■背びれの追加は未来の力だ

この問題が持ち込まれたのはNACAのラングレー研究所で、
ここではとにかく模型の風洞実験で対策を研究、これを解決しました。
それがいわゆる“背びれ(Dorsal fin)”と呼ばれる後付け部分となります。



それが矢印の垂直尾翼前の部分で、従来の(右)垂直尾翼にくらべ、かなりの大きさなのが判るかと。
約3平方フィートの面積があり、これの装着によって、首振りの停止、直進安定性の確保がなされたのです。
ただしNACAから軍へ回答がなされ、その後、ノースアメリカン社へと改造要求が出た事もあり、
その装着開始は1944年春のD型の生産開始に間に合わず、
1944年6月から生産が始まったP-51D-10型以降の搭載となりました。

その代わり簡単な作業で後付けできたので、後付け用のキットが後にヨーロッパに送られ、
それ以前の機体にも取り付けられてゆく事になりました。
ただし、この辺りが微妙なんですが、どうも全機に確実に取り付けられたわけでは無く、
終戦までそのまんまだった機体もあるように見受けられるのです。
この辺りの取り付け判断基準はどうもよく判りませぬ。

ついでにこの後付けの背ビレの事を
“ドーサルフィン(背ビレ/Dorsal fin)をレトロフィット(後付け/Retro fit)”と、
夏は暑いぜ、をわざわざサマーはホットだぜ、と言うような矢沢永吉センスの文章を書く皆さんが、
20世紀には掃いて捨てるほどいたんですが、何考えてたんでしょうね。
カッコいいと思ったのか、その方が専門的でハクが付くとでも思ったのか。
基本的に、こういったハッタリ系の文章を書く連中は、信用できないと思って間違いありませぬ。

ついでに左のD型の機体で、後付けの背びれの前に見えてる棒は、VHF無線のアンテナ。
多チャンネル化できる高周波無線は、イギリス空軍では早くから取り入れられていたものの、
アメリカではやや遅れて、ムスタングではD型からの採用になったものです。
ちなみに、従来の無線もまだ使われていたので、尾翼からコクピット後部まで張られた
アンテナ線も、そのまま残されてます。


This is photograph FRE 6428from the collections of the Imperial War Museums

戦争やってるとは思えない、美しい写真ですねえ…。

こんな感じで、現地では背びれ付の機体と、そうでない機体が混在して運用されてました。
かなり致命的な欠点ではあるので、本来ならすみやかに全機装着されるべきなんですが…。

ちなみに背ビレ搭載の肝心の機体のシリアルが読めないのですが、
手前の機体のシリアルが44-13410、手前から3機目は44-13926で両者D-5型ですから、
おそらくこの背ビレ付きの機体もD-5の現地改修型ではないかと。


This is photograph FRE 6754 from the collections of the Imperial War Museums

でもって、D型の途中から実装された装備なので、D型専用と思われてる事がありますが、
直進安定性の不足はマーリンムスタング全般の問題だったので、
このようにB型以前尾機体にも取り付けられてます。
よく見ると垂直尾翼前縁部も色が微妙に違うので、この辺りから丸ごと交換してるのが見て取れるかと。


This is photograph FRE 2275from the collections of the Imperial War Museums

ついでに前回紹介した現地改修の複座のB型、これにも付いてるの気が付いてた人も居たかと思います。
ついでに後から問い合わせのメールをもらったのですが、ムスタングの複座型は全て要人の連絡機、
あるいは部隊指令官クラスの連絡機としての改造で、後は前回紹介した特殊なレーダー搭載機があるのみです。
複座でも練習機にされた機体はありませんから注意。操縦系は前席にしかないのです。
当然、複座のT-51、TP-51などといった機体は、ノースアメリカン社の生産リストにもありません。
戦後に勝手に後付けされた名称でしょう。

さて、では最後になんでこれでプロペラ後流の問題が解決されたの?と思ったあなた、いい質問です(笑)。
むしろプロペラ後流がぶつかる横の面積が増えてるじゃん、と思うのが普通でしょう。
この点、実はNACAもよく判ってなかったフシがあり、実験によってこれで解決することが判った、
という記述は見かけるものの、なんでこれでいいの、という説明は見つけられませんでした。

…が、世界最強のムスタング記事を自認する、この夕撃旅団のサイトをご覧の読者の皆さんなら、
あ、と思った人が1万3800人くらい居ると思います(笑)。
この前縁の付け根が前に引き延ばされた形状、見た覚えたがありませんか?
そう、これLERX付の主翼を、縦に置いた形になってるのです。
つまり、この改造によって、垂直尾翼は縦置きのLERX付主翼と同じ原理が働くようになりました。


当サイトの読者の皆様には既にお馴染み、これですね。
これを半分にして、垂直に差し込めば、ムスタングの背ビレ付き垂直尾翼になります。
前方の急角度のデルタ翼部分は、高い迎え角を取ると、上面に渦が発生、
その渦の低圧によって翼を吸い上げる力が生じ、翼を引っ張るのでした。

ムスタングは左に向く癖があるわけですから、飛行中、機体が左に向いて受ける気流の向きが変ると、
垂直尾翼では左側に主翼の上面と同じような渦が発生する状態になります。
こんな感じですね。



左に傾いた背ビレ部の左面に渦が生じて、垂直尾翼を左側に引っ張る力が生じれば、
機首は反対の右側に回る事になりますから、直進方向に引き戻されるわけです。
LERXは正面から風を受けてる限り、渦が生じないので、真っすぐに戻れば後は何も起きません。
NACAがこの理屈に気が付いていたかはともかく(笑)、理想的な解決法、といっていいでしょうね。

後にシュムードが開発の統括責任者となるF-5Aで(直接設計には関わってない)
LERXは偶然、発見される事になるのですが、実は誰も気が付いて無かった可能性が高いものの、
P-51の段階で、その原理はすでに適用されていたのでした。

さて、これによってP-51ムスタングは完成系となった、と言っていいでしょう。
重量が重い、よって加速と上昇力が弱い、という弱点は抱えたままでしたが、
総合力ではあらゆる戦闘機、ジェット機のMe262とすら渡り合える実力を持ってました。
(というかMe262の場合、最高速度と運用高度以外は実は大したことないのだ)

後にその重量問題を解決するため、軽量型ムスタングが開発され、戦争に間に合わなかった
H型の生産が始まるのですが、そもそも軽くなってないので(笑)、性能的には
それほど上昇したとは思えない部分が多いです。
総合力で、この背ビレ搭載以降のP-51Dがその完成型、とみるのが妥当かと思います。

ちなみにD型もイギリス空軍にレンドリースで供与されたのですが、
ムスタング IV (4) の名前が与えられました。
ついでに例のプロペラ違いのK型も供されたので、こちらはIV(4) Aの名称となってます。
ただし意外にその数は少なく、D型が281機、K型が590機、計871機だけとされます。

さらにD型はオーストラリア空軍にも大戦中から供与されており、
こちらはD型が214機、K型が83機で、計297機。
それに加えて組み立て前のD型100機分がオーストラリアに送られ、現地で組み立てられました。
この経験を元に、先に書いたようにコモンウェルス社によるライセンス生産が
オーストラリアで行われる事になります。


This is photograph FRE 10934 from the collections of the Imperial War Museums

軽量型ムスタングの話は既に結構くわしくやったので、ここではもう触れません。
ただし、まともなH型の写真を載せて無かったので、ここに掲載して置きます。
ダイエットに失敗したD型、みたいな微妙なラインの違いを一目で見分けらるようになれば、
あなたも銀河選手権出場可能なレベルのムスタングマスターです(笑)。

といった辺りで、この長かった連載も終わりにしましょうか。
これによって、ムスタングに興味を持つ人が少しでも増えれば幸いです。
最後まで付き合っていただいた皆さん、ありがとうございました。


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