■その効果

ただしスペースシャトルのLERX部にはちょっと問題もあって、
その効果は巨大な面積の割にはやや弱い可能性がありにけり。

細かい説明は省きますが(手抜き)LERXによる強い渦の発生条件に、
なるべく薄い構造の方が良い、というのがあります。
ところがシャトル軌道船の場合、主に耐熱材の関係で、これがあまり薄くできてません。

このため通常のLERXより、その効果は弱いと思われるのです。



F-16のLERX部はこんな感じで、
主翼に比べると、ほとんどただの板、というような厚みしかありませぬ。

LERXを持ったF-16やF/A-18が急旋回、急上昇をしてる時の写真や映像を見ると、
ここから発生する渦によって大気中の水蒸気が飽和して
煙のように尾を引くのが確認できますが、
あれだけ強力な渦を出すには、この程度の厚みでないと難しいようです。



対してスペースシャトルのLERXの場合、これだけ厚みがあります。
写真左端、強化炭素炭素、RCC製の主翼前縁部に比べると
かなりエッジを効かせて薄くしようとしてるのが見てとれますが、
それでも上のF-16のLERXに比べると、かなりの厚みがあります。

ちなみにこの部分、下は通常の耐熱タイルですが、
尖がった形、シャープに成形されたエッジ部は
“く”の字型のちょっと変わった耐熱タイルが使われてるようです。



■Photo : NASA

でもってシャトル軌道船の場合、急旋回、急上昇なんてやらないので、
この部分から発生する渦を可視化してくれる
水蒸気が発生するのは着陸時のみです。

が、ほとんどの写真や映像でその水蒸気の確認は難しく、
湿度が高くなってる夏場のケネディ・スぺースセンターで夜間着陸時、
照明で照らし出されてる写真で、ようやく見る事ができるレベルです。

写真がそれなんですが、やはりそれほど盛大には出ておらず、
無いよりはマシなんだろうけど、やや微妙だなあ、という印象があります。

ちなみにより長く機体後部向けて帯状に伸びてる水蒸気の煙は
LERXによるものでは無く、翼端部の渦です。
よく見ると輪っか型の渦が後ろに向けて飛び去ってるのが見て取れます。
(正確には機体が前に進んで置き去られてるのだが)
この辺り、主翼周辺の空気の流れが見て取れて
なかなか興味深いところですが、今回の記事では完全に脱線となるので
深入りはしません。

でもってシャトルにおけるLERX部のもう一つの働きに減速効果があります。
先にも書いたように、LERX部の急角度のデルタ翼は、
主翼の失速を防ぐ強力な渦の発生と引き換えに、
強烈な抵抗力の発生源になります。
これを一種のブレーキとして利用するのです。

大気圏突入後、最終的には着陸できる安全速度まで
減速しなければならない軌道船ですが、先に見た
位置エネルギー → 運動エネルギー → 
衝撃波による造波抵抗と熱に変換しエネルギーを消費して速度を落とす
という手段が使えるのは、当然、超音速飛行時のみです。

となると最後の3〜4分間、音速以下に減速してしまった後は
速度を調整する手段がありません。
が、安全に着陸するには、少なくとも時速350q程度まで減速しないとなりませぬ。

でもって以前にも書いたように、航空機の減速は難しいのです。
例えば10階の窓から石を落としたとき、これを減速させる手段は無く、
通常、石は地上までひたすら加速して落下して行きます。
同様に高高度から降りてくる航空機は普通、加速してしまうのです。

この点は、迎え角を大きく取って主翼の誘導抵抗を大きくし減速する、
という手がありますが、重量が重い近代航空機ではこれだけでは
十分な減速はできませぬ。
そこで通常の航空機だとフラップを出して揚力を増やすことで
同時に誘導抵抗をさらに増やし、
加えてフラップをエアブレーキ代わりにして減速するんですが、
既に見たように、シャトルにはこれが無いのです。
すなわち、普通の航空機と同じような減速はできません。



普通の主翼、機体の重心位置に主翼がある機体では、
着陸時にこのフラップをドンガバチョと下に開いて主翼の揚力を稼ぐのと同時に、
同時に主翼の誘導抵抗も大きくなるので、減速が行われます。
さらに主翼下にぶら下がる事で空気抵抗にもなるので
一種のエアブレーキを兼ねるわけです。
逆に離陸時には、必要がなくなったらすぐにこれを引っ込めないと、
何時まで経っても、高度を稼ぐのに必要な加速がなされません。

で、シャトル軌道船にはこのフラップが無いわけです。

そこで利用されるのが、このLERXが生む一種の誘導抵抗で、
迎え角によって(大きくするほど揚力と抵抗が増える)
抵抗力の増減を調整しながら、減速しつつ降下して来ます。
この辺りは、よく考えたなあ、と思いますね。
おそらく先に見たコンコルドがそのヒントになってると思いますが…。

そんなわけであまり注目される事のない
シャトルのLERX部ですが、その着陸のためには、
極めて重要な構造となっているのでした。

といった感じで、今回はここまで。


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