■天気まかせの戦争

さて、ようやく珊瑚海海戦のメインイベント、
人類初の正規空母同士の艦隊決戦となった5月8日の戦いを、
少し詳しく追いかけてゆく事になります。

朝6:10前後の夜明け直後から両軍の作戦行動は始まり、
(経度で2度近く離れてるので日の出時刻は異なる。アメリカ側の方が5分程度遅い)
昼の12時ごろには戦闘は終了、その後、攻撃隊を収容し
両軍は戦闘海域から離脱してしまいます。
(後ほど上司に怒られてシブシブ日本側だけ戻って来るのだが…)

8日の戦闘は、おおよそ南北430q、東西200qという距離をもって
主力艦隊同士が相互に攻撃を加え合った、当時、人類新記録の長距離海戦でした。
(片側通行の戦闘なら前日の祥鳳戦などがあるが両者がやりあったのはこれが初めて)
これは全く新しい戦争の形態であり、人類60万年の歴史で1942年という年の、
わずか半年間の間に4度だけ発生した、不思議な様式の戦闘でもあります。

ちなみにこの年の一連の空母艦隊決戦のおかげで、
1942年の秋にはアメリカの空母機動部隊はほぼ壊滅してます。
アメリカ空母機動部隊を撃つ、という日本側の狙いは
必要以上に時間がかかったものの(やる気なら珊瑚海海戦でおわってた)、
ほぼ達成された、と言っていいでしょう。

その後、ようやくUSSサラトガが長期修復から復帰したものの、
もう一隻だけ生き残ったUSSエンタープライズは満身創痍で、
とても空母艦隊決戦に耐える戦力ではありません。
大西洋に居た中型空母、USSレンジャーは
太平洋戦線の戦闘に耐えられるような空母ではなく、
この時のアメリカはミッドウェイ後の日本より、さらにヒドイ状態だったのです。
この状態が半年近く続くことになります。

このため最強の17人姉妹(大戦中の分のみ)、エセックス級空母の数が揃い始める
1944年(昭和19年)まで2年近く、アメリカ側は
空母艦隊決戦を仕掛ける事ができませんでした。

さらに敵と地球環境にやさしい斬新な軍隊である日本海軍も、
なぜかこのチャンスを全く生かす気が無く、
ガダルカナルを中心とした敵の基地航空戦に付き合ってしまいます。
なぜなのか、私には全く理解できませんが…。
この結果、1943年(昭和18年)の間は一度も空母艦隊決戦は起きていません。

そして数が揃ったエセックス シスターズを擁したアメリカ海軍が、
1944年に再び、空母機動部隊による攻勢を開始します。
その結果、ついに空母艦隊決戦の戦術を完成させるのですが、
この段階では既に日本側の戦術も戦力も、全くアメリカ側に付いて行けませんでした。
よって1944年中に発生した2度の空母決戦は、戦闘というよりもアメリカ側による
一方的な殲滅作戦に等しく、日本人としては調べてるだけで気が滅入るものになってます。

なので、どちらにも勝つチャンスがあった、まともな空母艦隊決戦といえるのは
人類60万3536年の歴史の中で、1942年に起こった4つの戦い、
珊瑚海海戦、ミッドウェイ海戦、第二次ソロモン海戦、そして南太平洋海戦だけなのです。
(もっとも戦艦同士の艦隊決戦も少なく、日本海海戦、ジェットランド沖海戦など、
人類誕生以来、数えるほどしか発生してない。
第二次大戦時に至っては決戦レベルの戦艦同士の海戦は無い)

そんな空母艦隊決戦という戦闘の最初の例となったのが、
この5月8日の戦いだ、という事になります。

とりあえず最初は、海戦全体を説明した地図を再度掲載。



両軍ともに朝の8:30頃、敵を発見、その報告を元に攻撃隊を発艦させます。

ここで、両軍の戦果を大きく左右した要素が二つありました。
既に説明したように、天候と、両攻撃部隊のパイロットの経験値の差です。
この日の海戦では、二つとも日本側が圧倒的に優位でした。

まず天候に関しては日本側が東に進みつつあったスコールを伴う
低気圧の前線に包まれたのに対し、
アメリカ側はその南方の快晴の海域に出てしまっていたのです。

これはアメリカ側の艦隊が一方的に発見されやすい、という事を意味しました。
さらにアメリカ側の攻撃隊はまだ練度が低く、そんな彼らにとって、
この気象条件は予想以上に困難なものとなり、
その一部は日本側の艦隊を発見する事ができず、攻撃を行わずに引き上げてます。

もっとも、アメリカの場合、次のミッドウェイでも同じような事やってますから
(逆に言えば、そんな全力以下の戦力で圧勝してしまったのだが)
どうも1942年前半のアメリカ空母機動部隊における
パイロットの錬度は思っていた以上に低いのかもしれません。



天候さえ良ければ、上空からの視界はかなりの広範囲に及びます。
写真は高度2500m前後から見た
横須賀の米海軍基地(中央手前)と海上自衛隊基地(左奥)。
手前に見えてるのは猿島です。

写真の一番上、中央部見えてる緑地が池子弾薬庫ですが、
この位置からだと、ざっと10qの距離がありながら、はっきり見てます。
こんな感じで上空からの目標発見は極めて容易であり、
よって航法に多少の誤差があっても10〜15q前後の違いなら、
問題なく、目標を発見することができます。



少しアップで。港内に停泊中の各種艦艇も、よく見て取れます。
画面ほぼ中央、矢印の下に居るのが第七艦隊の主力、空母ジョージ・ワシントンで、
あの位置まで、撮影地点から地上距離で約4qほど離れているのに、
これだけはっきり見えてるわけです。

さらに画面一番奥の自衛隊の港まで約6q前後の距離があるはずですが、
その右手、画面右上にははっきりと移動中の船舶の航跡が見てとれ、
空からなら、いとも簡単に移動中の艦艇を発見できてしまうのがわかるかと。



ただし、それは雲が無い好天の時の話で、
実際の海上はそうそう快晴には恵まれません。
で、こんな感じで低空にポツリポツリと雲が出て来ると、
海上から得られる情報は激減してしまいます。

写真のように雲にさえぎられてしまうと、
画面奥の海上には何があるのか全く判らないのです。
相手が高速で動いてる軍艦なら、しばらくすると雲の間にチラチラと見える可能性もありますが、
見えるか見えないかは、ほぼ運でしょう。



さらにこんな天候になってしまうと、もはや索敵偵察の意味がない、という事になります。
後は雲の下に出て索敵をするしかないのですが、高度の低下は
視界の範囲の縮小に直結しますからその状態で索敵範囲をキチンと確認するとなると、
予定を超えた長時間飛行が避けれません。

さらに索敵機が発見に成功したところで、後続の攻撃部隊が、
この雲の下の敵艦隊をキチンと再発見できるという保証はありませぬ。
実際、珊瑚海、ミッドウェイと二連続でアメリカ海軍の航空部隊は
敵との接触に失敗する攻撃部隊を出してます。

なので、後に連合国側が機上搭載型の対艦レーダーを搭載するまで、
空母艦隊決戦にはお天気任せ、運任せ、という面が少なからずあったわけです。


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