■知らぬ名の潜水艦



さて、ではいよいよ展示艦の見学に入りますぜ。



とりあえず最初はこの潜水艦SS-319 USSベキューナ(Becuna)から。
SSというのは潜水艦を意味する分類表記ですが、
一文字目がSubmarineの頭文字で、例によって二文字目は意味がありません(笑)。

第二次大戦途中から投入され始めた新型潜水艦、バラオ級の一隻で、
1944年5月に就役、5回の戦時巡回(war patrols)を行い、
公式記録上では2隻のタンカーの撃沈があるようです。

ついでに現在のUSSベキューナは戦後改修されたタイプ、
いわゆるGuppy 改修潜水艦でして、この点はまた後で説明します。

ちなみに記録を見る限り、1976年にはフィラデルフィア市に寄贈されてるのですが、
博物館側の資料では1996年から展示開始になっており詳細は不明。
ちなみに例の(笑)ロッキーのトレーニングシーンを見る限り
この映画が撮影されたはずの1976年前半の段階では
この場所には工作用の作業船などが停まっており、潜水艦は見当たりませぬ。
展示されていたのだとすると、別の場所なのかもしれません。

ついでにこの船も例のNHL、歴史的構造物に指定されてます。
ボストンの最古の現役艦、USSコンスティチューションならともかく、
私が知ってるだけでもアメリカ中に8隻も残ってる
バラオ級潜水艦がNHLってのはどうも微妙な感じもしますが…

ついでにバラオ級もまたすごい数が造られており、その数128隻が配備され、
最終的に終戦に伴って63隻がキャンセルされた、という大量生産潜水艦です。
潜水艦に関しては日本も結構造ってるんですが、
大戦中に日本が就航させた潜水艦は全部で125隻前後のはずなので、
バラオ級だけでこれに匹敵してしまっております…。

このため潜水艦には海魚の名前を付ける、というルールに対し、
あまりに数が多くなり過ぎました(笑)。
魚市場のプロでもそんな種類の魚の名前は知るまい、
という状況になってしまい、その結果、マニアックなネーミングの嵐となります。

このベキューナ(Becuna)はスペイン語のバラクーダ(日本のカマスに近い魚)の事だ、
と説明されていましたが、スペイン語辞書を引く限り、そんな単語、ありません(笑)。
ついでに言うなら、私が調べられたあらゆるヨーロッパ言語で、
そんな魚は存在しないのです(涙)。

で、ここからは推測です。
こういったルールで名前を付ける場合、魚市場のアンチャンを頼ったりせず、
図鑑を一冊買ってきて、片っ端からつけて行くのが普通でしょう。
実際、19世紀にロンドンで出版された動物図鑑の中に
(General Zoology or Systematic Natural History 1826)
バラクーダがBecunaと表記されてるものがありますから、
どうも担当者が家にあった古い図鑑とかを引っ張り出してきて、
そこから片っ端に艦名をつけていったんじゃないか、という気が…。

ちなみにバラオ級潜水艦、実はまだ一隻だけ現役艦があります(笑)。
1946年の就役なので、一応、戦後の船ですが、
台湾海軍が運用してるSS792海豹(ハイ・パオ Hai-pao)号で、
2014年5月現在、未だ現役です…。
すごいな、台湾海軍…

さて、お次は2枚の写真を見比べてもらいましょう。
同じ写真をもう一度と、その下は2007年にサンフランシスコで見学した
同じバラオ級の潜水艦、USSパンパニト(USS Pampanito)です。

繰り返しておきますが、両者とも同じバラオ級の潜水艦です。





はい、皆さんご一緒に。
全然ちゃうやんけ(笑)。
艦首の形、司令塔の形、先端の錨、
船首の折りたたみ翼、船体横の穴、さらに船首の上の二羽のカモメなど、
あらゆる点が異なっているのがわかるかと。

これは下のUSSパンパニトが終戦と同時に保存艦とされてしまったため、
ほぼ第二次大戦の時の姿をとどめてるのに対し、
戦後も現役艦だった上のUSSベキューナは朝鮮戦争直前の1951年に
グッピー(GUPPY)計画の改修を受けているためです。

大戦期に大量生産された空母エセックス級が戦後、大改修を受け
斜め飛行甲板が追加されてほとんど別物になってしまったのは有名ですが、
実はアメリカの潜水艦も大幅改修の対象となり、
1950年以降現役だったバラオ級の潜水艦は
GUPPYと呼ばれる大幅な大改造を受けているのです。

これは鹵獲したドイツのUボートや、終戦後に手に入ったドイツの研究データなどから、
より水の抵抗を減らす形状に改造し、高速化と運動性の向上を狙ったもので、
この結果、上のUSSベキューナのように滑らかな形状に改修されたのでした。

さらにドイツの秘密兵器、シュノーケルが導入されたのが大きな特徴です。
単純に言ってしまえばシュノーケルは延長式の煙突と空気取り入れパイプで、
潜水中、これを水面まで上げて、艦内のディーゼルエンジンを動かすものです。

ただし実際の潜水艦の動力は電気モーターで、
ディーゼルエンジンはそれを回すための発電機でした。
浮上中は発電によって航行、潜水中は充電した電池で航行となります。
が、電池が切れちゃうと全く動きが取れなくなってしまいます。

かといって潜水中、密閉された海中で
発電用ディーゼルエンジンを動かしたら
乗組員はみんな酸欠で死んでしまいます。

このため大戦末期にドイツがシュノーケルを開発するまで、
潜水艦といっても普通は浮上して航行しており、
むしろ戦闘時以外は浮上して航行する、というのが普通でした。

その間にディーゼルエンジンを回し発電、
電池を充電して作戦行動のときのみ、潜水するのです。
となると当然、潜水艦なのに、海上でレーダーに見つかってしまう、
という危険性が常にある事になり、
いつでも沈んでられるシュノーケルは夢の装備だったわけです。

ついでに、燃焼を伴わない熱機関を積んだ原子力潜水艦も、
同じく浮上の必要が全くありません。
さらに燃料は地球を1周なんざ余裕です、という世界ですから、
まさに恐るべき潜水艦となるわけです。

ちなみにGUPPYはGreater Underwater Propulsion Power Program、
大水面下推進力計画という変な名称の略ですが、
ちょっと待て、Yはどこに行った(笑)、という事からわかるように、
例のアメリカ軍のダジャレ計画名ですね。
頭文字を拾うと、魚のグッピーに合うような名称が強引につけられたものです。
個人的にキライじゃないですよ、こういうアメリカのセンス(笑)。
オネスト ジョンよりはよっぽどマシだし…。

ついでに、下の写真で、USSパンパニトの奥に見えてるのが、
例の戦時中に2700隻以上造られた14000t級輸送船、リバティーシップの
貴重な生き残り、エレミア・オブライエンです。
手前のバラオ級が128隻、奥のリバティーシップが約2750隻造られたわけで、
誰だ、こんな国と戦争はじめたヤツ…。

ちなみにそれだけ造られながら、リバティーシップは6隻しか現存艦がなく、
逆になぜか潜水艦は人気で少なくともバラオ級だけで8隻、
ほかもあわせると20隻以上が保存されてます。

さらについでに意外なまでに現存艦に恵まれないのが第二次大戦期の巡洋艦で、
私の知る限り、アメリカでも2隻のみしか残ってないはずです。
うち一隻のUSSセーラム(Salem)はボストンから南に10km ほどの場所にあり、
どうもあの一帯は艦船天国だなあ、という印象がありますね。



で、これがその改造前、改造後の図解。
上が原型、下が改造後。
艦首の形状、司令塔がほとんど別ものになり、
各種火砲も全て取り除かれてるのがわかります。

ちなみに司令塔が大きくなったのはアンテナ、潜望鏡、そしてシュノーケルに
カバーをつけて、さらに整流板の働きを持たせるために後部に拡張した結果で、
すなわち水中での抵抗を低下させたための整形です。
司令塔の機能や空間が拡張されたわけではありません。
逆に艦体後部はあまり変更がなく、ほとんどそのまんまなのがわかりますね。

ほかにも外部からでは判りにくい、ソナーやレーダーなどが
改修されており、下の改修後に艦首部下に追加されてるのはソナーです。

ついでながらGUPPY計画は何種類かに分かれていて、
それぞれ改造箇所が異なるため、同じバラオ級なのにどう見ても別物、
という潜水艦がいくつも存在する結果になっています。
USSベキューナが受けた改造は比較的初期のGUPPY I A計画だけで、
以後、追加の改造はされていません。

そもそもアメリカの大戦期の主力潜水艦は
第一次大戦の後、ドイツから賠償金代わりに引っ張ってきた
Uボートを参考に設計された、という面が大きいので、
徹頭徹尾、アメリカの潜水艦はドイツの影響下で作られた、とも言えます。

ちなみにこの改造で水中速度は9ノット(16.7q/h)から
15ノット(27.8q/h)に大幅に向上したのですが
逆に水上速度は20ノット(37q/h)から15ノット(27.8q/h)に低下しています(笑)。
あくまで水中での運動性と速度の向上が目的だったのでしょう。

とりあえず改造の結果、浮上時の装排水量が1525トンから
1830トンに増えており、この辺りがその原因でしょうか。
動力のモータは同じもののようですし。
ちなみに潜水時は2415トンから2440トンとわずかに増えただけになってます。

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