トヨタが初めて発売した大衆車、パブリカ。展示車は1961年型、発売初年度の車です。ちなみにバックミラーは失われたのではなく、最初から付いてませんでした。すなわち仕様です。

ちなみにナンバープレート見れば判りますが「プ」ではなく「ブ」です。白状すると筆者は長らくピーマンみたいな名前の車だと思っていました。ごめんさい、もうしません。ちなみにエンジンは空冷水平対向2気筒、697tで、トヨタが市販した中では恐らく最小排気量では(後にトヨタスポーツ800に搭載された時は790ccに拡大されている)。ちなみにこれも前輪はダブルウィッシュボーン サスペンションとされ(ただしトーションバー)、そして後輪駆動。この時代のトヨタ、ホントにこの構造が好きですね。

発売当初の価格は38.9万円で、軽自動車より安い衝撃的な価格でした。ただしそのためのコスト削減が行きすぎた、という面が強く、あまりに貧相で売れなかったとされます。後に1963年からデラックスと銘打ったグレードが追加されるのはその辺りのテコ入れでしょう。ちなみに一部で大気人気のヨタハチことトヨタスポーツ800は当初、パブリカスポーツ800の名で発表されており、実際デラックスグレードのパブリカと多くの共通部品を利用していました(シャシ―はモノコック構造に置き換えられ別物)。



実車を見るのは初めてですが、悪くは無いけど買わないよね、という車だなあ、とは思いまする。

ちなみにパブリカの名は例によって公募によるとされますが、まあ嘘でしょう。ついでにトヨタのサイトによると「Public car」の略で国民から愛される車、との事ですが、いやそういう意味にはならんでしょう。そこら辺に置いてあって、誰もが好き勝手に乗れる車、といった意味合いになりませんか、「Public car」。恐らく国民車、フォルクスワーゲン的な意味を狙ったんでしょうが、それならPeople's car、略してピカピカでいいんじゃないですか。



ちなみに1955(昭和30)年に通産省が国民車構想の計画なるものを、恐らく意図的に新聞社にリークしました。まあ、最後までそんなものは実在しませんでしたし、その内容もドラえもんが居たら便利だから誰かドラえもん造れ的な狂気の内容で意味が無いものでした。この時代の日本車の説明には頻繁にこの国民車構想の話が出て来ますが、それほどの影響はなかったと思いますよ。

この車もそれと絡んで説明される事が多いですが、トヨタ側の資料を見る限り、この点はほとんど考慮してないでしょう。

といった感じで、今回はここまで。


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