■攻撃の行方

さて、なにせあっさりしてる日本側の記録に対し、
アメリカ側はかなり丁寧なものを残してますので、
この攻撃に関しては、アメリカ側の資料を中心に見てゆく事になります。

ちなみにアメリカ側の記録では対空砲火の射撃が行われたのは
11:12〜11:35ごろの時間帯とされるので、
この辺りが日本側の攻撃時間だと思われます。
約20分前後の戦闘であり、最終的に空母1隻を失った戦闘としては
長いと見るか、短いと見るかは人によるでしょうね。

とりあえず、11:13ごろににアメリカ側の対空砲火が始まると、
低空から侵入しつつあった日本の雷撃隊は
小隊単位(2〜3機)に細かく分かれて接近したようです。
このため、先に見たような瑞鶴雷撃隊の分散が起きます。

対して高高度で接近した艦爆隊の行動は詳細がわからないのですが、
基本的に瑞鶴隊、翔鶴隊に分かれただけのようで、
瑞鶴隊がUSSヨークタウン、翔鶴隊がUSSレキシントンに向かってます。

ちなみに前回書いたように、この間に日本側が受けた被害がはっきりしないのですが、
艦上からの対空砲火に関して、少々、意外な報告がアメリカ側にあったりします。
それによると5インチ対空砲の内、撃ちだされた砲弾の3〜4割が信管の不良で
実際は炸裂してないのではないか、とされるのです。
(USS ハマン(Hammann) の艦長の証言)

対空砲は炸裂して、周囲に破片と衝撃波をまき散らして敵を破損させるので、
これは意外に致命的な話になります。
これだと直撃させない限り効果は無く、そして高速で飛ぶ航空機に直撃させるのは、
決して簡単な話では無いのです。
本当だとすると、この時期のアメリカ海軍は、魚雷だけでなく
あらゆる兵器でトラブルを抱えてた事になりますが、詳細は不明です。

では、念のため、再度この図を。


 ■引用元:
JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C08030742800、
昭和17年5月4日〜昭和17年5月10日 軍艦瑞鶴戦闘詳報 
(珊瑚海海戦に於ける作戦) (防衛省防衛研究所)

*上記の資料から汚れを除き、情報を追記。







アメリカ側の記録によると、まず雷撃隊から攻撃が開始され、
これを受けてUSSヨークタウンは右に、USSレキシントンは左に回頭、
両艦は分離して行動に入る事になります。

ただし日本側の記録だとUSSレキシントンに対しては
既に11:15から、すなわちUSSヨークタウンに比べ5分早くに雷撃を始めたとされるので、
実際には先にUSSレキシントンが回頭を始めていたと思われます。
USSレキシントンはUSSヨークタウンに比べ、舵が重く、
回頭後の半径も大きかった、とされるのでUSSヨークタウンから見て、
回頭開始からしばらくしないと、舵を切ったと判断できなかったのかもしれません。

実際の攻撃内容については、USSヨークタウン側から先に見て行きましょう。

USSヨークタウンに対しては、最初に4機の雷撃機が左舷から接近したとされてますが、
実際に雷撃したのはこの内3機だけだった、としてます。

その後、反対側の右舷後方からさらに2機の雷撃を受けるのですが、
両者には十分な時間差があったため、先の魚雷は既に走り去った後で、
よって何ら行動に規制を受けずに、どちらも回避できました。

この辺り、USSヨークタウンに西側から接近した瑞鶴隊の6機(推定)が
途中からキチンと二隊に分離して左右から挟み撃ちしたのは見事と言うべきでしょう。
ただし、そもそも同方向から接近してたので、
分離後、大きく迂回する事になった右舷側が攻撃位置につくのに時間差が掛かり、
その結果、同時雷撃に失敗したのだと思われます。
この点は後で見るように、本来は最初から反対側に居た
翔鶴の雷撃隊が援護するべきはずなんですが…。

ちなみに、USSヨークタウン側の記録によると右舷の第二波の雷撃隊は
8000ヤード(約7300m)以上の遠距離から雷撃して来た、
としてますが、いくらなんでも遠すぎるような気がします。
(日本側の雷撃距離は800〜1000mで設定されていた)

とはいえ、わざわざ記録に残してある、ということはそれなりの遠距離で
魚雷投下、というのは事実なのでしょうけども…。
分離して回り込んだ結果、狙ったような位置に付けず、
遠距離からの雷撃を強いられることになったんでしょうか。

ちなみに護衛巡洋艦の一つ、USSポートランド(USS Portland)艦長によると
USSヨークタウンを攻撃した雷撃隊は、USSレキシントンに対する攻撃より、
総じて距離が遠い位置で投下されてる、としてます。

その後、さらに1機、右舷から単機で接近してくる雷撃機を発見、
この魚雷も、やはりあっさり回避に成功してます。
ただし通常、単機で雷撃機が突っ込むことはありえず、
おそらく最初の4機の内、投下に失敗したらしい1機が再度、
単独で雷撃を試みたのかもしれません。

とりあえず、連携が取れてないバラバラな雷撃では、
やはりその回避は容易であり、この結果、瑞鶴隊による
USSヨークタウンに対する雷撃は命中ゼロで終わる事になります。

この雷撃後、USSヨークタウンに対する急降下爆撃開始まで、
数分間の空白が生じたと思われますが、
正確にどの程度の時間があったのかはわかりません。

ただ急降下爆撃が始まった段階で、USSヨークタウン周囲にすでに魚雷は無く、
その航行はなんら制限を受けてなかったのは間違いありません。
つまり、回避行動は思う存分、可能でした。

アメリカ側の記録によると、日本の急降下爆撃機は太陽を背にして、
USSヨークタウンの左舷から右舷に抜けるように爆撃して来た、とされます。
艦橋を目標としていたらしい、という報告の通り、
その着弾は艦橋周辺に集中し、6発の至近弾がありました。
うち数発の水中爆発によって船体が持ち上げられ、水上にスクリューが出てしまった、
という事なので、やはり水中の衝撃波はすさまじい力を持つようです。

ちなみにこの至近弾の内、艦体に損傷を与えたのは2発だけでした。
どちらも船体の外板に凹みを造って、一部の構造を歪ませたものの、
浸水を起こすまでの損傷にはなってません。
(内1発はキャットウォーク、船体周辺の細い通路に引っかかり、これをを破損してる。
すなわち、あと数十cmずれてれば命中だった)

結局、命中したのは1発のみで、これは艦橋の斜め後ろの飛行甲板上に命中しました。
飛行甲板の中心線よりやや艦橋よりの位置で、
普通に考えると、これによって離着艦不能になりそうですが、
以後もUSSヨークタウンはそれが可能でした。

どうも爆弾についてたのが艦船攻撃用の遅延信管だったため
飛行甲板には14インチ(約35.6p)の穴を開けただけで爆弾は艦内に入ってしまい、
この穴は応急処置で埋められたしまったようです。

さらに日本海軍の場合、小型の250s爆弾ですから、
艦内で爆発して37人の死者を出したものの(最終的には40人になったらしい)、
飛行甲板にとっては致命傷にならず、さらに火災も起きませんでした。
位置的には機関室に近かったはずですが、こちらにも目立った損傷はなかったようです。
それでも船体内の構造に歪みを与えてるので、中破、といったところでしょうか。

結局、この一発の爆弾だけが、日本側がUSSヨークタウン与えた損傷でした。
これによって船体に歪みが出たものの、戦闘を継続するだけだったら、応急措置で対応できたようです。
これが後に奇跡と呼ばれる短期工事で修復を済ませて、
USSヨークタウンがミッドウェイに参戦できた理由でもあります。

ただし、日本側の爆撃精度は十分、見事なもので、
雷撃機との連携が取れていて、USSヨークタウンの針路が限られていたら、
最低でも3発前後は命中していたと思われます。
わずか数分のズレですが、それが大きな意味を持つ、
というのも航空攻撃の特徴の一つなのです。


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