■USSレキシントンの不運

さて、今回は日本側の攻撃における対艦船の戦果の確認をやって行きます。

8日の日本側の攻撃隊によるアメリカ側艦船の損傷は、空母に集中しており、
前回見たようにUSSヨークタウンが小〜中破、レキシントンも中破、といった所でした。
それ以外の艦船は機銃掃射によって負傷者が出たくらいとなってます。

ただし、この“日本の攻撃隊による”機銃掃射も怪しい部分があります(笑)。
アメリカ側は日本の雷撃機による攻撃、とする報告が多いのですが、
そもそも97艦攻の機銃は後部座席の7.7oだけです。
この後部銃座は下方向に撃てませんから、
せいぜい敵艦の上を通過する瞬間に横方向に撃つだけ。

それがどれだけの効果があったのか、というと、かなり疑問でしょう。
99式艦爆なら、機首に7.7o×2門の豆鉄砲積んでますが、
敵艦に向かって飛ばない限りは射撃は不可能で、
逃げるだけで精いっぱいだった艦爆隊にそんな余裕があったかどうか。

この辺りについては、実は遼艦、つまり円陣を組んでいた友軍艦の機銃掃射が
隣の艦に届いてしまって損害をだした、というのが真相じゃないか、個人的には思ってます。
(28o機関砲弾は5インチ砲弾と違って信管が切れないので
やや山なりの弾道で水平方向に打てば4000m位先まで余裕で飛んで行ってしまう。
これは密集隊形を取る艦隊では脅威であり、アメリカ海軍でも何度か正直に損害が報告されてる)
そんなのは弾痕を見れば一発で本当のところは判別できますが、それを知っていながら
面倒な問題を避けるため、あえてこれは日本側の攻撃だ、と報告したんじゃないかと。
まあ、推測ですけどね。

さて、日本側の攻撃隊は、空母2隻撃沈、軽巡1隻を大破と帰還後に報告してます。
その後、MO機動部隊司令部が搭乗員への
聞き取りから最終的にまとめた戦果は以下の通りとなりました。
これまた攻撃した側の報告は当てにならぬ、の典型例ですが、
今回の場合、MO部隊司令部がさらに輪をかけて報告を誇大にしてます。
ホントにタチ悪いな、この連中。

■撃沈 
サラトガ型空母(USSレキシントンの事)  撃沈を確認
USSヨークタウン型空母  撃沈確実と思われる

■損傷
戦艦 1隻  雷撃命中により重油流失、大火災
巡洋艦 1隻  雷撃機が魚雷を抱えたまま突入、大火災


撃沈を確認済みとされたUSSレキシントンは火災を起こしていたものの、
沈むような様子は全く見せておらず、なぜ撃沈確認と言い切ってるのかは謎です。
最終的には確かに沈んだのですが、それは日本の攻撃隊が去った後、
8時間以上も後の話であり、この段階では中破しただけで完全に健在でした。
USSヨークタウンに至っては、火災もほとんど発生しておらず、
なぜこれを撃沈確実としてしまったのか、全くわかりません。

前日のUSSネオショーにあれだけ攻撃を加えてながら、
撃沈できなかった、と冷静に判断した人たちの報告なのに、
なんでこんな事になったんでしょうね。
(ただしMO機動部隊司令部は、この時もまた撃沈確実にしてしまったが)
対空砲火が激しすぎて、戦果を確認するだけの
十分な滞空時間が持てなかった、という事でしょうか。

それ以外の巡洋艦一隻損傷は、瑞鶴側の雷撃機が一機、
魚雷を抱えたまま突入、自爆した戦果とされますが、
アメリカ側にそんな記録はなく、当然、実際に損傷を受けた艦もありません。
前回見たように、重巡USSアストリア(Astoria)が雷撃を受けたが
あっさり回避した、という報告があるのみです。

そもそも大火災なんて起こした船はUSSレキシントンを含めても皆無ですから、
どうもこれ、高速運航時の煙突からの大量の黒煙を見間違える、という
極めて初歩的なチョンボやってませんかね…。

で、ここまでは、攻撃隊の誤認なんですが、
さらによく判らないのが戦艦大火災の報告です。
そもそも戦艦なんて居なかった、という問題を別にしても、
(例の攻撃の図でUSSヨークタウンの護衛に付いていた巡洋艦を
戦艦と誤認してたので、これの事だとは思うが)
瑞鶴、翔鶴、両雷撃機部隊の記録を見る限り、
そんな攻撃の記述は全くありません。
攻撃してない艦がどうして大火災まで起こしてるんでしょう(笑)。

…となると、またMO機動部隊司令部の皆さんにおける
ウンザリするような理由しか思いつかないので、
ここで深くは追及しないで置きます。

さて、日本側の空襲が終わった段階では
まだ火災が続いていたUSSレキシントンですが、
すでに12時30分ごろまでには消火が終わってました。
とりあえず魚雷2発、爆弾2発を食らいながらも、致命傷にはなっておらず、
このままハワイのパールハーバーに帰還して、ドックで修理を受ければ
今後の作戦活動も可能、と思われていたのです。

ところが、空襲終了から1時間以上たった12時47分ごろ、
突如として艦内に大爆発が発生します。
当初は日本の爆弾が艦内に侵入していて、
時間差信管によって起爆したのか?と考えられたようです。

が、調査してみると魚雷と爆弾の命中によって船体が歪んだことで
艦内の艦載機用ガソリンタンクが破損、
ガソリンが漏れ出して気化し艦内に充満 (なにせ30度を軽く超える5月の赤道付近の艦内なのだ)、
何らかの原因でこれに引火、爆発的燃焼を起こした、と判断されました。
(気化状態にある(酸素と混ざり合ってる)ガソリンは爆発物に近い危険なものとなる)
これがUSSレキシントンに深刻な損傷を与え、さらに火災の被害を広げます。

ちなみに、雷撃の衝撃で航空機用ガソリンが漏れ、
艦内で気化して充満、そこに引火して大爆発、というのは
1944年の6月にデビューから3カ月で沈んだ、日本の新型空母、
大鳳(たいほう)の沈没原因と全く同じですから、意外に怖いのです、これ。
普通の軍艦は自分の燃料の重油しか積んでないので、
気化、爆発なんてありえないので、航空機用燃料を積む
空母ならではの弱点とも言えます。

報告によると爆発の被害は格納庫より下の第二甲板以下に集中、
さらに爆発は水平装甲板より下の階層で起きた、と見られており、
かなり艦内の深い位置で爆発が起きた、と見ていいようです。
後の戦争損害報告書16号(WAR DAMAGE REPORT No. 16)によると、
艦内の発電室の機械のスパークによって爆発が起きたと推定されてます。

この結果、艦内の電気設備がまともに働かなくなってしまい、
USSレキシントンはレーダーや無線といった設備が
一時的に使用不能に陥りました。
さらには攻撃隊を母艦に誘導する電波誘導装置も動かなくなり、
USSレキシントン攻撃隊の一部がその影響を受けた可能性があるのですが、
この点は、また後でアメリカ側の攻撃の記事で見ます。

ちなみに日本空母の誘導装置は翔鶴が損傷を受けたものの
最後までキチンと働いていてました。
ただし、あくまでおおよその方向がわかるだけなので、
前日の薄暮攻撃のような状態だと、近くまで来ても
母艦が見えなくて帰還できない、という事態が発生します。

さて、この14:47の大爆発で、密閉された艦内を
高温の爆風が一気に吹き抜けた結果、
艦内に多数の火災を引き起こします。
ただし、当初はまだなんとかなる、と考えられており、
ここから夕方にかけて必死の消火作業が続きました。
この結果、一度は下火にできたようです。
このため、12:40ごろから14:10ごろまでかけて、
帰ってきた攻撃隊の着艦収容を普通に行ってます。

ちなみに、この攻撃隊の収容作業中に、
空母の護衛艦が友軍機を対空砲火で撃ちまくる、
というミスをアメリカもやってしまいます。

どうも戦闘で興奮した銃手は、敵だろうが味方だろうが
とにかく空を飛んでるものは全部撃つ、という傾向が日米ともにあるようです…
ちなみにこの間も、TF17では周辺警戒用の機体を飛ばしてましたが、
こちらは艦隊から一定距離を飛んでいたからか、特に砲撃されてないようです。

とりあえずこの段階までUSSレキシントンは帰還の希望を捨ててませんでした。
ところが最初の爆発による艦内の火災は完全には鎮火できておらず、
14:45ごろ、次の大爆発が起きてしまいます。
これでUSSレキシントンの命運は尽きるのです。
(実際は、その後さらに数時間浮いていたが)

なのでUSSレキシントンが日本側の攻撃で沈んだのは事実ですが
それは撃沈というより、中破程度の戦果だったのに、
その被害の修理、回復の管理失敗によって沈んだ、というのが実態に近いです。

■Image credits:
Courtesy of the Naval Historical Foundation, Washington, D.C., 1972.
Collection of Captain Benjamin Perlman. U.S. Naval History and Heritage Command Photograph.
Catalog #: NH 76560


空襲終了後、攻撃隊を収容した直後のUSSレキシントン。
護衛に付いていたUSS ポートランド(Portland)からの撮影とされます。

甲板後部にズラリと機体が並ぶので、おそらく艦載機収容終了後の撮影だと思います。
船体前部に集中して魚雷を食らってるからか、少し艦首部が沈んでる気もしますが、
魚雷も爆撃も左舷側に集中したため、この右舷から見ると、
ほとんど損傷は無いようにすら見えますね。

これが最後のTBDの編隊を収容した後、午後2時過ぎだとすると、
すでに艦内では12:47に最初の爆発が起きた後で、
なんとかその消火の成果が出ていた時期でしょうか。
とりあえず、黒煙などは見えてませんが、
この後間もなく2度目の大爆発が起きる事になるわけです。

ちなみに、よく見ると艦首部に人が集まっており、何か作業してるようにも見えます。
荷物運び込み用のデリック(クレーン)も起動してるのが見えてますから、
何かやってるのは間違い無いのですが…。
爆撃の損傷を修理してるのか、あるいはガソリンの漏洩で艦内が危険となり、
甲板上に避難してるのか?




そんなUSSレキシントンの危機が深刻になりつつあった14:00ごろ、
攻撃隊の収容が終了した段階でフレッチャーがTF17の指揮権をフィッチから取り戻してます。
(ただし正確な復帰時間は不明)

この段階で彼は、第二波攻撃の可否を検討しています。
とりあえず航空隊の損害が大きかった上、日本の空母一隻を大破させたものの、
残り一隻は戦闘可能な状態で健在してると考えられてました。
さらに新たな空母1隻が日本側の空母機動部隊に加わったという情報から
彼はこの攻撃を断念、艦隊の戦域からの離脱を決定するのです。
この判断に基づき、TF17は14:18頃、針路200度(南南西)に針路を変更します。

この段階でUSSレキシントンの攻撃隊は空母1隻(翔鶴)の撃沈を主張してる上、
日本の無線傍受によってそれが確認された、とまで報告してます(笑)。
USSヨークタウンの攻撃隊も空母1隻を恐らく沈没、と報告してるんですが、
なぜかフレッチャーと彼の司令部は翔鶴を撃沈したとは見ておらず、
彼の戦果報告でも翔鶴は損傷だけと正確に判断し、これを撃沈した艦に含めてません。
その代わり、実際は無傷である瑞鶴も小破させたとしてますが(笑)。

ちなみにTF17では日本側の無線傍受から、
翔鶴の攻撃隊が帰還後に瑞鶴に着艦したことまで知っていました。
これをUSSレキシントンの攻撃隊は翔鶴撃沈の証拠、と考えたわけですが、
フレッチャーとその司令部は翔鶴が大破しただけだろう、と正しく判断したのです。

この朝、大幅にずれていた索敵機からのMO機動部隊の位置報告を、
なぜかほぼ正確な位置に修正してしまうなど、どうもこの海戦の
フレッチャー率いるTF17司令部は、神がかった部分がありますね…。

ただし日本側の新たな空母の出現は、当然ながら完全な誤報で、
こんな話がどこから出て来た話なのか、全くわかりません。
航空作戦の責任者フィッチからの報告なので攻撃隊からの情報のはずですが、
アメリカ側の攻撃隊はバラバラに日本のMO機動部隊に到達したので、
火災が鎮火された後の翔鶴を新手の空母と勘違いしたんでしょうか。
(ただしアメリカ側の記録だと、USSレキシントン隊攻撃時にも
翔鶴はまだ燃えていたらしいが)

このフレッチャーが撤退の決定を下した時、USSレキシントンでは
すでに艦内で最初の大爆発が起こってから1時間半近く経っていました。
ところが、電気系の故障などによって通信が一時的に断たれたためか、
USSヨークタウンに居たフレッチャーはその深刻な状況をまだ知りませんでした。

よって、彼の戦域離脱の判断に、USSレキシントンの喪失は考慮されてません。
ある意味、この段階での撤退の判断はラッキーだった、という部分もあります。

結局、200度に変針してからしばらく後、14:45になってから
二度目の大爆発が艦内で起こり
ここでようやくUSSレキシントンが、重度の爆発発生せり(There has been a serious explosion.)
の信号旗を揚げた事により、フレッチャーは始めてUSSレキシントンの
事態の深刻さを知ることになります。


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