■ウクライナ側の戦訓 戦車兵編
今回の戦争では現在進行形で情報がガンガン出て来る、という人類が未だ体験したことが無い状況が出現しており、さまざまな戦訓がかつてない速度で見る事ができる、というのは前回指摘した通りです。こららを見る限り、凄まじい速度で戦争の形式が進化してるのが判り、これまでの常識は次々と修正を迫られている印象がありにけり。これは21世紀の戦争なのです。
ただしとにかく宣伝臭が強くて中身が薄いロシア(独立系の報道機関が興味深い情報を出すこともあったが開戦後しばらくしてそれも無くなった)、鵜呑みにするのはやや注意だけど積極的に現場からの声を公開するウクライナ、という明確な差があります。よってどうしても情報はウクライナ側に偏るのですが、今回の戦争で明らかに優位に立ってるのはこちらなので、学ぶべきことも多いのもまた事実でしょう。
今回からは開戦より約一年後に至るまで、ウクライナ側が発信してきた情報の中から興味深い物を取り上げてゆきます。まずは前回のロシア側に続き、ウクライナ戦車兵の皆さんのお話から。
■Photo: ARMYINFORM
開戦に至るまでウクライナ側の主力だったT-64戦車。基本的な設計は1960年代中盤で、ソ連時代、すなわちウクライナ独立前から使われていた旧式戦車です。ただし2014年のロシアの干渉による内戦以降、2017年からウクライナ軍はこれを近代化改修し始め、開戦前年の2021年までに終了していた、とされます。
写真はその改修後の姿。例のリアクティブアーマーの一種、爆発反応装甲が取り付けられた他、夜間の赤外線暗視装置と最新型のデジタル無線装備が追加されたのはほぼ間違いないようで、これが前回のロシア側の戦車兵のインタビューに見られた優位を確保した可能性あり。その他にもデジタルネットワーク装備が搭載されたようですが詳細は不明。塗装もいわゆるデジタル迷彩になってます。
余談ですが、最近のデジタル迷彩は画像識別系ソフトウェアに認識されにくいようにデザインされており、デジタル時代の偵察でも見つけにく、という話があったんですが、今回の戦争に参加していたウクライナ兵によるとその効果は「微妙」らしいです。
ちなみにウクライナ軍にはT-84、T-80UD、T-80B、T-80BV(BV-1、B-1))、T-72といった戦車もありましたが、数はそれほど多くなかったと思われます。
■戦車長 Роман
Багаєв(ローマン・バハユウ)へのインタビュー
開戦後、約2か月たった2022年5月に収録されたインタビューより。2014年からの内戦で戦車兵として戦った後に退役、今回の戦争で再度戦車兵として従軍した方で、現役時代から優秀な戦車兵としてウクライナでは知られていた人物だったようです。比較的開戦初期のインタビューですが、ざっと箇条書きでまとめてみましょう。
〇開戦時には戦車工場で働いていた。2月24日の侵攻後に召集され(退役戦車兵だった)訓練所に送られた。
(筆者注・再訓練のためではなく、どうも戦車がそこにしか無かったという事らしい)
〇訓練所には乗員の居ない車両がいくつかあったが整備が必要なものばかりで修理に数日かかり、その後、戦場に出た。
(筆者注・やはりウクライナ側は開戦を予測しておらず、不意討ちを食らったと見ていいだろう)
〇復員後、可能な限り内戦時代に一緒だった乗員を呼び集めて再度共に戦っている。
〇配備の初日に首都キーウとその西の都市、ジトミル(Житомир)を結ぶ高速道路で配置に着いた。
〇一帯では前日から戦闘が始まっており、損傷した戦車の交代として我々の車両が派遣された。
〇現地の住民から熱狂的に歓迎された。敵の位置情報などの提供も受けた。
〇その情報に基づき最新型のT-80BVM戦車を発見した。
〇ロシア側の戦車は我々と同じ2A26 125o滑腔砲を搭載するなど共通点も多いが、操縦系統は若干異なっていた。
〇ロシア側の装甲車両は最新のものとMTLBのようなソビエト連邦時代のものが混在していた。
〇キーウに展開してる時、部隊にやって来る犬にエサをやっていたが、これは野生のオオカミだと地元の猟師に教えられた。
〇オオカミは夜間になると何処かに出かけて行ったが、偶に夜にも残って居て何かが接近すると教えてくれた。このため警備にも役に立った。
(筆者注・今回、ウクライナ側の多くの部隊がマスコット的なペットを飼っているのが確認でき、興味深い行動だと思う)
〇南部のヘルソン州とムィコラーイウ州地区に派遣されてから始めて本格的な戦闘を経験した。
〇ロシア側は攻撃の最初に遠距離からの榴弾砲、ミサイル、さらには航空攻撃で大規模な攻撃を仕掛けて来る。これらは2014年の内戦時には見られなかったものだ。当時はもっと近距離からの砲撃しか無かった。
〇ただし戦車の中に居る限り直撃以外は怖くない。砲弾の破片や爆風でやられる事は無い。
〇ロシア側は有翼型のドローン、オルラン10を飛ばして砲撃の誘導をやっていた。上空にそれらが飛んでるのが見えた。
〇それらは目標が破壊されるか逃げ去るまで上空に張り付いている。
〇私自身は一度も戦車対戦車の戦闘を経験していない。装甲車両との戦闘はあった。
〇私の知る限りロシア兵は進んで攻勢に出る戦意が弱いと思う。すぐに塹壕を掘って防衛線を造りたがる。
〇我々も現在、防御を終えて攻勢に出てるが、攻勢の方が困難は多いのは事実だろう。
https://www.youtube.com/watch?v=oxSHBAjmM5M
とりあえず、今回の記事で出て来る場所を一通りまとめた地図も載せて置きます。
■マリウポリから来た戦車中隊長
初期の激戦地であるマリウポリは最終的にロシア側が占領に成功するのですが、そのロシア側の包囲完成直前、4月11日に現地から強行突破で脱出した第17独立戦車旅団の中隊長、オレー バロゼブチ(Олег
Грудзевич)中佐へのインタビュー記事。
中隊長で中佐と言うのは変ですが、ウクライナの戦車中隊(Танкова
рота)は10両前後ながら独立して行動する戦術単位である事、さらに後に昇級しており、当時はもう少し低い階級だった、という事のようです。インタビューは2022年の年末近くになってからのモノで、本人は昇級のため国防大学に入学中でした。2022年12月19日の日付で公開されていますが、実際は彼がマリウポリ方面で戦った2022年4月ごろまでの話が中心になっています。このため、以後の戦車兵の談話に見られるドローンと連携した長距離砲撃、ロシアの戦車兵の練度の低下という話は出て来ません。それでも興味深い話になっています。
戦車は最高だぜ、と言う彼の主張は、本人が戦車部隊の隊長という点を考慮する必要はあるかと思いますが、それでも説得力がある話になっています。ちなみに記事のタイトルは「戦車の時代は終わらない」でした。記事は質問回答形式でまとめられてるので、本記事もそれに倣います。
●戦車の戦力としての重要性はどういった点ですか。
これまでも、現在も、そしてこれからも戦車は手強い兵器だ。私の経験では防衛戦に戦車が現れたら、敵は危険を冒して攻撃してこない。ロシア兵は戦車を見ると走り去ってしまう事が多かった。その後、一両の戦車対し四〜六倍の戦車を集めて火力の優位を確保してからようやく攻撃して来る。戦車は戦術レベルで最も強力な攻撃手段である砲兵と同等の位置にあると思っていい。
●戦争の進行速度、テンポの速さについて、どのような戦訓がありますか。
これまでの経験から、戦場の状況変化の速度は極めて速いと言える。ほとんど1分ごとに変化する。あらゆる段階の指揮官(筆者注・現地の小隊長、その後方の中隊長、さらには戦線後方で部隊全体を指揮する大隊長、そらにその後方で戦線全体を指揮する旅団・連隊長)がその変化に対応するには最新技術を広く活用せねばならいが、なによりもまず偵察のドローンである。大規模な攻撃を受けると状況は分単位で変化する。早急に適切な判断を下す必要があり、そのためにはドローンによる偵察とモバイルインターネットによる情報共有が必須になる。
●戦車部隊の中隊長の指揮は前線か、それとも後方に下がって機器の揃った基地からか、どちらが適切ですか。
良く受ける質問だが、私の経験からすると前線では無く、後方の機材の充実した基地か十分な装備を持つ大型装甲車両から行うのが望ましい。状況の把握と適切な決断を下すのにはその方が適しているからだ。現場で戦っている戦車長を始めとする乗員は全体の状況を把握する事は出来ないから、中隊長からの無線指示に従って行動する方がいい。ところが中隊長自身が戦闘に巻き込まれてしまうと全体の指揮が執れなくなる。そうなると10台の戦車は統制が取れず、単なる10台の戦車となり、連携することで数の優位を活かす事が出来ないままとなる(筆者注・ウクライナの戦車中隊は10両で構成される)。
よって中隊指揮官は4〜5q戦線から下がって指揮するのがいい。守勢に回っている場合は地下壕が望ましいだろう。そこでドローンから得た情報で戦線全体の状況を見て指揮する方が、判断は速くなる。さらに適切な指示が中隊長から与えられる事で現地で戦っている戦車の乗員の士気も高くなる。
●ロシアとウクライナの指揮系統の違いは何でしょう。
最大の違いはウクライナ軍の場合、現地の指揮官に意思決定の自由が与えられている事だ。ロシア軍の場合、それが認められておらず、常に後方の司令部に確認が必要となり意思決定が遅くなっていた。
(筆者注・「判断」を現地指揮官に委ねる事で複数のループを同時に回す典型的なOODAループの高速化である。一人の指揮官にあらゆる「判断」が求められてループの回転が止まってしまうのを避ける指揮系統で、ここまで踏み込むにはアメリカ海兵隊の戦術指針、機動戦の理解だけでは無理でだろう。恐らくOODAループ段階から理解している)
さらにウクライナ側は固定観念に捕らわれず、最新技術を次々に取り入れて戦っている。それは開戦から現在に至るまで変わってない。ロシア側の戦術は固定観念に固まっていて、常識的な範疇を出ないのでその行動の予測は簡単だ。ただし現状はロシア側も学習しており、特に民間の傭兵集団であるワグネルの部隊(PMC)には変化が見られる。
●今度の戦争を通じて戦車乗員の訓練に重要な事は何だと思われますか。
第一に専門的な訓練、そして高い戦意と心理状態の維持(筆者注・ここは意味が良く判らないがパニックにならない冷静さの事か)。第二に乗員間のチームワーク、信頼の育成。そして第三に乗員の互換性の確保。運転手が負傷または死亡した場合、別の乗員、車長や砲手が代りに運転できなければならないし、運転手もまた武装を使えるようにしなければならない。実戦では乗員の互換性がとても重要になる。
●あなたの経験から戦車の設計で重要なのはどの点だと思いますか。
戦車の理想形は無人で運用できる無線操縦だが現実的にはエンジン出力の向上、乗員の生存性の向上が急務だ。
●戦闘に影響を与えると思われる戦車の機能は何でしょうか。
高速に砲弾の装填が出来、より多く撃てる方が戦車戦では優位だ。自動装填装置は重要である。同時に照準装置の正確性も重要だ。当たり前だが、より多くの砲弾をより正確に命中させた方が勝つ。この点でウクライナの主力戦車、T-64はロシア軍のT-72より砲弾の再装填速度が速く、照準装置も優位だった。(筆者注・おそらく赤外線暗視装置の事か)
ほとんどの戦闘は4〜5キロメートル以下距離で行われ、戦車戦はさらに近距離で発生する事が多い。我々の戦車が搭載する125o滑腔砲の有効射程距離は4500mだが、ほとんどの戦闘はそれ以下の距離で発生した。この点、ウクライナ東部は人口密度が高く、地形の凹凸も激しいという特徴がある。こういった地形で人口密集地だと戦闘距離は短くなる(筆者注・地形に隠れるのに加えて住宅などの建物が邪魔になるので)。
2018年、我が旅団はハルキフ装甲工場で大規模な改修を終えた戦車を受領した(筆者注・T-64だと思われる)。この時、新しい暗視装置が装着されたものの、専門家が来て使い方を教えてくれるまでは使え無かったのだが。日中の戦闘が望ましいが、夜間でも行動できるようにする必要がある。よって訓練は昼も夜も行わなくてはならない。
●ロシア側の戦車兵はどうでしたか。
私が戦った範囲では良く訓練されており、防御戦闘では特に優秀なものを見かけた。練度は戦車戦で大きな要素となる。戦車対戦車の戦いで敵の乗員がよく訓練されていると困難な戦闘となる。ただし攻勢に来た場合、こちらが守備的な戦闘を行えば問題無く対抗できた。ジャベリンやNLAWなどと併用して戦車を使うと、かなり効果的に戦える。
ただしマリウポリでの戦闘経験では、敵は良く訓練されているとは必ずしも言えなかった。我々の一両の戦車に対し、最低でも四両、場合によっては六両集めて数の優位を確保するまで攻撃を仕掛けて来なかったからだ。我々の戦車を見ると皆逃げてしまった。開戦直後の2月24、25日ごろには敵の機甲部隊は隊列を組んで行動しており、一台や二台被弾しても止まらなかったと聞く。その後、被害が増えるにつれて無謀な前進は見られなくなったようだ。
対して防衛戦闘に関してはロシア側も良く訓練されていたと言える。敵に戦車が二両あれば、かなりの部隊が足止めされてしまった。ただしそれらも四軸プロペラのドローンが来て、敵の位置が上空から正確に見えるようになると破壊する事が可能になった。
●戦車の時代は終わったと言う人達が居ますが、どう思いますか。
私に言わせるなら、戦車の時代はこれからしばらく続くだろう。それどころか戦場における戦術段階の進化はまだ頂点に達していない可能性がある。第二次世界大戦から進化し始めた戦車の歴史は他の兵器に比べてまだ浅い。現在はドローンを利用する事で目視距離の外から敵の装甲車両や陣地を砲撃出来る時代になっている。戦術はまだまだ進化するだろう。
筆者注・戦車戦すらもドローンによって大きく変貌しつつある、という話に注意が要るでしょう。この戦争は完全にドローン戦争であり、そしてこれからの戦争も全てそうなって行く可能性が高い、と見るべきだと思われます。
https://armyinform.com.ua/2022/12/19/era-tankiv-shhe-dovgo-ne-zakinchytsya-geroj-ukrayiny-oleg-grudzevych/
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