■少し細かく

ここからはシャトル軌道船のTPS、耐熱装置(Thermal Protection System /TPS)
について少し見て行きましょう。
シャトル軌道船の機体設計においては、いかにして大気圏に再突入して、
キチンと帰還するかが、最も大きな要素になってるのですが、
特にこの熱対策、衝撃波背後熱の高温をどうするか、が最大の問題となってました。

最初の計画段階では、より積極的に冷却装置で冷やす、
という手段も検討されたようですが、実現が難しいと考えられ中止になってます。
後に同じようなアイデアをRX-78 ガンダムが実装してますが(笑)。

でもって1960年に既にロッキードが特許を取っていた
陶器製(セラミック)耐熱タイル、
RSI(reusable surface insulation /RSI)が既にあったため、
これが一番現実的な耐熱装備とみなされます。

ちなみにロッキードは冷戦中はICBM、大陸弾道ミサイルの
主要メーカーの一つでしたから、
おそらくその関係で開発したものかもしれません。
ついでにロッキードはマッハ3を超える超高速偵察機、
SR-71も造ってますが、その程度の速度ではこんな耐熱タイル要らないので、
それとは無関係だと思います。

これは当初、アポロ宇宙船にも搭載予定だったのですが、
後の設計変更によって使われなくなった、という経緯があり、
NASAにとっては、ある程度おなじみの素材だったようです。

ただし、シャトル軌道船に使われてるケイ土(silica)を主原料とした
タイルとは、製法が異なり、
製品としては、全く別物と考えた方がよさそうです。

それでも現在のシャトルのタイルとほぼ同じものは、
その後、1965年ごろには完成していた、とされますから、
特に真新しい技術で無かったのは確かです。

最終的のこのロッキード製品の耐熱タイルが採用されるのですが、
途中で機体を開発してたロックウェル・ノースアメリカン社(当時の社名)が
自社の耐熱装置をNASAに提案し、耐用試験の結果、
不採用となる、という動きもありました。

が、この耐熱タイルはやや重量がかさ張る、という欠点があり、
とにかく機体を軽くしたい宇宙船においては大きな悩みでした。
このため、後に低温用耐熱タイル、LRSIは耐熱繊維、FIBに置き換えられて行きます。
(ただし完全ではなく、ごく一部は残されてる)

さて、何度か書いてるように、シャトル軌道船の耐熱装置は
大きく分けると、白い部分(対低温)と黒い部分(対高温)となります。
さらに、それぞれの中でもまた幾つかの装備に分かれるので、
せっかくだから、少し詳しく見て置きましょうか。

ちなみに耐熱装備はシャトル軌道船の構造の中でも、
もっとも迷走に迷走を重ねた部分で、コロンビアが完成した後に
致命的な欠陥が見つかって、ロールアウト後に大改修が行われたりしてます。

コロンビアと以後のシャトル軌道船が大幅に別物になってしまった
最大要因なんですが、もしかるすとエンタープライズが宇宙船に改造できなくなったのも、
この辺りが絡んでるのかもしれません。

とりあえず最初はシャトルの初期構想の耐熱装置(TPS)の配置として、
コロンビア号での低温用耐熱装置、白い部分から確認して置きましょう。



写真は大気圏内専用実験機、エンタープライズなので、
その耐熱装備(TPS)は全て模造品なんですが、
その配置はほぼ後のコロンビア号に近いので、参考にはなるはず。

まずは写真に見られる機体上部の白い耐熱タイル、
再利用可低温断表面熱材(LRSI)が機首部、
主翼上面外側、そして垂直尾翼側面などに使われてます。
(LOW-TEMPERATURE REUSABLE SURFACE INSULATION TILES/LRSI)
このエンタープライスの模造品タイルはキレイに貼り付けられてますが、
実際はもう少しガタガタ感のあるものだったはず。

ついでに先にも書いたように、この装備は後に、ほとんどが耐熱繊維、
FIBに置き換えられてしまった上に、
機体全体に装備していたコロンビア、チャレンジャーともに事故で喪失したため、
現在ではこの大気圏内実験機、エンタープライスでのみ、
その様子が見られるものとなってます。
まあ、繰り返しますが、エンタープライズのは模造品なんですけど…

その名のとおり、本来なら何度でも使用に耐えるものなんですが、
実際は飛行のたびに何枚かが破損するため、帰還後にその交換を行ってます。
これはその他の耐熱装備でも同じです。
この辺りが本来ならもっと頻繁に打ち上げられたはずのシャトル軌道船の
運用コストを釣り上げてしまっていった一因でしょうね。

で、実はこれ、色は違えど黒い高温用タイル(HRSI)とほぼ同じ製品で、
ケイ土(silica)を主原料にした再利用可能耐熱タイルとなってます。
じゃあ何で低温用のなの?というと、より薄くして軽量化されてるんだそうな。
ちなみに低温と言っても、摂氏650度前後まで耐えられます。
まあ、それでも高温用タイル(HRSI)の摂氏1260度に比べると約半分ですが。

色が白いのはおそらく電磁波による熱放射(放射)の冷却効率が
高温部に比べるとそこまでシビアでないので、黒くする必要が無く、
(超高温状態だと放射電磁波の周波数の関係で黒い方が冷却に有利とされる)
よって宇宙空間で太陽熱を吸収するのを嫌って白にしたのでしょう。
ただし、この点の確証は無し(無責任)。

ただしそれでも重い、と判断されて、次のチャレンジャー以降の機体では、
ケイ土を繊維状に生成したいわゆるFIB、
柔軟耐熱毛布(Flexible Insulation Blankets/FIB)に、
そのほとんどが置き換えられて行きます。
後にコロンビアも大改修でこれをFIBに置き換えてしまったので、
この機首部の白タイル構造は、ごく初期の軌道船にのみに見られるものです。

ちなみにチャレンジャー号ではまだ全面差し替えにはなっておらず、
ディスカヴァリー以降に機体に比べると、LRSIタイルのままの部分が多く残ってました。
その後、改修される前に事故に至ったため、チャレンジャーは最後まで
この旧世代の装備の一部を残していたはずです。



ただし、その低温用耐熱タイル、LRSIタイルは機体の白い部分でも、
機体前半、垂直尾翼側面、そして主翼外縁部、にしか使われてません。
(厳密には尾部の姿勢制御装置、RCS部の周辺にも一部使われてるが)
この写真でも主翼上面、エレボンを含む外側だけが耐熱タイルなのがわかると思います。

それ以外の部分はツルピカ状態ですが、実は当初、
このタイルの無い白いツルピカ部分は耐熱装備無しとなる予定でした。
NASAも機体製造のロックウェル ノースアメリカン社も、
衝撃波背後に入ってしまう、この機体上面部分は
特に高温にならず、耐熱装備も要らない、と考えていたからです。

ところが1975年3月に空軍の
航空力学研究所(Flight Dynamics Laboratory)がテストしたところ、
機体上面でも摂氏175度を軽く超えてくる事が判明、
これでは軌道船の主材料であるジュラルミンが耐えられず
強度が落ちてしまいうため空中分解の危険が出てきます。
このため急遽、その耐熱装備が研究される事になりました。

この結果、このツルピカ部分には機体表面を保護する断熱繊維として
再利用可繊維表面断熱材、FRSIが開発されて貼り付けられる事にまります。
(Felt Reusable Surface Insulation /FRSI)
これはアメリカでは消防服などに使われてる断熱不燃性の繊維、
デュポンのノーメックス(Nomex)繊維を利用したものらしいですが、
詳細はよくわかりませぬ。
とりあえず、この素材の最大耐久温度は370度前後と、
他の耐熱装備に比べると低めです。

主翼上面中心部、貨物室ドア上部などの
機体上面の耐熱装置はほぼ全てがこれが使われてます。
機体上面の白い部分の内、55%近くがこの耐熱繊維、
FRSIで覆われてる事になるようです。
ちなみに、こちらはチャレンジャー以降でも使われ続けてます。

ついでにロクなコンピュータシミュレーションもできない1970年代当時、
やってみないと判らない、という部分が少なくありませんでした。
実際、それが原因でシャトル計画は一時的に大混乱となってます。

エンタープライズが大気圏内飛行済みだった1979年になって、
ようやく最終的なデータが出て来たシャトル軌道船の飛行条件では
耐熱タイルが強度的に大気圏突入時の衝撃波背後の高圧に耐えられない、
という予想外の事態が判明するのです。

すでに打ち上げの日程は決まってましたが、
それらをご破産して、NASAは大慌てで対策を執る事になっています。
いわゆる“タイル危機(The tile crisis)”事件ですね。

ちなみに宇宙船一号機、コロンビアは1979年3月に工場からロールアウトしたのですが、
この段階までに、このタイル対策工事が間に合っておらず、このため、既にNASAの
ケネディ宇宙センターに運び込まれた後も、タイルごとの膨大な耐久テストと、
その貼り換え作業が続行される事になります。

1979年3月にはケネディ宇宙センターに運び込まれていたコロンビアが、
最初のテスト開始が同年11月からと、謎の空白が開いてるのは、
このタイル危機の対応に追われていたからでしょう。
さらに各種テストは1980年1月には終わったのに、その後、
1981年4月の最初の打ち上げまで1年以上の時間が開いてしまったのも、
この問題が尾を引いていた可能性があります。

当初からどうもあまり順調とは言えない展開を見せていた、
と言えるのがシャトル計画だったわけです。


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