■速度の話
真対気速度(TAS)と指示対気速度(IAS)の違いと、そこから、大気密度と高度による最高速の出やすさ、という話を少しだけ。
当サイトで取り上げてる航空機データは基本的に真対気速度(TAS)を採用してるんですが、
(日米ウハウハ戦闘機びっくりコンテストのロール性能比較だけは、実は指示対気速度(IAS)でした)
まずは、真対気速度(TAS)&指示対気速度(IAS)とはなんやねん、という話から。
簡単に言うと、指示対気速度(IAS)はメーター読みの速度、真対気速度(TAS)は実際の対気速度です。
一般に使われている、ピトー管を用いた航空機の速度計は、原理的にどうしても誤差を生じることになり、
正しい速度を知るためには、必ず補正計算が必要になります。
このメーター読みの「誤差のある速度」を「指示大気速度(IAS)」、誤差を補正したものを「真対気速度(TAS)」と呼びます。
つまり、操縦中にメーターで読み取れる数値は、必ず誤差を含んでるわけです。
よって、普通、各機の最高速度データなどは、真対気速度(TAS)で表します。
まあ、計算でデータを出す場合、指示対気速度に再計算するのが面倒、ってのもあるでしょうが。
ジェット機などでは、機体まわりの気流の乱れに影響されない機首先端にあることこが多いピトー管。
機首にエンジン閣下とプロペラ殿下が鎮座してしまってる単発レシプロ機の場合、
さまざまな気流の影響を受けにくい主翼の端っこに大抵付いてるようだ。写真はF4U-1Dのもの。
赤いリボンはプレゼント用、ではなく地上で異物が入って詰まったりしないように、という配慮から。
航空機で速度メータが死ぬことは、離陸着陸の速度をすべてカンでこなす事になり、
まあベテランならなんとかするのかも知れないが、通常、かなりクリティカルなアクシデントとなる。
ピトー管は、いわゆるベルヌーイの法則を利用したベンチュリ管の一種なのだが、
これの測定値から速度を割り出す場合、大気密度のデータを計算に使う。
このため、どうしても高度による誤差が含まれてしまうのでした。
(各緯度、各高度の大気密度データを持っておき、常にコンピュータで補正をかければいいわけだが、
当然、第二次大戦中に、そんな芸当は無理なのでした)
オマケ。フランス製シュトルヒのコピー機、モーランソルニエ機のピトー管。
すごい角度で付いてますが、シュトルヒは通常飛行でも結構な迎角を持ったまま飛んでいたんですかね。
ほぼ地上駐機姿勢で真正面を向きます、このピトー管。このままの姿勢で飛んでたんかいな?
というようなこともピトー管を見ると考えられるのでした。
以上、余談ながらいい機会なので書いときますです。
で、この速度の誤差を修正する計算式は
となります。
意外に面倒くさい計算な上(暗算は無理でしょ)、各地、各高度に置ける空気密度、なんていう、
一瞬アタマを抱えてしまうデータが必要になるシロモノなんですな。
が、これが正しい速度ですから、揚力やら誘導抵抗やらの物理的な計算する場合には、必ず必要となる数値です。
ちなみに、常に真対気速度のほうが指示対気速度より速い数字になります。
ちなみに対気速度、というのは周囲の空気の流速ですから、真対気速度(TAS)であれ指示対気速度(IAS)であれ、
無風時以外、地上から見た速度とは一致しません。
例えば風速30mの空に凧を、地上から立ったまま揚げてるとします(かなり勇気ある状態ですが…)。
この時、地上からは糸で引きとめられてる状態ですから、凧の対地速度は、ほぼ0km/hです。
が、周囲の空気は秒速30mで流れてますので、この凧は30m/sの真対気速度(TAS)で「飛行して」います。
現代の旅客機などは対地速度を見れるので、時速1000kmなら1時間後に1000km先に着く、
と考えて問題ありませんが(客室内で見れるモニタに出るのは対地速度)、大戦期の戦闘機は全て
ピトー管による対気速度計ですから、ちょっと話が違って来るのです。
たとえば、時速600kmで飛び続けても、1時間後に500km先にまでしか行ってない、
あるいは逆に追い風で700km先まで飛んでしまった、というのは、可能性としては常にあります。
空にいる限り、当時の一人乗り戦闘機では、対地速度を判断する手段はありません。
例えば、第二次大戦時、関東地方を高高度から爆撃した初期の米軍の爆撃機は
富士山を目印に太平洋から進入、その段階でジェット気流に乗ってますから、
メーター読みの速度を真対気速度に換算してもまだ、実際の対地速度よりずっと遅かったはず。
でもって、当時のアメリカのチョー秘密兵器、アナログコンピュータ付きオートパイロットメカ、
すなわちノルデン式爆撃照準器で照準をつける場合、
機体の速度と高度をメーターで読んで、入力する必要があるのですが、
実際の対地速度は、おそらく爆撃手が判断した速度よりずっと早かったはず。
爆弾、当たるわけありませんな(笑)。
なんらかの補正計算はしてたはずですが、初期の米軍による高高度精密爆撃がスカだったのは、
ここらへんも、理由の一つとして、あるような気がしてます。
まあ、これらはピトー管を使った速度計に関する話ですから、GPS速度計などでは、意味のない話となります。
が、第二次大戦期の機体にGPSがあるわけないので、意外に重要になって来るわけで。
最近の旅客機には大抵ついてる(ノースウェストには無かった…)座席モニタの表示。
いや、どんなもんでも写真に撮っておくもんだ(笑)。
高度10668m、摂氏-49度、時速976.6kmで本機は日本海上空を飛行中。
すごい時代だねえ。で、ごらんのように表記はGround
Speedで、対地速度です。
ついでに高度1万メートルは氷点下40度以下の世界。
私の想像を絶してるんですが、よくまあこんな世界で戦争をやりましたね。
米軍の爆撃機クルーは南極越冬隊なみの環境を飛んでいたわけです。
…そういやガメラ、成層圏を飛んでたような記憶があるんですが、あの男、寒さに弱かったんと違いましたっけ?
あと、ウルトラセブンも低温に弱いはずだから、ヤツも高度5000mくらいまでしか飛べまへんな。
すなわちセブン、高高度性能は飛燕並み。
…素手で勝てる気がしてきました。
乗りかかった船なので、真対気速度の計算に必要な大気密度の話を少し。
日本付近に置ける大気密度は
海抜高度(0m)1.23 kg/立方メートル
高度3000m 0.91kg/立方メートル
高度6000m 0.66kg/立方メートル
高度10000m 0.41kg/立方メートル
となります。これがアメリカだとポンド/立方インチになるので、またアタマを抱えることになるんですが、
今回は考えないでいいでしょう。というか、考えたくない。考えなくていいですね?
ここら辺は、緯度によって数字が変わるはずですが、日本以外のデータを見たこと無いので、
細かい点はノーコメント(無責任)。
とりあえず、高度6000メートルで大気密度は地上の半分、10000メートルでは
1/3(33.3333…%)まで下がっていることに注目してください。
航空機の性能にとってこれが大きなポイントになるのです。
ちなみに気圧は高度10000メートルで海面高度の1/4近くまで下がるので、
これをもって高度10000メートルの大気密度は地上の25.8%、としてる計算を見たことがありますが、
気圧と大気密度は違いますので、念のため。
さて。
例えば、ほんの少しの隙間を残し、風船をたくさん詰め込んだ部屋を考えます。
考えてください。考えてくださいよ、わかってくださいよ。
で、この中を向こうのドアまで歩け、といわれると、風船を押し分けへし分け、時には押しつぶしながら
えらい労力を使って、微々たる速度でしか進めません。とても疲れます。
では、その風船を半分に減らすとどうなるか。かなり楽に進めますし、スピードも出るでしょう。
これをさらに1/3まで減らしてしまったら…。楽勝で前進可能で、場合によっては走ることすらできるかもしれません。
「抵抗物の密度が落ちる」というのは、より少ない力で、より速く進めることに繋がります。
高々度を飛行する、というメリットはそこにあり、ジェット機の最大のメリットも実はそれにあります。
特に周囲の大気密度が低下すると、高圧のガスを噴出して進むジェットエンジンにとっては、
気圧差が大きいので、非常に出力を稼ぎやすい環境となってきます。
ゆえにジェット旅客機を経済的に運用するには、高度10000m近くで飛行する必要があるのです。
ちなみに排気タービンも、外気圧が落ちる高高度に強いと考えていいようですね。
なんだかいいことずくめな高度10000mですが、通常のレシプロエンジンだと、
当然、地上の1/3の空気密度では、シリンダ内でまともな燃焼が行えなくなり、
このため、空気をガーっとシリンダに詰め込む過給器が必須になるわけです。
それは過給圧をあげるわけですから、低空時にはエンジンのハイパワー化につながるものの、
当然、高オクタンなガソリンを使わないとノッキングが発生してエンジンは壊れます。
ここら辺が、第二次大戦期のレシプロエンジン開発のテーマになってゆくわけです。
この点を考慮してないエンジンは、何馬力のパワーがあろうが、事実上、使い物になりません。
ついでに、100オクタンガソリンは1931年ごろにシェルが開発してるんですが、
エンジン ノッキングの原因が突き止められたのは1938年。
(ジェネラルモータースとコダックという全米ドリームチームによる)
それまで、なんだかハイパワーエンジンには、対高温高圧ガソリンが有効だぜ、
とわかっていたものの(なんで気がついんだろ…)、理論的な裏づけは
第二次世界大戦勃発前年にようやく完成したのでした。
当時の高オクタンガソリン、過給器の進化、というテーマはまさに最先端な技術だったんですな。
わずか10年たらずでジェットエンジンが出て来ちゃうんですが。
まあ、そのような理由で、高々度用の過給器開発にコケていたドイツの航空戦力にとって、
ジェットエンジンは、非常に魅力的な「高々度エンジン」だったわけです。
高速飛行までオマケで付いてくるという、「エレガントな解答」。
オクタン価の高い燃料の確保、というレシプロエンジン過給器の鬼門も避けて通れますしね。
でもって、空力なんて考えたこともございません、といった形状のP47Dが最大速度で680km/hも出るのは、
空気の薄い、すなわち空気抵抗の少ない高度9000mでの話だからで、これも高空に強い排気タービンの恩恵なのですな。
まあ、P47は中低空でも、ゼロ戦や飛燕なんかでは追いつけん速度を出してくるんですが…。
なので、高高度を飛行できる、というのは自動的に高速性能に秀でることになります。
米軍機の最高速度が高いのは高高度で計測してやがるから、という面があります。
たとえば疾風にアンドロメダ星雲の秘密技術で2段過給器を積めたら、
エンジン出力そのまま(高高度での出力は自動的に上がるわけだが)で、
おそらく高度7500m前後で700km/h代に突入できたんじゃないかなあ、とかも思ったりするわけです。
ついでに、最近のジェット戦闘機が持つ音速での巡航飛行、スーパー クルーズも、空気の薄い高高度を
ジェットエンジンで飛ぶからこそできる芸当なんですね。
さらに、ついでに、有人航空機の最高速度記録を持つ(ただし非公式)、
X-15が時速7000km/hという赤道を6時間以下で一周してしまうドエレー速度を出したのは、
実に高度30000m、地上30kmの場所でして、反則だよなあ、それ(笑)。
というわけで、ちょっとした余談のおまけでした。
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