■実際の効果
さて、ではそのNACAの改善策でどれだけの効果があったのか。
これを当サイトではすでにおなじみ戦後1947年にNACAが公表したレポート868
(Report868
Summary of Lateral Control
Research)
に掲載された第二次大戦時の機体のロール性能グラフ、いわゆる表47番、
Validation with indicated
speed of rolling veracity obtainable 50-pound stick
force
すなわち
「それぞれが操縦桿に50ポンドの力をかけ続けた場合における表示速度ごとのロール速度」
のグラフからXP-51とP-51Bのロール性能を抜き出してみましょう。
ちなみに測定高度は10000フィート、3048mとやや低空ですから、
実際の空戦高度ではもっと性能は落ちていたと思われます。
ただし毎回書いてますが元は手書きのグラフなので、筆者の読み取り時に
1度以内の誤差がある可能性があります。この点はご容赦。
さらに表示速度、と書かれてるようにメーター読みの速度であり、
真対気速度(TAS)ではないため、実際の速度はこの数字より数%より速かったはずです。
ちなみに50ポンド、22.7sというのは結構な力の強さで、
かなり強く操縦桿を倒してる状態と思ってください。
実際、他のNACAのレポートなどを読んでも、最大で60ポンド、27.2s位までしかテストしてません。
ついでにこのグラフばかりが独り歩きしてるレポート868ですが、
実際は70ページ近くにわたって性能の良いエルロンの設計を考察したものになってます。
私はまだ半分くらいしか読んでませんが…
では10年ぶりに(笑)このロール性能グラフを改めて造ってみたので、これで検討しましょう。
単位は度/秒で、1秒間にどれだけ機体が回転できるか、を示します。
今回は320q/h(低速)、480q/hm(中速)、576km/h(高速)の3種類の飛行速度でグラフにまとめました。
右に行くほど高速になります。
上がXP-51、下がそれを改善したP-51B。
あらゆる速度でロール性能、素早く機体を傾ける速度が改善してるのが見て取れます。
特に問題視されていた中低速域の改善は顕著なものがありますね。
これならそれなりの運動性の向上が見込めたと思われます。
やるな、NACAというとこでしょうか。
ただし、よく見るとXP-51は高速になるほどロール性能が上昇する、という傾向があり、
通常、中速から高速にかけて性能低下する機体が多い事からすると、
なんだかスゴイ機体ではあるのです。素性はいい、という感じでしょうか。
ちなみにXP-51のロール性能、すなわち機動性が劣るのはヨーロッパの戦闘機に対してのみで、
日本のゼロ戦あたりが相手なら全然楽勝でした(笑)。
この辺りの事情もせっかくだから見て置きましょうか。
その辺りをまとめたの下の図です。
それぞれの戦闘機の型番が判らんのですが、スピットはおそらくMk.IX(9)あたり、
その通常翼と主翼の先端パーツを外したいわゆる短翼型の機体でしょう。
(終戦直前のグリフォン
ムスタングだと通常翼と短翼の両者を揃えるのは困難)
FW190は水冷式となったD型以降のものでは無い、通常のG型以前のものだと思われます。
NACAがD型以降を試験したかどうかは不明ですし、わざわざこんな試験で飛ばさないと思われますから。
ゼロ戦も型番は不明ですが、NACAがテストデータを持ってたとすると普通に52型ではないかと思われます。
ただし、これらの型番の推測は決定的なものではないので、あくまで参考だと思ってください。
…えー、ゼロ戦はとりあえず別枠として話を進めましょうかね(涙)…。
こうしてみると、性能改善された、といってもP-51Bがヨーロッパの機体に対抗できるのは
あくまで高速域でのみ、というのが見て取れるかと。
500q/h以下、中速以下の速度域では通常型のスピットとようやく互角ながら、
低速域では完敗となってます。
短翼型スピット、FW190相手だと、中速以下では完敗です。
XP-51ではさらにこの傾向が顕著ですから、陸軍があせったのも判りますね。
改善されたB型でも、短主翼型のスピット、そしてFW-190に対しては
320q/h時だと危険なほどの性能差があり、
この速度域でドッグファイト、格闘戦に入るのは極めて危険だったと思われます。
あくまで、高速、高高度を活かして戦う、というのがマーリンムスタングの生きる道でしょう。
ついでにスピットファイアの短翼型、単に翼端のパーツを外しただけながら、
驚くほどの運動性の向上を果たしており、低空性能とロール性能の高さで
イギリスを悩ましたFW190に対抗するため、短翼型が重視されたのがよく理解できる数字です。
ちなみにこれが通常のスピットの主翼。
対してこちらが短翼(Clipped
wing)型の主翼。
まあ、従来の主翼の翼端部のパーツを取り外して整流板をつけただけ、
つまりちょっと主翼を短くしただけなんですが、
これがロール性能に関して驚くほどの性能向上をもたらしたのでした。
ただし、わずかとは言え、主翼が短い分、かつ楕円翼でなくなった結果、理論上では
高高度性能の低下と誘導抵抗の増加(航続距離の低下)が起きてるはずなんですが、
この辺りはキチンとしたデータが見つからないので詳細は不明。
で、こうして見ると改めてFw190のロールレートの凄さがよくわかるかと。
ちなみに初期の戦闘、通常翼のスピットしか無かった時代には、
格闘戦の旋回に入った状態から、ロールを打って逃げ切れてしまった、
という伝説がありますから、イギリスとしては極めて深刻な強敵だったわけです。
これの対策が2段2速過給機マーリンを積んだMk.IX(9)だったわけですが、
高度(位置エネルギー)で圧倒し、同時にエンジンパワーを生かして短翼型を作る事で、
FW190を追いつめてゆく事になるわけです。
最後にゼロ戦についてですが、改めて言葉がありませぬ(涙)。
確かに旋回入ってしまうのに成功すれば
その軽量さを利用してかなり有利に戦闘が進められたはずですが、
その旋回に入るためのロールの性能がこれでは、よほどの技量差が無いと入れないでしょう。
速度でもあらゆる連合軍の戦闘機に見劣りし、急降下速度でも劣りますから、
直線で後ろに付かれたら、しかも相手のパイロットの技量が自分と同じかそれ以上なら、
逃げる手段は何もない、という事を意味します。
なんともはや…ですね。
余談ですが、このレポート868のゼロ戦のロール性能グラフには
“force
limits
unknown”という注意書きがあり、
これを機体の荷重制限(運動でかかる荷重制限)が不明の意味だ、と判断、
よってNACAは手加減しながら試験したので、実際のゼロ戦の性能はもっと優秀、
とする説明をかつて見たことがありますが、違いますよ(笑)。
このforce
limits はStick force limit
の事で、
すなわち操縦桿に掛けた力の大きさが不明、という意味です。
この辺りはNACAのレポートをある程度読んでいれば、すぐ気が付くはずなんですが…。
Stick force
limit
が不明、という事は操縦桿にかけた力の最大値が不明、
という事ですから、むしろ50ポンドより大きな力を掛けた可能性がある、といったニュアンスが強いです。
まあ、いずれにせよこの数字では、多少の誤差があってもどうしようも無いんですが。
といった感じがロール性能改善のお話でした。
今回はここまで。
BACK