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![]() 艦首をぐるりと回り込んで、左舷側から右舷側に回り込みます。 よく見るとこちらの外側レールは残っており、その上に見学用の板を敷いただけです。素敵、最高、これだ、と思う。そしてここから艦尾まで100m近い長さの巨大格納空間が続くのです。いや空母じゃんこれ、と思う。まあ正規空母だと全長で200m近い格納甲板を持っているのでさらに広いんですが、ソ連のなんちゃって空母、ミンスク級なんかよりは広いでしょう。あれは狭かったですからね(筆者は戦後改修型のエセックス級、ソ連のミンスク級、原子力空母のジョージ・ワシントン、そしてヘリ空母のひゅうがの格納&飛行甲板に入った事がある)。というか艦内でこれだけ広いぶち抜き甲板を持つ船が空母以外にあったんだという驚きが。 ちなみに船内で一番長いのは二番線で(先に見た貨物車掌車が止まっていた線路)、111.6mあるそうな。いやホントに空母じゃん。恐らく大戦期のアメリカ護衛空母の格納庫より広いぞ、この格納甲板。 ![]() 右側、線路上にあるのは郵便荷物搭載車のスユニ50型。 1986年に国鉄の郵便貨物は廃止になったため、青函連絡船の最後の2年間はこの手の車両の輸送は無かったはず。とりあえず2両ありました。 そしてどこまでも続く格納甲板。もう大声で叫びながら走り出したくなるのを必死に我慢する。今回、なんとか最後まで走らずに見学できたので、オレも大人になったな、と思う(スミソニアンのウドバーハジーと、ライト・パターソンの空軍博物館では走ってた。帝国戦争博物館でも走った)。 ![]() その先にディーゼル特急の先頭車がありにけり。キハ82だそうな。 青函連絡船の場合、乗客は青森駅で鉄道から船に乗り換え、さらに函館で再度鉄道に乗り換える、という運用であり、お客さんの乗って来た車両はそのまま現地に置かれて行くシステムでした。すなわち旅客用の車両が持ち込まれる事のない、貨物車専用の運搬船だったのです。よってこれは展示あたって持ち込まれたもので、往時の運用を再現したものでは無いでしょう(ただし夜行寝台の客車を乗せた事がある、という話が現地の案内にあったが確認できず。無人車両の運搬か?)。 ![]() 最後部に来ました。この辺りは団体さんの利用を考えてか、全部線路を潰した床になっています。ちょっと残念。一番奥に見えているのが、洞爺丸転覆の教訓から設けられた、甲板に海水が流入するのを防ぐ扉ですね。 ![]() 甲板内部を振り返る。あれ、向こう側にも車両がある。ディーゼル機関車のDD16らしいです。というか、この甲板、こんなものまで載せられるんだから、相当な構造強度があるはずで、ホントに空母の格納甲板みたいだなと思う。 |