■尾翼はちょっと弱かった
何度も書いてるように、アリソンエンジン時代のムスタング、P-51Aまでは
その主要任務は地上攻撃で、地上部隊と連携して活躍する機体でした。
戦闘攻撃機、しかも攻撃機よりの機体、という事です。
このため、派手な空中機動を行う機会はそれほどなかったと思われます。
この点はマーリンムスタングのB/C型でも当初は同じ目的で運用予定であり、
すでに書いたように、初期には地上攻撃を主要任務としていた
第9空軍に配属されたりしてたわけです。
ところが、実際にB/C型が登場すると
急遽、ドイツ行きの戦略爆撃機の護衛戦闘機とされる事になります。
となると相手はドイツの戦闘機ですから空中戦に関する訓練、試験が行われ、
その結果、尾翼部の強度が足りない、という事実が判明します。
(同時に実戦部隊でも尾部が吹き飛ぶ事故が発生してたらしい)
シュムードによると、これは陸軍航空軍が、Rolling
Pull-Out
Maneuver、
日本語だと回転引き起こし機動、とでもいう新たな戦闘機の空戦機動を
採用したため、従来の数倍の力が尾部にかかるようになり、
それまでの強度では足りなくなった結果なのだとか。
ただしRolling Pull-Out
Maneuverに関しての詳細は不明。
ちなみにカーチスの迷走で知られる(笑)XP-60も、
同時期の試験飛行中に尾部が吹き飛ぶ事故に見舞われてるので、
どうも1943年以降、アメリカ陸軍の戦闘機の操縦は、
かなり荒っぽくなったのかもしれません。
とりあえずムスタングは尾部の強度を強化してこの問題はあっさり解決してます。
ただしあくまで内部の骨組みの補強で、外部からでは補修の形跡は、
ほとんど見分けられません。
ついでに、どの生産段階からこれを行ったのかもはっきりしないのです。
マーリンムスタングでも、まだまだ謎は多いのでした。
さて、お次はXP-51の段階からアメリカ陸軍が指摘し続けていた
中低速域でのロール性能の低さ、すなわちエルロンの性能の補強です。
この点にはNACAが深くかかわってるのですが、
まずはロール性能って何で、それにエルロンがどう関係してるの、というところから。
まずはロールという機動に付いて。
これは進行方向を軸に、すなわち胴体を軸にしてグルリと横に回転する動きです。
これを行うには左右の主翼の揚力の大きさを変えます。
回りたい方向の主翼(上の写真では右)の揚力を落として降下させ、
同時に反対側の主翼(写真では左)の揚力を上げて
これを持ち上げる事で、胴体を軸に主翼をグルリと回転させるわけです。
この揚力の増減を担当するのが、矢印で示したエルロン(補助翼)で、
これを下げるとフラップと同じ効果で揚力が上がって主翼は持ち上がり、
対してこれを上に上げると、主翼上面の気流を押しとどめる形になり、
それによって揚力の発生を止めて主翼を下に押し下げます。
このため左右の補助翼は必ず上下逆方向に同時に動きます。
(自動電子制御のフライ バイ ワイアの近代航空機ではもっと複雑な動きをさせるが)
ちなみにエルロンが主翼の一番端にあるのはテコの原理で、より大きな力を発生させ、
より効率よく機体を回転させるためです。
(支点(胴体)からの長さ×力=作用する回転力)
こんな感じに、一方のエルロン(写真では右翼)が下がって揚力を強めると、
反対側(左翼)が上に上がりって、揚力を抑え、
これによって生じる揚力差によって機体を回転させるのです。
このF8Fは右の主翼の揚力が上がり、左が下がりますから、
胴体を軸に左回りに回転する事になります。
この操作は操縦桿で行うのでコクピットの操縦桿は左に倒れてるわけです。
以前も書きましたが、この辺りの動作は映画「紅の豚」を見ると非常によく判ります。
ちなみに機首を左右に振る、つまり尾翼の舵を左右に曲げるのは
操縦桿ではなく、足元のペダルで行います。
さて、ではなんで航空機はロールをする、すなわち胴体を軸に左右に回転させなければいけないのか。
それは飛行機が「曲がる」ためには、この機動が絶対必須になるからです。
地面に強力な摩擦で貼りついてるタイヤやキャタピラがない航空機が
空中で曲がるには主翼の揚力を使うのです。
船のように垂直尾翼の舵を使って機体の向きを変える、という事もできますが、
水に比べて密度の低い、すなわち影響の少ない大気中でそれをやると動作は極めて緩慢となり
曲がるまでに膨大な時間と距離が必要になって実用的ではありません。
しかも密度が薄い大気中では機体の横滑りが起きやすく、行きたい方向になかなか向けないのです。
This is photograph
FRE 13383 from the collections of the
Imperial War Museums
なので、こうします。
ロールによって機体を横に傾けると、主翼の揚力、機体を上に引っ張る力も横方向に傾き、
その方向に引っ張られる結果、そちらに向けて機体は素早く動きます。
強力な(この機体を空中に浮かべるほどの)主翼の揚力で向きが変えられるので素早い機動なわけです。
同時に操縦桿を手前に引いて水平尾翼に下向きの力を発生させる、
すなわち尾部を写真の手前方向に押し下げれば、
プロペラの推力は斜め前、曲がりたい方向を向くことになり、
行きたい方向に素早く旋回できる、という事になるわけです。
(操縦桿は主翼のエルロンと水平尾翼を操作して機体を操縦するようになってる)
旋回の角度によっては垂直尾翼の舵の操作(ペダルによる)も必要になるのですが、
とりあえずは機体を傾け、主翼の揚力を使って素早い機動をするのだ、
という点を見て置いて下さい。
これは安定した水平飛行から、機動への移行の素早さ、
すなわち静安定性の壊れやすさの基準、と思ってください。
これが航空機で行われる旋回、すなわち方向転換で、このためロール性能というのは
機体の旋回性能に直結してくる事になるのです。
なので、この能力の低さは戦闘機としては致命的でした。
ただし後で見るように、XP-51のデータを見る限り、アリソンムスタングは
飛行速度が速くなるほどロール速度も速くなる、という不思議な機体でした。
(通常は速度が上がるほど性能は悪化する)
ある意味、むしろスゴイのですが、とりあえずNACAの協力により、
中低速域でも十分な性能を持つようにエルロンは改良され、
それがB型以降のマーリンムスタングになってから搭載されます。
(ただしH型では再びまたノースアメリカンの開発に戻ったらしい)
これによってマーリンムスタングに旋回性の性能向上、そして操縦性の変化をもたらします。
ただし、パイロットによってはXP-51の操縦性が一番よかった、とも証言してるので、
性能の向上が必ずしも操縦の容易さにはつながらず、
乗りこなすにはそれなりの腕が必要になったのかもしれません。
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