■次に向かうのだ
パイロットの人がお客さんの前を巡回して、質問に答えてくれてました。
自衛隊パイロット希望の学生さんが、熱心にいろいろ進路の選択について相談しており、
ああ、そうか夏休みにやるとこういったメリットもあるんだと思う。
ちなみに私は、T-4にはフライ バイ ワイアは入ってない事、
地上での操舵はやはりラダーのペダルでやる事、その時は操縦桿のスイッチを
操作しないと前輪と連動しない事、などを聞かせていただきました。
といった感じで、ざっと見学は終了。
これだけゆったりと見学できる航空自衛隊のイベントは貴重だなあ、
と変なとこに関心しながら、移動します。
個人的には、結構、楽しかったです。
この後は、いろいろ迷走しながらウロウロしたんですが、記事では展示ごとに
まとめて紹介して行きましょう。
まずは、屋外の展示から。
博物館棟と、展示ハンガーの間の屋外に置かれてるF-104J。
自衛隊初のマッハ2超えの戦闘機ですが、その代わり直線番長でもあり、
まあ、いろいろとアレなんですが、旅行記ではあまり深く突っ込まないで置きます。
10年以上、野ざらしのはずですが、コンディションは良く、ああ、ここは日本のお役所が
運営してる博物館なのだ、と感動する(笑)。
海外で、野ざらし展示の機体なんて、悲惨としか言いようが無いのがゴロゴロしてますからね。
ちなみに、この機体の解説板を撮影してくるのを忘れましたが(涙)、
いろいろ怪しい機体ではあるので、ちょっと解説しておきましょう。
この機体、赤い尾翼に赤い翼端タンクと、無人の無線操縦機、QF-104(先行試験機 2機が製造された)
またはその後に造られた正式改造(?)のUF-104の塗装になってます。
が、無線操縦式のF-104は1機残らず訓練で撃墜されてるはずで、現存機は無いはず。
よって、これ、なんちゃってQF-104、またはUF-104でしょう。
普通のF-104にそれっぽい塗装をしただけで、中身は通常のF-104だと思われます。
F-104の無人化、無線操縦化計画は1984年からスタートして、
1987年ごろから本格的に始動するのですが、先行のQF-104の2機を含めても
全部で14機しか造られておらず、あまり成功した計画では無かったように見えます。
ただし、空中戦訓練では、有人機のミサイル攻撃を振り切って、
無事帰還してしまった機体もあったらしいですが…。
ちなみにこの機体は例の博物館棟と展示格納庫の連絡橋から見下ろす事ができます。
細長い鉛筆のような機体がよくわかります。
真後ろ、真上から見ると、あれ、この機体、エリアルール2号では無く、
音速突破前後の速度にしか効果の無いエリアルール1号に基づいて設計されてるような…。
ついでに手前の水平尾翼が一枚板で、昇降舵(エレベータ)部がなく、
全体が動くオール フライング尾翼(All-flying
tail)になってるのも見といてください。
翼面上衝撃波が発生する高速飛行では(音速以下のマッハ0.8くらいから発生する)
必須の装置で、この構造でないと機体の姿勢制御ができなくなります。
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