■速度と圧力
まずは今回のラムジェットにエンジンの構造から確認します。
写真ではこんな感じにガラン胴で、
着火部分と燃焼部をある程度押さえ込むパーツが中に見えるだけです。
明らかにこれはヒラーのヘリに使われていたラムジェットのコピーです。
設計図レベルのコピーなのか、写真で見ただけなのかは判りませんが、、
同じ構造なのは間違いありません。
でもってヒラーのラムジェットの原型といわれてるのが、これになります。
全く同一ではないのですが、基本構造は同じです。
とりあえず、この図面を基準に考えてみましょう。
パイプ部分をトレースしてみるとこんな感じで、
空気の入り口と燃焼部の直系の比はおおよそ1:1.3です。
実際の寸法は字が小さくて読み取れないのですが、
現物を見る限り、せいぜい20cmでした。
ここではやや余裕を見て入り口の直系30cm、
燃焼部における直系39cmとしておきましょう。
後で見るように、実はこの大きさ、それほど意味が無いんですけどね(笑)。
ここでラムジェットは翼面上の衝撃波の問題が生じないレベルの高速、
ざっと時速720q、秒速200mで飛行してると仮定します。
ええ、計算が楽だからです(笑)。
ついでに、流体が作り出す層流や渦といった難問も無視します。
ある程度の近似値を得るだけなら、問題ないでしょう。
こういった広がりをもった管の中で、
入り口から入った気体の流速は、
進むに連れて速度が低下するのが実験などで確かめれています。
そして同時に圧力が上がるのです。
この圧力上昇を利用したのがベルヌーイの定理を使ったラムジェットですが、
なんでそんな事になるのかを、順を追って見ておきます。
そこから最終的に、この構造でジェットエンジンとして使えるほどの
圧縮が行なわれるのかも考えてみましょう。
まずは簡単に理解できる速度の低下の原因から。
このラムジェットの管に例の圧縮されない理想気体が流入することを考えます。
30cmの入り口の一定面積からどれだけの体積が流れ込むかは
流体の速度と経過時間によります。
この30cmの入り口の面積は、0.3m×0.3m×3.14=0.071平方mですから、
大気が秒速200mで流入するなら、1秒間につき
0.071平方m×200m/s×1s=14.13立方m
の流入量という計算が成り立ちます。すなわち、
断面積×流速×経過時間=断面を通過した気体の総体積
という計算式ですね。
これは理想気体ですから、同じ体積なら常に同じ密度、
よって同質量であり、どんな力学的な条件下でも常に一定となります。
つまりこの計算式は普遍的にあらゆる条件に適用できるわけです。
(密度の項目をキチンと掛け算すれば理想気体でなくても成り立つ)
となると、この式を変形して、流体の速度を求める事ができます。
流速=断面を通過した気体の総体積÷断面積÷経過時間
ですね。
ここから、断面積が小さくなると流速が速くなる、
逆に大きくなると流速が遅くなるというのが判ります。
これを元に、今回のラムジェットエンジンの着火点、1.3倍の大きさとなる
直径39cm=0.39mでの気体の流速を考えると、
断面積=0.39×0.39×3.1415=約0.12平方m よって
流速=14.13立方m÷0.12平方m÷1s=約118.3m/s
入り口の秒速200mに比べると、かなり遅くなるのが判ります。
では、次に圧力の上昇について。
こちらは有名なベルヌーイの定理の位置エネルギーが無い状態、
つまり水平の流れだけを考える式を使います。
ベルヌーイの式の計算方法は長くなるので、ここでは結論だけ書いてしまうと、
理想気体が粘性を無視できる状態(壁に層流をつくらない)
水平の流れの中にあると仮定した時、
流体の圧力+1/2×流体速度×流体速度×流体密度=一定(次元は圧力で単位P/パスカルになる)
という式が成立します(今回は理想気体としたが密度変化にも対応はできる)。
この式は、外部から新たにエネルギーを受けることが無い流れでは、
圧力と、1/2×速度の2乗×密度の足し算の結果は常に一定となる、という事を意味します。
一種のエネルギー保存の法則だと考えてください。
ここで新たに流体密度、という項目が登場しましたが、これは例の理想気体の密度です。
現実のエンジンの出力を考えるのですから、標準大気の
地上付近の密度を採用しておきましょう。これは約1.225kg/平方mです。
常に一定なのですから、今回の条件の場合、
入り口の圧力+1/2×200m/s×200m/s×1.225kg平方m
=着火点の圧力+1/2×118.3m/s×118.3m/s×1.225kg平方m
という式が成り立ちます。
ここで入口の圧力がわかれば、着火点の圧力を求める事ができる、というのは、
ここまでガマンして読んできた皆さんなら気が付くでしょう(笑)。
では、入り口の気圧はいかほどか。
この時、空気は全く運動をしておらず、飛んできたラムジェットエンジンに
一方的に巻き込まれ、取り込まれるのだ、という点に注意が要ります。
つまり大気の持つ運動エネルギーはゼロで、したがって力学的な力もかかっていません。
となるとこの大気の持つ圧力は大気圧のみ、という事ですね。
ニュートン力学における圧力の単位はN(ニュートン)/平方m=パスカル(P)で、
地上における標準気圧は101325P。
よって上の式の左上部分、入り口付近の数値計算の結果は、
101325+1/2×200×200×1.225=125825パスカル(p)
よって
125825=着火点の圧力+1/2×118.3m/s×118.3m/s
=125825=着火点の圧力+8578
=125825-8578=着火点の圧力
=117247p=着火点の圧力
という事になります。入り口での圧力は
標準気圧101325でしかたら、圧力差は
101325÷117247=約1.16倍
という事になり、これは今回のラムジェットの構造では、
時速720qだと、エンジンの着火点において
標準大気圧の1.16倍の圧力にしかならない、という事を意味します。
これはせいぜい、加圧炊飯器がかける圧力レベルですから、
最低でも8〜10倍前後の圧縮比が必要と思われる
ジェットエンジンとして使うにはちょっと無理がある、と考えざるを得ません。
普通に考えるなら、超音速でぶん回して、エンジンナセルの前方にできる
衝撃波背後の加圧空気を使うつもりだったのではないか、と思われます。
音速以下のでの飛行には適してない構造でしょう。
参考までに、入り口を狭くする、あるいは胴体を太くするなどして、
断面積の比率を変えるとどうなるか、を書き出しておきましょう。
1:1.5=1.19倍
1:2=1.23倍
1:3=1.24倍
1:4=1.24倍
実は4倍以上の大きさになるとほとんど意味がない、というのが判ります。
時速720q前後では、とても十分な圧縮率は出ない、という事です。
ちなみに、衝撃波が生じる直前(主翼には既に垂直衝撃波が出る)
時速1080q、秒速300mまで加速しても、
1:1.3倍(今回の例)=1.35倍
1:1.5倍=1.44倍
1:2=1.51倍
1:3=1.54倍
1:4=1.54倍
とやはりこのままでは、とてもジェットエンジンには使えなさそうです。
超音速衝撃波の背後にある圧縮空気の利用をあきらめるなら、
筒内を多段式にして、二重圧縮をかける、といった工夫がいるように思います。
(ただし、うまく行くかは保障しません(笑))
といった感じで、やはり超音速飛行を捨てたラムジェットは、
基本的に厳しい、という事になるように思います。
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