■相手の不幸ではなく、自らの幸運を祈れ

というわけで、イギリスのチョーマニアック航空博物館、
RAF博物館コスフォードにおける呪術コーナーを見ておこう。
まずは下の写真。

「…ヌイグルミじゃん」

さきにも言ったが、マスコットは、幸運の媒介者なので、形状は問われないんだよ。
中にはガールフレンドのストッキングや下着をラッキーチャーム、お守りとして
持ち歩いてた連中もいたらしいから、これでもマシな方なのさ。



とりあえず、イギリス空軍が投入したマスコットをざっと見てゆこう。

まずは上段手前、黒い猫のトゥウィンクル トウズ(Twinkle Toes/素早いつま先)さん。

彼は同僚のヌイグルミ、ラッキー ジムとともに、イギリス空軍による
1919年の大西洋無着陸横断飛行に投入されたマスコットだ。
つまりロンドンに展示されてた(あれはレプリカだが)ヴァイミー爆撃機でやったやつだね。
カナダのニューファンドランドからアイルランドまでの飛行は
最後は不時着に近い形になったが、見事に成功したんだ。
あっちで書き忘れたが、これはリンドバーグのニューヨーク〜パリ飛行よりも早いんだぜ。

「それがこのマスコットのおかげと?」

無論だ。その証拠に、その呪術力を高く評価したイギリス空軍は、
1979年、ヴァイミーの大西洋横断60周年を記念して行われた
F4ファントムII戦闘機による大西洋横断飛行にも、彼を再度投入したのさ。
当然、トゥウィンクルの“幸運力”は、この作戦も見事に成功に導いている。

「さいですか。じゃあ、下のペンギンは?」

このペンギンのパーシーさんはハリファックス爆撃機のパイロットのものだ。
持ち主は1944年のベルリン夜間爆撃で対空砲によって
撃墜され捕虜となり、終戦まで収容所で過ごす事になる。

「…幸運じゃないじゃん」

そうでもないさ。
彼が乗っていたハリファクス爆撃機の乗員は全員、無事脱出に成功してるんだ。
これは、このパーシーのおかげだと、持ち主も言ってるんだぜ。

「気の持ちよう、だな」

ちなみにその横、解説ボードに貼り付けられてるのは、
ラッキー ベイビーさんで、これは爆撃機の銃手が持っていたもの。
彼が結婚した時、ウエディングケーキについてた飾りだそうだ。
で、彼もドイツ上空で撃墜されたのだが、無事脱出して、
終戦まで捕虜収容所ですごしている。

「撃墜されてばかりじゃん!」

まあ、戦争だからね、いろいろあるさ。
最後、下段左端にあるのはセント・クリストファーのメダルだ。

「何それ?」

元は旅人の守護を司った聖者(セント)で、そこから転じて、
船乗り、パイロット、最近では長距離トラックの運転手までその庇護下においてる聖人だ。
そのお守りとされる、彼の像が入ったメダルだよ。

これは第二次大戦中に活躍した女性パイロットが持っていたもの。
大戦中の女性パイロットと言うとソ連が有名だが、英米にもいたんだ。
さすがに戦場には出なかったが、工場から各基地に機体を運んだりするのに、
彼女達は活躍していて、この持ち主も無事に戦争を終えてる。

「やっとまともな感じだな」

でも戦後に除隊して、民間パイロットになってから事故で亡くなってるんだ。

「だめじゃん!」

でも、博物館の説明によれば、事故当日に、このメダルを持っていたかは不明だって。

「微妙じゃん!」



で、この展示の最後はこれ。
上段左上の彼らだ。

「なんだこりゃ」

グレムリンだね。

「グレムリン?」

イギリス空軍のパイロット達が生み出したキャラクターだよ。
イタズラ好きの精霊で、飛行機に取り付き、いろんな悪さをして、
飛行機の状態を不調にしてしまう、とされる。
そもそもは古い英語で、イライラさせる、という意味らしい。

なので、空の上で原因不明のトラブルがあると、“グレムリンのしわざ”とされたんだ。
ある意味、パイロットと、整備兵の間のトラブルを避けるためのクッションだろう。

「あー、なんか聞いたことがあるな、それ」

で、第二次大戦中、イギリス空軍のパイロットの一人がグレムリンを漫画にして、
ウオルト・ディズニーに売り込んだんだ。
その映画化が決定、これが発表されて、一気に知名度があがる事になる。

「あったっけ?そんなディズニー映画」

いや、映画そのものはイギリス空軍との交渉がうまくいかなくて製作中止になってしまうんだ。
が、彼が描いた漫画は、ディズニー映画の原作として出版され、
英語圏全体で10万部近く売れた。
当時のコミックブックとしてはかなりの数で、これで知名度はさらに上がったんだよ。
ただ、このせいで、グレムリンは第二次大戦期に産まれたキャラクターと
思われているが、イギリス空軍内では、1920年代から、存在していたようだ。

「へー。で、この変なヌイグルミは?」

災い転じて福をなす、という感じで、ラッキー グレムリンズとして造られた、
ペアのヌイグルミなんだけど、爆撃機搭乗員が持っていた、という以外の情報が無い。


「微妙だなあ…」




さあ、今度はこっちの展示を見て行こう。

「まだあるんだ…」

あるともさ。イギリスの“幸運力”をなめるなよ。
まずは左端、ローランド ラット飛行団指令(Wing Commander Roland Rat )さんだ。

「ラットって…ネズミなのか、これ?」

ネズミ、といっても大型のネズミ、日本のドブネズミや実験用ネズミの事だけどね。
英語でマウス、小型ネズミだとそれなりにラブリーだが、ラットというと臆病者、
といったニュアンスであまりいい意味が無いんだけど、
彼は堂々と第16航空部隊の部隊マスコットを勤めていたんだよ。
1980年代から2005年まで、その任務にあったんだ。

「なんで2005年まで?」

部隊が解散させられちゃったから。

「…微妙だなあ」

その右上はテディーベア、熊のヌイグルミのテディー クーパーさんだ。

「クマなのか、これ」

クマなんだよ。
彼は第二次大戦期、B-24の機関士の持ちものだった。
東アジアに派遣され、乗組員を一人も失わずに、無事、戦争を終えている。

「ようやく、まともなのが出てきたな」

でもって、一番右がスコッチ ジャックさん。
これ、スカートはいてるので、女の子かと思ったんだが、その名の通り、
スコットランド人の所有だから、民族衣装の方でした。
ちなみに、これもクマ。
所有者は第一次大戦時のエースパイロットで、しかも終戦まで生き延びてるんだ。
これぞマスコットパワーだろう。

「しかし、クマのヌイグルミを持って歩いてるエースパイロットってどうなの?」

そこら辺はガッツでカバーだ。




さて、最後に、真ん中あたりにある小物も見ておこう。

まず左はヨーロッパでは広く知られているラッキーチャーム、ウサギの脚だ。
だれにでも幸運を呼ぶ、とされるが、ウサギだけは例外だろう。

で、これも撃墜されて捕虜になった士官が持っていたのだが、
彼は1945年に捕虜収容所から脱走、連合軍の占領エリアまで無事逃げ切っている。
恐るべきラビットパワーである、といえよう。

「最初に捕虜になってる段階でどうかと思うけどね」

さて、最後は、その右側のカンガルー。

「カンガルーなのか、これ?」

うん、てっきりグレムリンの一種かと思ったんだが、オーストラリア人の持ち主が、
パイプ掃除用の布を使って造ったものだ。
造った本人がカンガルーだと言ってたらしいので、カンガルーなんだろう。

で、このカンガルーパワーも恐るべきものがあり、
ランカスター爆撃機の搭乗員だった持ち主と一緒に出撃すること137回、
その間、一人のクルーも失わずに戦争を終えている。
ちなみに、彼が乗ってたランカススターが、あのロンドンに展示されていた機体なんだ。
つまりこれ。



ちなみに137出撃して人員の損失ゼロ、というのは、
当時の爆撃機の損耗率を考えると、確率的にありえないレベルの幸運で、
まさにマスコットの力である、といえよう。

「撃墜された機体にもマスコットはいたんじゃないの?」

墜落して機体が失われてるんだから、積んでいたという証明は不可能だよ。

「積んでなかった、という証明も不可能じゃん」

まあ、最後は信じる、信じない、といった話になってくるな。
はい、今回はここまで。


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