない
空冷ならではの有利さもあるんですけどね。

ただエンジン馬力が最後まで1550hp (英米馬力) 前後と、
ムスタングの約1780hp前後に比べ
10%以上低かったため、その軽量さを利用してP-51を
抑える事が出来なかったのですが…。

とりあえず旧世代で制空戦闘機には使えないP-40、
そして低空専用でこれまた制空戦闘機には使えないP-39の
二つの機体を別にすると、アメリカの戦闘機は基本的に重すぎました。
大戦時に陸軍の主力戦闘機として配備が進んでいたP-47もP-38も、
さらに海軍のF6FもF4Uも全てムスタングより重い機体です。

重いという事は質量が大きい、すなわち動かしにくい、という事ですから、
加速性能が見劣りする事になります。
敵を発見後、あらかじめ最高速に加速してから空戦に入るならともかく、
不意の遭遇で巡航速度から一気に戦闘速度まで加速して勝負、
となるとかなり不利な条件でしょう。
最高速度で優っていても、加速が悪くては
なかなか追いつけないし、逃げ切る事もできなくなります。

そして重いという事は上に引っ張り上げるのも大変で、
上昇力でもやはり見劣りする事になるのです。

ここら辺りはエンジンパワーである程度まで補完できるのですが、
マーリンの1780hp前後は大戦末期では決して高出力エンジンではないので、
これではカバーしきれない部分が出てくるわけです。
ただし、安定して稼働し、さらに高高度でもエンジン性能が落ちない、
という利点を生かしてムスタングはその優位を維持するのですけども。

ちなみに上昇能力について、
同じメンバーの飛行試験データで比べると以下のようになります。
離陸してから高度2万フィート、約6096mまでかかる時間の比較です。

 

 高度20000ft(約6096m)までの所要時間

 P-51 

  6. 4分

 スピットファイアMK.IX(9)

  4. 75分

 Me109 G-1

  5. 23分

 FW-190G-3

  7. 3分

 雷電 11型

  5. 6分

本来はムスタングの記事なんですが、ちょっと脱線。
FW-190が意外に上昇能力が低い、
すなわち加速性もよくない、というのは見て置いてください。
これはあの機体の意外な弱点の一つです。

そして同じマーリン60系のエンジン積みながら
さらに加速性の化け物となってるスピットのMk.IX(9)の
凄まじい上昇性能も注目点の一つでしょう。
ちなみにデータを取った機体のエンジンはマーリンの66を積んでました。

この性能差で、さらに高高度では過給機の問題でドイツ機は不利であり、
(厳密言えばドイツではオクタン価の高いガソリンが手に入らなかったからだが)
FW-190ではもはやスピットのMk.IX(9)の相手は無理だ、というのがよくわかります。
その結果、FW190は地上攻撃任務の戦闘爆撃機として生きてゆくしかなかったわけです。

そのFW-190を別にすると、全ての機体がムスタングより早く規定高度まで到達しており、
すなわち海面高度(地上)からの上昇勝負だと、P-51は完全に負けてるわけです。
ただしこの高度6000mよりさらに上に行く場合の上昇力だと、高高度に強い
2段2速過給機を持つスピットとムスタングの一騎打ち、
という様相になって行き、他の機体は全くついて行けなくなりますから、
必ずしも日独の機体がムスタングに対し有利とも言えないんですけどね。
あくまで高度6000m以下の話、という事です。

が、それでも全く同じと言っていいエンジンを積んでるスピットのMk.IX(9)に対して
35%以上も遅い速度だ、というのは問題で、
ノースアメリカン社にとっては屈辱でもありました。

ちなみにこの辺りがイギリスがムスタングに興味を失った一因で、
航続距離の長さを必要としない、というイギリス空軍における条件でなら、
最高速度以外でスピットファイアはムスタングに対して全く見劣りしないのです。
だったら自国の戦闘機であるスピットでいいや、というのはある意味、当然の判断でした。

逆に言えば、航続距離では完全に負けており、さらに最高速でも若干、
見劣りがしてますから、総合能力、という点でみればやはりP-51Dに軍配が上がります。
(速度(V)=√力(F)×距離(L)÷質量(m) なので質量が軽い方が本来は速度的にも有利。
同じエンジンでより重いP-51の方が高速なのは、プロペラ効率がいい(推力が高い)、
あるいは空気抵抗が少ない(抵抗力が少ない)のいずれかで
機体を前に押す力が、スピットファイアより大きくなってるためだと考えられる。
どちらなのかはデータが無いので断言できないが、後者の可能性が高い)

で、当然、この問題点はノースアメリカン社も気が付いてましたし、
特に全く同じエンジンを積んでるスピットのMK.IX(9)との
性能差には強い懸念を抱いていたようです。

この結果、究極のムスタングは、現状より軽量化されたものでなければならぬ、
という事で、早くも1943年1月2日、すなわちマーリンムスタングの試験機、
XP-51Bが初飛行してから約1か月後にはP-51軽量化計画が始まり、
2月には設計担当であるシュミードが視察のためにイギリスに送り込まれるのです。

ちなみに、この軽量計画は試験機の段階では1トン近く重量を削るのに成功、
極めて上手く行ってたのに、なぜか量産型のP-51Hでは
D型に比べてたった100kg前後だけの軽量化に終わってしまうのですが(笑)…



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