榴弾砲の新時代

近代的な小型無人機、ドローンの運用によって劇的に強力な兵器となったのが長距離攻撃の兵器である榴弾砲、そしてロケット砲です。今回の戦争では電撃戦に入った場合を除き、その活躍が特に目につきます。それはなぜかを最後に少し触れて置きましょう。



陸上自衛隊の203o自走りゅう弾砲M110A2。砲を自走化する事で素早い展開と撤退が可能です。そしてこの「展開速度」が極めて有効に働く点が今回の戦争で証明されています。

155o以上の大口径榴弾砲は、通常20qを超える長大な射程距離を持ちます(自宅から20qの半径を地図で確認すると驚くと思います)。強力な大口径砲弾と合わせ、驚異的な打撃力を持つ兵器なのです。ただし従来は致命的な欠点がありました。そもそも人間が立った状態、2m前後から見える地平線の距離は最大5q前後しかなく、戦車の上に登ったりして4m前後の高さを確保してもせいぜい8q前後先までしか見えないのです。当然、地平線の先に何があるかなど見えるわけがありません。すなわち20q先なんて、どうやっても見えないし、見えない以上、まともな照準なんてできないじゃん、そんなの当たるわけがないじゃん、という話になるわけです。

従来の戦術では偵察部隊が前線まで進出、敵の位置を目測で計り、その座標情報を基に後方の砲兵が撃つ事になります。ヘリや小型機で観測という手段もありましたが、敵の歩兵が赤外線誘導の携行式対空ミサイルを持って歩いてる現代では現実的な方法とは言えませぬ。

当然ながら、偵察部隊が都合よく前線近くまで進出できるとは限りませぬ。さらに進出に成功したとしても目視による位置情報の正確さは限られてますから、結局、一定の想定面積に対して砲弾をばら撒くように撃つしかありません。それでもある程度の損失を強いる事は可能だったのですが、近年の戦争では砲撃探知レーダーが機甲部隊に持ち込まれるようになりました。高周波レーダーでせいぜい20qなら、砲弾の飛来方角はかなり正確に読み取れるため、砲撃開始直後には射撃地点をほぼ特定されてしまうのです。そうなると当然、速攻で反撃を受けることになります。精密な位置情報が無い撃ち合いで命中弾が出る確率は完全に運ですから、この場合、自分が先に撃破されてしまう可能性も決して低くありませぬ。よって砲撃を中断して撤退するしかなく、ただでさえ命中率が低いうえに弾数も少ないのではまともな戦果は望めないでしょう。

すなわち近代戦に置いて長距離りゅう弾砲&ロケット砲は使いどころが難しい、お世辞にも決戦兵器とは言えない存在でした。都市や要塞などあらかじめ正確な座標が判ってる相手を砲撃するのが関の山、という事です(これをやった、というかこれしか出来なかったのが2月の開戦から夏までのロシア軍だ)。

この点を根本的に覆してしまったのが、今回の戦争におけるドローンによる観測とGPSによる位置測定だったわけです。正確な位置座標から格段に多くの有効弾を撃ち込める事になったのですが、そこにGPS誘導弾が加わる事で、とにかくドローンで敵を先に見つけた方が絶対負けない、従来以上に先手必勝の戦争が完成した、という事になります。

ただし現実的には一部を撃ち漏らす可能性がある上に高価な誘導弾も限られるため、全く反撃を受けない可能性はまだ低く、とにかく有効なだけの弾数を速攻で撃ちこんで即時撤退、が基本となっているようです。このため長距離砲は自走式が基本で、それが無理ならアメリカのM777榴弾砲のように軽量で展開、移動が容易な砲が必須となっているとされます。

それでも従来の長距離砲撃に比べれば格段に多くの命中弾が出る事になり、しかも修正なしで初弾から命中を狙ってゆきますから、敵に退避、対策の時間をほぼ与えません。実際、この戦法が採用され始めたと見られる夏以降のロシア軍の活動を見ると、相当な損失を受けてるのはほぼ間違いないと思われます。極めて有効な戦術、と言っていいでしょう。



ちなみに2022年の夏以降にウクライナ側が公開した映像では、戦車兵がドローンの赤外線映像を見ながら砲撃してるのが確認できます。すなわち戦車までもがドローンの映像を基に相手を直接目視せず砲撃してるのです。これが単に隠れた敵を赤外線カメラで見つけて撃ってるのか(戦車のエンジンと人間の赤外線反応で隠れても発見が容易)、地平線の向こうに居る敵に対して放物線状に砲撃して一方的に撃破してるのかは現状、よく判りませんが。ちなみに後者の場合、極めて精密な弾道計算が必須ですが、もし可能なら、放物線状に弾が飛んで行くので、もっとも装甲の固い前面、側面を避けて脆弱な上面を狙えてしまえる可能性があります。そうなって来ると戦車の装甲は上側も手を抜けなくなり、このため従来の戦車設計を一変させてしまうかもしれません。

■地対空ミサイルの危機

最後の最後に、個人的に気になっている点を一つ。

今回、開戦から間もない段階で衝撃的な映像が一つ、ウクライナ側から出てきました。ドローンから撮影されたもので、ロシア側の移動式地対空ミサイル(SAM)陣地を攻撃している映像です。すなわち、従来なら後方の安全圏に居て、友軍の航空優勢確保に貢献していた地対空ミサイル部隊が、ドローンの偵察であっさり発見され、榴弾砲の遠距離砲撃でボコボコにされてしまっていたのです。



陸自が運用している地対空ミサイル(SAM)、03式中距離地対空誘導弾。手前がミサイル発射のための車両ですが、実際の運用は他に無線車、信号処理車、電源車、そしてレーダー車などが必要です。これらを陣地に展開して運用しますが、通常は後方の安全圏で行動するため、そこまで高速な展開と移動は前提にしてないと思われます。ただし詳細に関しては私は知りませぬが。

これまでの戦争で航空兵力の脅威は十分に認識されてますから、ロシア軍もその対策として移動式の地対空ミサイル部隊をウクライナに送り込んでいました。中距離以上の地対空ミサイルなら数十kmの射程距離を持ちますから、安全な後方に展開、前線を超えて飛んで来るウクライナ軍の機体を迎撃していたようです。

ところがミサイルは盛大に煙を吐きながら飛んでゆきます。これを遠方から発見したドローンがロシアの地対空ミサイル部隊が展開してる地点に向かいその座標位置を特定、はるか後方にいる砲兵部隊に通報し遠距離からの砲撃で粉砕してしまったのです。十分に安全な前線後方に位置し、さらに航空攻撃は自ら迎撃出来てしまう地対空ミサイル部隊はある意味、無敵の対空兵器でした。これによって敵の航空機の活動は大きく制限される事になります(完全なステルス機が存在するなら話は別だが。ひたすら直線飛行するF-117でも無い限り必ず見つかるし、やがて対策されるだろう)。ところがその大前提が崩れてしまった可能性があるのです。

おそらくこれによってロシア側の防空網は一定の制約を受けた、あるいはかなりの損失を出したと思われ、この戦争における航空優勢の謎の一部がここにあるような気がしてます。この点は次回、少し詳しく考えましょう。

という感じで、今回はここまで。

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