さて、今回は阪神甲子園球場周辺で見たものたちだ。

「なんか漠然とした話だね」

その通りなんだけど、実際、なんか漠然としたものが多くて、説明に困るんだ。
例えば今回の連載の冒頭で紹介した大阪ベイブ・ルースの碑は1934年の来日を記念したものなんだけど、その設立は1949年と戦後だし、解説板の日本語は意味不明だしで正直、どういった理由で建てられたのが全く判らないんだ。オレの事好っきか、とか言ってる場合じゃないぞ、ベイブ・ルース、という感じだね。

「あれま」

そしてそれだけじゃないのが阪神甲子園球場なんだよ。

「あれま」



まずはこれ。

「…えーと、虎かな?」

虎だね、タイガースだけに。

「虎ってこんな生き物だっけ?」

違うね、虎だけに。ちなみにこれは阪神タイガース50周年記念として1985年にアサヒビールが寄贈したものだ。

「アサヒビールで1980年代半ば?」

そうだ。

「それって…」

そう、あの浅草の隅田川河岸に燦然と輝くウン●ビル完成の4年前だ。よって設計段階を考えるとほぼ同世代となる。

「アサヒビール…」

よって、1980年代後半のアサヒビールの関係者は全員が酔っぱらってまともな判断力が無かったのではないか、という疑惑が避けられないわけだ。
ところが日本市場のビールシェアトップを掴む切っ掛けとなったスーパードライの発売が1987年だから、まさにこの時期なんだよ。業界を再編するような劇的な新商品開発には一種の狂気が必須なのかもしれない。

「…なんか無理にキレイにまとめようとしてない?」

いや、たまにはこういう「もっともらしいこと言ってるけど実は中身が無い発言」をしておこうかなと。コロっとダマされる人多いので、ハッタリとしては極めて効率のいい行動だし。

「そいうのは、いいよ。でも、もしかして昔の阪神の球団のシンボルマークとかじゃないの、これ」

それは無いね。阪神は球団設立時からそのシンボルマークである虎の絵を基本的に変えてないんだ。
細かい修正はあったけど、1936年(昭和11年)の日本プロ野球設立時からあの虎のマークは不変なんだよ。おそらく全球団唯一のものだろう。

「さいですか」



「これは?」

野球塔だね。

「はい?」

現地の解説によれば、高校野球を記念する塔らしい。一応、春の大会80回記念、夏の大会90回記念と根元に書かれていた。ちなみにこれは甲子園の大規模改修に合わせて建てられたものだ。

「それって高校野球記念塔であり、春の80回&夏の90回記念塔じゃん」

それだと長すぎるから野球塔にしたんじゃないかな、あくまで推測だけど。

「いや、省略しすぎでしょ。東京の大学と東京大学くらい違うぞ、その両者は」

まあね。
でもそれ以上に問題なのは、この構造だろう。石柱を円形、あるいは半円形に並べるのはアメリカの東海岸一帯にあるメモリアル構造物によく見られる特徴なんだ。

「まあ、記念碑だし」

いや、アメリカのこの手のメモリアル構造物は通常、戦争慰霊碑であり、並べられた石柱に戦没者の名が刻んであるんだよ。
ここの石柱にも学校名がいくつも刻まれていたので、てっきり第二次大戦で犠牲になった選手たちの慰霊碑かと思ってしまったのさ。
ところが、そんな物では無かった。

「なるほど」

でもって記事中で見た、寄付金関係と思われる名前を刻んだレンガも同時期に造られているのを思い出してちょうだい。あれもアメリカの東海岸でよく見られるものだ。

「すなわち」

2000年代中盤に辺りに“オシャレな甲子園を造るのだ”的な目的でアメリカに調査団を送りこんだじゃないかなあ、阪神電鉄。
ところがその皆さんの能力に問題があったのか、それとも会社の金で観光だけして帰ってきてしまい、後は適当な報告をして終わらせたのかのどちらかで、こういった変にアメリカ東海岸風のモノたちができてしまったんじゃないの、と思うのよ。
あくまで個人の想像ではあるが、大きくは外してない気がするぞ。

「あれま。まあ、オシャレならいいじゃん」

いや、本来は慰霊のための建築様式なんだよ、これ。
もしアメリカの野球場入り口に選手の名前が入った位牌がズラリと並んでたら、日本人から見たら極めて異様だろ。まさにそんなシロモノなんだよ。

「ああ、まあねえ…」

野球場をカタカナ英語でボールパークとか言ってる前に、もうちょっと考えようよ、と思ったわけだ。

「さいですか」

というわけで、今回はここまでだ。

「さいですか」

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