■世界の動きとムスタング

歴史を考えるときは事実関係をざっと年表にまとめてしまうと、
全てが一目で理解できるし、意外な事にも気が付く、と書いてたのは
確か作家の海音寺潮五郎さんでしたが、このルールは航空機でも有効です。

というわけで、今回はムスタング基礎知識編の最後として、
ムスタングがどういった時期に、どういったタイミングで登場したのか、
を年表形式にまとめてみる事にしました。

まずは当時の戦争の推移と、ムスタング各型の登場時期の比較から。



本来はP-40が欲しかったイギリスに、ノースアメリカン社が逆提案して
ムスタング誕生に繋がったことはすでに書きました。
ここでは、その提案が受け入れられたタイミングが、
まさに低地諸国&フランス相手の電撃戦中の真っ只中だったのに注目してください。
(4月末から本格交渉が始まり、契約成立が5月29日)

この契約にはいろいろ言われてます。
ノースアメリカン社がすでにT-6テキサン(イギリス名ハーヴァ―ド)を納入した経験があり、
この時、納期を含め全くトラブルが無かった事、さらにバックにGMという会社が付いていて、
信頼性に問題が無かった事などなど。
が、同時にすでにフランスが事実上敗れ去り、後がなくなっていた
という状況も考慮する必要があるでしょう。
(イギリス陸軍が多くの兵器を放棄する事になるダンケルクの撤退戦開始が5月24日)

この危機感から、120日で初号機を仕上げろ、という無茶な注文が出るのですが、
ドイツ側の行動はさらに早く、2カ月足らずの後、同年の夏からはイギリス本土上空の航空戦、
いわゆる“イギリスの戦い”が始まってしまいます。
このため、虎の子のスピットファイアが
ドイツ空軍相手に全力で投入される事態になって行くのです。
イギリスがもっとも戦闘機を必要としたのがまさにこの時期なのですが、
残念ながらムスタング試作機の初飛行はその戦いが終わったあと、10月となりました。

このため、実は初飛行の段階で、すでにイギリスは当初ほどの興味を
ムスタングに対して持っていなかったと思われ、
以後のイギリスの意外に冷淡な態度は既に書いた通りです。
この結果、1段加速器のアリソンエンジンゆえの高高度性能の無さとあわせ、
イギリス空軍内では戦闘爆撃機として使われて行くことになります。
(P-40の後継機という扱いだったが、P-40はP-40で以後も使われた)

その後の開発の主役は徐々にアメリカ陸軍航空軍に移って行くのですが、
当初は無関心に等しかった彼らが、日本の真珠湾攻撃、すなわち日米開戦を機に
その意外な操縦性の良さと航続距離の長さに注目する事になるのも既に書きました。
もしこれが無ければ、さらにお蔵入りになってた期間が延びていたか、
下手をすると、そのまま何もなく終わってしまった可能性すらあります。

こうして見ると、ムスタングの開発は運も良かった、、
後押しが必要な時、敵のドイツと日本がキチンとそれをやってくれた(笑)、
という面が少なくない事が見て取れます。

ここでもう一度、同じ年表を。
次に注目なのは1942年以降のムスタングの開発です。



意外と知られてない事実としてマーリンエンジン搭載のB型の試作機、XP-51Bは
旧世代のアリソンエンジン搭載A型より先に初飛行してます(笑)。
なんじゃそりゃ、という感じですが、マーリンムスタング初飛行前に完成してたのは、
例の20o機関砲搭載で、ほとんどが偵察機にされてしまった無印 P-51と、
急降下爆撃型のA-36だけなのです。

さらに言うならA型の実戦投入から、最後の通常型ムスタング、
D型の初飛行までもせいぜい4カ月前後しかありませぬ。
次々とやってくる改良計画が、量産化の段取りをどんどん追い越して行った、
というのがムスタングの開発史の特徴かもしれません。
スピットファイアとかもかなりせわしない開発をやってますが、
ムスタングもほぼ同じような印象ですね。

このため、A型の実戦デビューからD型の実戦デビューまで10カ月前後の間隔しか無く、
1943年夏から44年6月ごろまでの10カ月の間にA型、B&C型、そしてD型が
次々とデビューする、という目の回るような運用となりました。
A型の運用開始からB&C型の運用開始に至っては4カ月前後しかなく、
ホントにA型は必要だったのか?という疑問すら出てきます(笑)。

ただし、A型は主に太平洋戦線、というかビルマ、中国方面の
対日戦に投入されたため、ヨーロッパに優先的に回されたB型とは、
運用部隊はほとんど重複してないのですが。
対してA-36は北アフリカと地中海方面に集中的に配備されてます。

さらにB型は初飛行から運用開始まで1年近くかかってるのに
次のD型は半年足らずで実戦投入されており、この辺りは長距離爆撃の護衛任務が
それだけ切羽詰まっていた、という事の反映でしょうね。


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