■両軍とも航空戦力が決定的な打撃力になってない これが二つ目の謎です。 先に見たように両軍とも未だに決定的な航空優勢を握ってません。それでもレーダー網に引っかからないように超低空飛行で敵地に侵入、攻撃し、敵の歩兵が持っている携行型赤外線誘導地対空ミサイルを避けるため、フレア、強烈な赤外線を発生させる発火弾を盛大にまき散らして逃げてるのが公開動画などで確認できます。航空攻撃が無いわけでは無いのです。ところが、従来の戦争のように、それが決定的な打撃力、戦闘の行方を左右する要因になっていません。 第二次大戦以降の戦争においては、視界の利く高度で自由に、そして高速に移動ができ、強力な兵装が可能な航空戦力が決定的な役割を果たすことが多く見られてきました。ところが今回の戦争では一定の航空攻撃が行われていながら、現状明らかになっている戦闘報告などを見る限り、それが決定打になっている様子が一切見られないのです。 この点、ロシア側は長距離砲撃の場合と同じく、敵の都市や要塞化された一帯に航空攻撃を集中させたので、そもそも意味が無い、という部分があるのは確かです(隠れる場所が多い都市部、要塞地帯で航空兵力の効果は大きく損なわれる。実際、ロシア側は戦争初期の最大の激戦地、マリウポリに徹底的な航空攻撃を続けたが一か月以上に渡り完全に陥落させる事が出来ず、兵站が尽きて敵が降伏するまで待つしか無かった)。 それでも開戦直後に戦ったロシア側の戦車兵Алексей Ухачёв大尉(後に戦死)の証言などでは、当初は一定の空からの援護攻撃があった、シリア帰りのベテランパイロットによる攻撃は正確でよく命中した、などと述べられており、少なくとも開戦当初は有効な航空攻撃があった事が伺われます。ところがその緒戦からしてロシアは優位に戦闘を進められておらず、以後はじり貧に追い込まれます。開戦当初に前線では航空優勢を維持していたのに、これを活かせなかったのです。 これは完全に謎、という他無い部分です。さらに夏以降、対レーダー誘導ミサイルをアメリカから供与されたウクライナ軍がこれによって一定の航空優勢を取り返した後も、やはり同じような状況になっています。すなわち両軍とも、航空戦力が大きな役割を果たしてません。国家間の事実上の正規戦争(ロシアとプーちゃんは戦争では無いと言い張ってるけど)で、航空戦力がこれほど役に立ってないのは初めてだと思われます。そしてその理由は、現状、全く判らんのです。少なくとも世界有数の空軍を持つロシアがその優位を全く活かせて無いのは謎と言う他ありませぬ。 この辺りはいずれ、もう少し情報が出て来てから、再度考えたいと思っております。 photo ARMY Inform ちなみにロシア側もウクライナの航空戦力を迎え撃つため、移動式の地対空ミサイル部隊を現地に送り込んでいました。圧倒的な航空戦力だけでは勝てない、と知っていたわけで、そういった意味では自ら作り上げた北ベトナムの対空ミサイル網の戦訓を正しく理解していたのです。そしてそれでもウクライナの空は制する事ができなかった、という事になります。何かが起きてるはずなんですが、それが何か、現状は全く判らん、というのが正直な所です。 写真は戦争初期にウクライナ側が鹵獲したロシアの自走式地対空ミサイル(SAM)システム、パーンツィリーS1(Панцирь-С1)。短距離迎撃用のSAMですが、これ以外にもロシア側が自走式の長&中距離地対空ミサイルシステムをウクライナに持ち込んでいたのが確認されており、ロシア側も地対空ミサイル(SAM)で迎え撃つ気満々だった事が伺われます。 さらにまともな海軍を持たないウクライナに対し、黒海艦隊のレーダーと対空ミサイルも活動していたと見られます。実際、これらは一定の戦果を上げており、開戦直後に活躍したウクライナの固定翼ドローン、バイタクルTB-2はロシア側が本格的に対空システムを構築すると、一時的にその活動が抑えられていたと見られます。 ただし、それでもあくまでロシア側の占領地区だけであり、ウクライナ領に対しては、全く航空優勢を獲ることができなかったのです。さらに言えば、アメリカが対レーダー誘導ミサイル、AGM-88 HARMの供与をウクライナに対して開始するとそれすら怪しくなり(地対空誘導ミサイルでは発見と初期の照準にレーダーが必須)、再びTB-2が活躍し始めた事が確認されています。この辺り、ウクライナ側の運用が上手いのか、ロシア側の運用がヘタレなのかは現状、判りませんが…。 ただし前回も触れたように、本来なら前線から後方の安全地帯に展開し地対空ミサイル(SAM)を安全に運用する予定だったのが、ドローンによる誘導砲撃であっさり粉砕されてしまった、よって前線の先どころか前線の内側まで、移動式地対空ミサイルでカバーできていなかった、という可能性も考えられます。 この点、S-300系などの長距離対空ミサイルなら、最大射程は少なくとも100q以上あるため、前線の後方から敵地上空の戦闘機もバンバン落とせたはずです。これが出来ていないのは、ドローンと長距離砲の攻撃によって前線の遥か後方に展開せざるを得ない状況に追い込まれたからだ、という可能性は高いと思われます。 photo ARMY Inform ウクライナ公開した、対レーダー誘導ミサイル、AGM-88の運用写真。 敵のレーダー波を追いかけて突っ込んで行くミサイルです。敵も馬鹿では無いので、見つかったら速攻で電源を落とすでしょうが、このミサイルは一度探知した相手を記憶しており、そちらに向かって突っ込んで行きます。地対空ミサイル(SAM)部隊にとっては極めて脅威でしょう。 ちなみに写真のように、本来なら搭載できる設計になって無いMIg-29にAGM-88を強引に搭載して運用してるのがウクライナ空軍の凄いところであり、さらに一定の戦果を上げてるのですから驚く他ありませぬ。コクピットの構造は昭和の匂いがするかなり旧式なもので、そこに民生用のGPSやら液晶タッチパネルやらを括りつけて運用してるのです。これに勝てないロシア軍がヘタレなのか、ウクライナ軍が凄いのか、その辺りの要素は半々かなあ、と思っております。 ちなみに赤い丸の奥に見えてる白く長細い物体がAGM-88ミサイルであり、手前のクマさんのぬいぐるみはパイロットが持ち込んでる幸運のお守り、マスコット。一度でも生還に成功したら、その時持って行っていたマスコットは、以後、お守りとして同行し続ける事になるわけです。この辺りは第一次世界大戦以来の、欧米圏のパイロットの伝統でしょうね。 といった感じで、今回は一部の謎を残しながらここまでです。 |