そこから右を見ると、私大好きアーケード商店街が。



そして左を見るとさらに私大好き胡散臭い飲み屋街らしきものが。かなり迷いましたが、とりあえずこちらから見てゆきます。



道はキレイに整備されてますが、基本的にゴチャゴチャした飲み屋街で、こういった雰囲気が好きな人間にはたまらん、という感じ。もっとも私はほとんど酒は飲めないんですけどね。できれば夜にも訪問したいと思ってたんですが、今回は時間が無く果たせず。



その先に博多ラーメンはじまりの店を名乗るラーメン屋さんが。とにかく福岡市内、少なくとも街の中心部のラーメン屋密度はかなりのもので、以後、私の旅はラーメンとの戦いとなって行きます。望むところだ。やはり博多湾の海底都市ラー帝国の男達、すなわちラーメンの皆さんが市内には多数居住してる、と考えていいかと思われます。



豚骨ラーメンこと博多ラーメンの歴史は諸説あってよく判らず、この店が本当にそうなのか私には判断が付きませんが、出て来たのは薄い醤油味の半豚骨ラーメンのような感じの品。お味は良く、お値段も700円からと首都圏の豚骨ラーメン系に比べると良心的。

ちなみに店内の説明によると、昭和16年(1941年、すなわち開戦の年だ)に開業した博多で最初の「支那そば」店、三馬路なるお店のメニューを受け継いでるのだそうな。いわゆる本格的な豚骨ラーメンが産まれたのは戦後なので、どうやらそれとは別系統となるようです。ただし豚骨は使用してる、との事。ついでに言うと、学会にも複数の派閥があるようで、一部ではさらに早い昭和12年(1937年 すなわち日中戦争の開戦年である)に開店した久留米の「南京千両」が豚骨スープの元祖であり、これが博多ラーメンの始まりとする一派と、久留米は博多じゃないじゃん、といする一派があるようです。ちなみ久留米は熊本など全ての九州ラーメンの始まりの地であるとする久留米ラーメン邪馬台国派もあるようで、ラーメンも奥が深いと思われます。

ただし、現在、我々が良く知る豚骨ラーメン店の形になったのは恐らく長浜ラーメンの誕生から、というのは史料から確認できる範囲でほぼ間違いなく、この点は後にラーメンのメゾポタミアにして「チグリスとユーフラテスの川辺」、長浜を訪問した時に述べます。…多分。

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