■ブーク M1 その2

お次はロシアの軍用機を15機、ドローンを17機撃墜したとするエース級のBUK M1部隊指揮官へのインタビュー。開戦から11カ月経った2023年1月30日に公開された記事となります。



●Photo:ARMY INFORM

記事に添付されていた写真。

ここでさり気なく右側に赤黒の旗があるのに触れて置きます。この旗、海外のウクライナ支援デモなどではよく見る事ができますが、第二次大戦中の結成されたゲリラ組織ウクライナ反乱軍(повстанська армія УПА/UPA)、いわゆるUPAの旗です。1942年に結成されているので、ナチスドイツに対抗する地下組織かと思ってしまいますが、とにかくウクライナの独立を阻むヤツは皆敵であるとして、ナチスドイツ軍だけでなくポーランド軍からソ連軍までとにかく片っ端から襲撃していた過激な組織となっています。そして民族主義者の組織ですから、ウクライナ領内のポーランド人相手に虐殺疑惑があってりして、政治的に微妙な存在だったのもまた事実です。ちなみに戦後は当然、ソ連政府から徹底的に弾圧され、冷戦初期には速攻で壊滅するのですが、今回のロシアの侵攻の中で反ロシアの象徴として、この旗が復活するようになっています。

ついでにロシア側はこれもウクライナのネオナチの象徴としてますが、ちょっと違います。UPAはドイツ軍とも戦っており、ナチドイツと協力関係にはありませんでした。ただしその兵の訓練と武器の調達を目的にナチスドイツが現地に造った警察組織に入り込んでいた時期があり(後に目的を達すると集団で脱走)、さらにその時期にウクライナ領内のユダヤ人虐殺に関わった可能性があるため、話は単純でないのもまた事実でしょう(ウクライナの対イスラエル外交が微妙なのはここら辺りが原因)。

そういった組織ですがウクライナでは人気が高く、ユーロマイダンの動乱時(この辺りは増刊号を見てね)には赤黒の旗が多く見られていたのも事実です。さらになぜか本物のネオナチ連中もこの旗を好むため、話がややこしくなっています。どちらも無知からくる誤解でUPAを美化してしまった結果だと思われますが…

さらに余談ながら、この写真では自衛用の対空機関砲があるのも確認できます。この手の対空機関砲は使い勝手が良く、低空で侵入して来る敵機はもちろん、地上の軽装甲車両くらいなら遠距離から粉砕してしまいます。一部隊に一台あって損はない装備なのです。ちなみにそういった運用は既に第二次大戦の時、ドイツ軍がやってました(対空ミサイル部隊では無く高射砲、主に88mm FlaK部隊)。ちなみに奥に見えるトラックは指揮車両ではないので、兵員の移動用でしょうか。

といった辺りが前置きで、以下がそのインタビューの内容です。


●ロシアと国境を接するハルキウ州一帯には開戦から一か月近く、3月20日ごろまで地対空ミサイル(SAM)の配備は無かった。

●その段階までのロシア軍はかなりの規模でハルキウ州一帯に航空戦力を投入していた。大規模な編隊も見られた。強力な500s爆弾なども投下された。500kg爆弾が投下された跡には巨大なクレーターが出来る。

●そのような状況の中で我々のブークM-1対空ミサイル部隊がハルキウ州に到着した。

●当時から既に歩兵の携行型SAMはあったので、ロシア軍は警戒して低空を避け、レーダーに簡単に引っかかる高度5000m以上で飛来していた。

●このため高高度の敵を撃墜できるブーク部隊の到着は歓迎された。配備された直後の3月21日には初の撃墜も記録した。撃墜は歩兵部隊からの無線連絡で確認された。初めての事なので、信じられないような気持だった。

●翌22日にはさらに2機、そしてドローンを1機撃墜した。この3月だけで最終的に7機の撃墜を記録した。

●敵機を撃墜すると友軍の常に歩兵から感謝される。それは自分たちの戦意高揚に繋がった。

●その後、イジューム、クピャンスク周辺の激戦地で任務に就いた。戦闘任務にあった8カ月間に航空機15機、ドローン17機、計32機の撃墜を記録している。

●砲撃より航空攻撃の方が脅威だと歩兵から聞いた。当時のロシア軍の機体は飛行高度が高く、その襲撃に気が付かないまま500s爆弾の攻撃を「突然」受けることになったからだ。
(筆者注・音速は秒速約340m前後だから、地上でエンジン音が聞こえるまで約15秒かかる。爆弾の落下時間は落下距離を求める積分式、1/2g t^2=h を時間を求める形に変形すれば出るから約32秒。音に気が付いてから退避まで約17秒しかない。さらに戦闘中なら銃声で高高度のエンジン音なんて聞こえないだろう)

●最大数百kmまで探知できる索敵レーダー部隊と協力し、その情報を基に自分たちのBUK照準用レーダーの電源を入れて稼働させ、目標を補足する事から迎撃任務は始まる。
(筆者注・索敵レーダーは部隊ごとにレーダー車が単独で配備されているのではなく、どうも別部隊として活動してるらしい。この辺りの詳細は良く判らないが、ウクライナ軍のブークM-1のミサイル車両は単独で写真に写っている事が多くミサイル車両ごとに独立して行動している可能性がある。インターネットを介した情報ネットワークがあれば可能なのかもしれない)

●ロシアの航空機にはレーダー警報機があり、ウクライナ軍の地対空ミサイル(SAM)のレーダー照準にロックオンされると直ぐに判る。

●当初敵パイロットは自分たちの力を過信し、ウクライナ軍をなめていたので、警告を受けてもそのまま真っすぐ飛んで来る事が多かった。

●無線を傍受すると敵の反応が良く判った。緊急無線を発する間もなく撃墜されてしまった機体には誰も気が付く事ができない。間もなくその機体を呼び出す無線が確認できた。七番機と五番機を盛んに呼び出すのだが、既に撃墜されて存在しないため誰も答えないのだ。

●逆の場合もある。撃墜されたパイロットが無線で自機が火災を起こしいると叫ぶのだ。この時、敵は自分たちが狩る側では無く、狩られる側なのだと気が付いただろう。

●多大な損失を出した後、しばらくロシア機は飛来しなくなった。やがて再開されたが、その行動は以前とは大分異なったものになった。

●ロシアのパイロットは直線飛行を止めてミサイル回避軌道を取るようになった。
(筆者注・不規則にジグザグに飛んで未来位置を予測されない飛行だと思われる。ベトナムで米軍機がよく見せたものだ)

●我々の対空ミサイルが発射されたかどうかに関わらず、ロックオン警告を受けると極めて早く爆弾を投下してしまうパイロットも居た。この点は、レーダーで敵機を見ていると機体速度が速くなり(爆弾を投下して軽くなったから。空気抵抗も減る)、すぐに帰還ルートを取るので簡単に判別できた。

●ただし中にはロックオンされたまま、撃墜されるまで直進を続けるパイロットも居た。レーダー警告装置が壊れていたのだと思う。

●9月のハリコフ電撃戦にも参加した。部隊には作戦全体の内容が知らされておらず、戦闘中にその壮大な規模を知った。

●前線部隊の防空のため数時間で数十kmの距離を移動した。そこで指令を受けてさらに数十km移動する事になった。

●こういった移動任務は拠点防御に比べてはるかに難しい。

●敵の地雷があるため、道路を外れて畑などの開けた土地へ展開する事が困難だった。必要がある時は地雷探知機で安全を確認した。

●包囲されたロシア兵の中には個人で逃げようとする兵も居た。そういった一人を捕まえた。

●結局、この作戦中、ロシア側の航空機は出て来なかったので我々の部隊の出番は無かった。

●ただし以前に撃墜したロシア機の残骸が残って居たので、自分たちの戦果が意外な形で確認できた。

●占領地には多くの宣伝ビラ、子供向きの教科書などが多く残されていた。ロシアは洗脳を重視していたのだ。

●占領地の民間人は塹壕堀などの強制労働に駆り出されていた。

●ロシア軍は撤退時に徹底的に略奪を行い、家電から自転車、車まで全て持ち去った。

●現時点で(2023年1月)防空システムの兵器は開戦時と比べて大きな変化はない。
(筆者注・西側の対空ミサイルはまだ前線に届いてない、という事だろう)

●防空網はますます密になりつつあり、その突破はより困難になるだろう。

●実戦経験を積んだ対空部隊の兵員が増えているのも大きな力になるだろう。


■実戦における教訓

ここからは彼らが実戦で学んだことを中心にまとめて行きましょう。

●敵の航空機は最優先で地対空ミサイルを破壊来る。よって我々は常に脅威にさらされる事になる。

●最大の脅威は敵の航空機が持つ対レーダー誘導ミサイルだ。これは誘導ミサイルユニットからのレーダー波を探知して突っ込んで来る。

●高速で移動するジェット機は捕らえても数秒で画面から消えてしまう。素早い操作が必須である。

●同時にこちらの操作に時間が掛ると敵の対レーダーミサイルに捉えられて攻撃される危険性が高まる。
(筆者注・ロックオンから撃墜までレーダーを敵機に照射し続けるので、これを探知されてしまうからだろう。新しい世代の地対空ミサイルは一度ロックオンしたら撃ちっぱなし可能で、発射後にすぐにレーダーの電源を切れるが、旧世代のブーク1では恐らく出来ないと思われる)

●敵機の数が多いほど、自分達が探知される危険性は高まる。

●このため、発射までの全操作は2分以内で行う必要がある。

●一度だけ、敵の対レーダーミサイルを逆に撃墜できたことがあった。ただしこれは退避が不可能なので撃墜以外の手段がない緊急回避手段だった。

●迎撃に成功しても、直ぐに移動、退避しないと攻撃を受ける可能性がある。

●部隊が上空から発見されないように偽装する事が重要だ。このため上空から偽装の状態を確認できるよう、小型ドローンを部隊は持っている。同時に偽装に仕えそうな木や草が周囲に無いかを確認するのにも使う。

●部隊を隠す偽装は地味な作業だが重要だ。これに何度も救われた。

●ロシア側はこちらの位置を確認できないまま砲撃して来る事があるが、手当たり次第の砲撃で脅威にはならない。

●戦闘任務中は敵機がいつ飛んで来るか判らないから、24時間態勢の任務となり疲労は激しい。寝る暇も食べる暇もほとんど無い。

●ブークのレーダーモニタには雲や大気現象によって無数の緑の光点が明滅する事が多い。その中から敵機を素早く判別しなくてはならない。

●高度、速度、反射の大きさでこれらの中から敵機を判断する。さらに戦闘機、ヘリコプター、ドローンなどを見分ける。

●飛行速度、機動、高度、レーダー波の反射の強さなどからこれを判断する。

●常に素早い判断が求められる。レーダー探知中は最も敵から発見され易くなるからだ。こちらのレーダー波を探知されるし、敵からのレーダ波も大きく反射する。
(筆者注・車両先端にあるレーダー部を敵機に向けるため発射装置を上に持ち上げるから前面投影面積が大きくなるという事だろうか)

●特に一瞬で消える小さな高速目標は要注意だ。敵が我々に向けて発射した対レーダー誘導ミサイルだからだ。



記事に添付されていたブーク M-1のレーダー装置の写真。かなり旧式で、デジタル化されているかも怪しい気がします。それでも十分にロシア軍の航空機の脅威になってるわけです。この辺り、第二次大戦のドイツ上空で連合軍の機体を最も多く屠ったのはドイツ空軍の戦闘機ではななくレーダー誘導による地上の対空砲網だったこと、ベトナムでもアメリカ軍の航空機に損害を与えたのは、ほとんどが地上の対空砲火だったことを思い出させます。航空戦の最大の敵は敵戦闘機では無く、敵の地対空兵器なのだ、という原則は未だ有効のようです。

この点の対抗策がステルス機であり、これは敵に発見されないのと同時に、レーダー誘導兵器にロックオンされない事で生存性を高める兵器として開発が始まりました(ロッキードのステルス一号、ハブブルーは対空ミサイル部隊上を探知されずに通過して合格となった)。なのでステルス機が大量に実戦投入されたらこの辺りの状況がどうなるのか、興味深い部分ではあります。よってステルス機は万が一ロックオンされても簡単にレーダー追尾を振り切って逃げ切れる、という能力が無ければ無意味なんですが、F-35のケツを見るたびに、この設計をやったのはどこの馬鹿だと筆者は思っています。あれはステルス機じゃねえよ。その上であの性能なんですから…。

とりあえず、第二次大戦以来、未だに地対空兵器は脅威である事は間違いないようです。ステルス機は本当にこの脅威に対抗できるのか、が確認できるまで、この状況は変わらないと思います。高価すぎるので恐らく無人のステルスドローンなどでこの辺りは徐々に明らかになって来ると思われますが、ステルス技術でもこの脅威は乗り越えられなかった、となると空の戦いは新たな展開を見せる事になるでしょう。ステルス化のための今までの努力は全部無駄だった事になるのですから。この点、ロシア空軍はここまで追い込まれながら、未だに最新ステルス機、Su-57を本格投入していません(現在確認できる範囲では、他の機体と同じくウクライナ軍の防空圏内に突入させず、数回出撃させて終わっている)。ステルス機は対空ミサイルレーダー網に対して必ずしも特効薬にならんとロシアが気が付いた結果だとすると、これは重要な意味を持ちますが、現状は情報が少なすぎますね。

といった辺りで、今回はここまで。

https://armyinform.com.ua/2023/01/30/staly-zhahom-dlya-rosijskyh-lotchykiv-na-harkivshhyni-bojova-obsluga-buka-zbyla-15-litakiv/?utm_source=mainnews&utm_medium=article&utm_campaign=traficsource

 


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