まずは横から。
この訪問時には右脚の車輪が交換中のため存在せず、作業用の工具が床上に置きっぱなしの状態になってました。なので足元に見えてるタンクとか工具はそのためのモノなのでご注意ください。

操縦席周辺が大きく上に盛り上がってるのは視界確保のため。
高い場所にあった方が視界は広くなるわけですが、同時に空気抵抗も増え速度が落ちます。すなわち、運動エネルギー(1./2×質量×速度×速度)で劣勢に立たされるわけで、これは空戦では不利です。どんなに相手がよく見えたところで、逃げれない、追いかけれない、後ろに回れないでは何の意味も無いわけで、あまり褒められた設計ではありません。

ただし、この辺りはカストルディの責任ではなく、パイロット側からの要求で、カストルディ率いるマッキの設計チームは最後まで反対だったとされます。この辺り、当時のパイロットがいかに感覚だけで戦っていたのかが判ります。
ただし、カストルディも直線バカ一代のレーサー機ばかり造ってた人ですから、格闘戦の戦闘機の設計に向いていたとは言えず、この機体、かなり操縦が難しかったようです。試験飛行に立ち会ったボルゴーンニョ少佐(Maggiore Ugo Borgogno)によるとMC.200は急旋回時にフラットスピンに陥る傾向が強かったとの事で、実際、配備後もいくつかのスピンによる墜落事故を起こしてます。どうも全体的に新米パイロットの手には余る機体だったようです。このため生産途中に一度、主翼の設計が変更されてるようなんですが、詳細はよく判りませぬ。

ついでに1937年の年末に初飛行した機体なのに、キャノピー(天蓋)が無い、半開放型操縦席になってるのもパイロットからの要望によるもの。ちなみにカストルディはキチンと天蓋付きの操縦席で設計したのですが、生産開始後、パイロットから苦情が殺到、キャノピー(天蓋)部分を取り外して、こんな形になったのだとか。初期生産分の240機前後のみがキャノピー付きで完成していますが、どうも後からこれも取りはずされてしまったようです。そして、この旧態依然とした形状で大戦末期まで戦ってしまったんだから、ある意味スゴイなイタリア空軍。ちなみに一部の機体は爆弾積んで戦闘爆撃機として運用されたとされます。

この辺り、1935年5月と第二次大戦期の機体としては最も古い時期に初飛行したBf109 が、パイロットの意見などガン無視で狭くて風防と天蓋で囲まれた操縦席にしたのは見事な先見の明だと思われます。この点がメッサーシュミット本人の設計なのか、事実上の設計者と言われるローベルト・ルッサー(Robert Lusser)の設計なのか判りませんが。

それでもMC.200は全体的に流線形にまとめられ、それが胴体後部にかけて円錐状に絞り込まれる、という高速機には理想的な形状となってますから、さすがはカストルディ、というところでしょうか。



先の写真より、わずかに前から。手前の主翼の端についてる長い棒は機銃ではなくピトー管。
機首のエンジンカウル正面がキンキラキンの金属色なのは、あの部分は銅管で、オイルクーラーだから(笑)。水上機レーサーでは珍しくない機体表面を使った冷却で、カストルディらしいといえばカストルディらしい設計。おそらくプロペラ後流による冷却も狙ってます。
とはいえ、高い位置にある大型装備だから整備は大変だし、その上、被弾もしやすいしで欠点も多く、実戦投入された機体でこんな設計なのはこの機体だけじゃないでしょうか。



ちょっと下から。

気が付いた方も居ると思われますが、機体側面にアメリカ軍の星マーク、日本軍の日の丸のような国籍章、ラウンデルがありません。厳密にはコクピット斜め下の青いマークはラウンデルなんですが、あまりに小さいく視認を目的にしてるものになってません。
これはレッジーア エアロナウティカ(Regia Aeronautica)、王立イタリア空軍の特徴で、基本的には胴体に巻かれた白い帯と、尾翼の白十字で敵味方の識別をやってました。実際、空の上でラウンデルの視認は困難ですから、こっちの方が合理的のような気もします。その代わり、やたら目立って発見されやすかったのでは、という気もしますが…

ただし主翼の上下面には他の国と同じような国籍章のラウンデルがあり、この機体でも漢字の「州」の字のような、ファシスト政権下のイタリア空軍が使用したものが見えてます。
ファシストの語源はラテン語のfasces、ファスケースで、これは古代ローマの執政官が権力の象徴として持っていた品から来ており、このラウンデルはそれをデザインしたもの。ファスケースというのは薪を束ねて、そこに斧を縛り付けたもので、なんだかよく判りませんが、まあ、当時は何かの意味を持っていたのでしょう。これが古代ローマでは王の、共和制に移行した後は政府高官の周囲に置かれて権力者の象徴となっていました。
余談ですがワシントンDCにあるリンカーンメモリアルにもこれがあるのは旅行記で指摘した通りで、ファシストが登場するまでは、古代ローマの最高政治責任者の象徴、といった意味しかなかったようです。

で、そのファスケースのシルエットを三つ並べたのが、このマーク。ちなみに左右の翼で非対称という面倒なもので、束ねた薪に付けられた斧部分が必ず機体の外側向きになるようになってます。すなわち左右だけではなく上下面でも異なるものでして、模型などを造る際はご注意あれ。



反対側から。まあ独特な雰囲気のある機体ではあります。ついでにこの機体、薄い空冷エンジン搭載なのに操縦席の位置がかなり後方となってます。これも視界確保のためなのか、とも思われますが、詳細は不明。ちなみに燃料タンクは座席下にあり、自動漏洩防止燃料タンク(Self sealing fuel tank)、すなわち弾が当たって穴が開いてもゴムが溶けて自動的にこれを塞ぐもの、とする資料が多いのですが、私は怪しいと思います(笑)。少なくとも生産開始直後は搭載されて無かったはず。



ちょっと下から。
意外に主翼は薄く、このためか急降下飛行で遷音速、時速800q近くになっても翼面上衝撃波が発生せず、普通に操縦可能だった、という話もあります。ただし、その主翼に問題が多くて、初期は脱出不能なスピンに入って墜落、という事故が頻発したようですが。そして、やはりちょっと上に膨らみ過ぎだよなあ、と思います。

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