■柴田軍の狙いと謎 ここで生じる最大の疑問は佐久間の部隊がなぜ大岩山と岩崎山を襲ったのか、という点です。 何度も確認しているように、柴田軍の目的は封鎖線を突破し、南下する事です。このために第一封鎖線の裏側に強力な打撃力を持つ佐久間の主力部隊を送り込んだのでした。さらに勝家の部隊と前田の軍勢で第一封鎖線を守る三つの砦を抑え込み、佐久間の安全を確保しています。では次にどうするか。 本来なら行動の自由を確保した佐久間部隊は一気に街道を南下、羽柴軍の本陣を突くのが定石でしょう。 この段階で現地で最強の部隊は約一万五千の兵を抱える佐久間部隊であり、その打撃力によって羽柴軍最大の兵力を抱える本陣を叩き潰してしまえば、他の砦に残った連中は孤立した烏合の衆に過ぎなくなります。よって後は容易に各個撃破してしまえるのです。しかし佐久間は羽柴本陣がある田上山砦には向かいませんでした。 これは秀吉による巧みな砦の組み合わせで、本陣を直接突く動きを封じられていたからでしょう。 その要因となったのが第二封鎖線の存在だと思われます。ここに封鎖線があった場合、そのまま南に脱出できない上、狭い谷間に拘束されるため、まともな城砦攻撃は不可能です。その第二封鎖線の存在をより有効にしていたのが、岩崎山と大岩山の砦でした。よって佐久間としては本陣である田上山砦を攻める前に、まずこちらを落とさねばなりません。筆者が第二封鎖線の存在を前提とする理由がこれです。とりあえず、この辺りの状況を整理して図にしてみましょう。 この状態だと佐久間の部隊が田上山砦の羽柴本陣を突いても、狭い谷間に入り込んだ挙句に第二封鎖線で動きを封じられてしまいます。こうなると身を隠す場所が無い谷間封じ込められた上で、岩崎山&大岩山と田上山の各砦に籠った高台の兵から鉄砲と弓でタコ殴りにされます(高い場所から撃つ方が射程距離でも威力でも優位)。 さらに北側にある岩崎山砦によって街道筋を封鎖されると、佐久間部隊はここで包囲殲滅されてしまうでしょう。これだけ悪条件が揃ったら、さすがに勇猛果敢な佐久間も迂闊に突入はできません。 国道365号をレンタカー シルバーアホーIII号にて北上中の筆者がデグーに指を咬まれるような電撃的な啓示を受け偶然撮影した写真。ちょうどこの辺りが、第二封鎖線があった場所なのでした。後で気が付いてビックリザマス。ちなみに道路の右側を余呉川が流れてますから、実際に兵が展開できる空間は見た目以上に狭いと思ってください。 御覧のように左右に山が迫った場所で、当時は画面左側急斜面の上に大岩山砦が、右側の山上(写真では見えてない)に田上山砦がありました。その両砦を堀と柵で結んで造られた第二封鎖線がここを走っていたと推測してるわけです。ヒャッホー封鎖線をぶっこわすぜ、と敵がここまで侵入してきた場合、北側、すなわち画面奥左手にある岩崎山砦から兵を出し、あの細い出口を封鎖してしまえばこれを完全に包囲してしまえます。 後は周囲の砦の高台から弓と鉄砲で安全に打撃を与え、トドメに全軍が砦を出ての突撃で殲滅できたでしょう。攻める側に身を守る場所は無いのです。よってここに封鎖線があり、左右の山上に砦がある限り、迂闊に侵入できませぬ。鉄壁の守りであり、よく考えられた城砦群です。秀吉、ホントに将棋を指すように戦をやるんですよ。 さて、この状態で佐久間が採れる選択肢は二つです。 その1は、柴田勝家、前田利家らと協同して北側の第一封鎖線を守る三つの砦を攻め潰す事。この場合、大きく三つに分散して行動していた柴田軍(勝家部隊、前田部隊、佐久間の主力部隊) が一つの部隊にまとまり、数の優位をより活かせる状況になります。さらに第一封鎖戦を解くことで、平野部で包囲殲滅される可能性がほぼ無くなります。 この戦術の問題点は、ここで時間を食ってしまうと、秀吉が羽柴軍の主力を率いて駆けつけて来る可能性が高い点でしょう。その代わり第一封鎖線を今度は柴田軍が利用し、羽柴軍と有利に戦う事は可能となります。ただし滝川一益の救援にはほぼ間に合わなくなりますが。 その2はまさに佐久間が取った戦術で、先に第二封鎖線を突破してしまう速攻です。この場合、岩崎山と大岩山の砦をまず落とせば、西側から第二封鎖線の裏側に回り込む事が可能になります。そこで丸裸になった敵本陣を落としてしまえば、残りの陣地の各個撃破は容易ですし、逃げ道のある賤ケ岳砦などは自ら撤退してしまうでしょう。 この戦術の問題点は岩崎山、大岩山の両砦を攻め落とし、さらにその上で最も堅固な羽柴軍の本陣、田上山砦を落とさなければならない点です。ここで時間を食ってしまうと、結局、秀吉が羽柴軍の本隊を率いて駆けつけて、第一封鎖戦と第二封鎖線の間で挟撃される事になり、その1の場合より恐ろしい結末が待ちます。高リスク、高リターンのいい例ですが、失敗した場合は包囲殲滅の死の平野へと追い込まれる事になり、実際、この後の展開はそうなります。 どっちも一定のリスクがあり、しかも公平に見て柴田軍の方が分が悪いのに注意してください。この辺りは土木工事合戦大好きな秀吉の眼力による砦の立地によるものです。柴田軍としては相手が悪かったと言う他ないでしょうね。 それでも普通に考えるなら、選択肢その1、とにかく第一封鎖線を開放し後方の安全を確保、同時に分散されている兵力を統合する方が優位だと思います。私なら間違いなくこちらを選択します。堀秀政の守る左禰山砦は頑強に抵抗して落ちない可能性がありますが、千か二千の抑えの兵を置いてしまえば無力化はできたはずです。対してその2の戦術の場合、速度以外の利点は無く、その割にはリスクが高すぎます。 この点、佐久間がなぜ、この選択をしなかったのか理由はよく判りません。 どうも利家が言っていたように佐久間は前田軍の裏切りを疑っており、第一封鎖線の砦を攻めてる間に背後から襲われるのを嫌ったのではないか、という気もします。そうでも考えないと理解できないほど、彼の行動は戦術的に愚かです。まあ、本人は何の証言も残さずに400年以上前に首を切られてしまったので、この辺りは永遠の謎のままですが… といった感じで、今回はここまで。 |