それゆえの停止命令だったのですが、結局、ロンメルは単独でこれを突破してしまいます。この辺りの事情は未だに謎が多いのですが、判る範囲内で状況を確認して置きましょう。ロンメルは停止命令が出た後、自分と指揮車両部隊だけをセフォンテヌに残し、師団司令部をフォア・シャペル(Froidchapelle)までちゃっかり進めてしまってしまっています。念のため再度地図を掲載して置きます。



その後間もなく自分もフォア・シャペル移動したようです。そこに第4軍指令官、「利口なハンス」ことクルーゲ大将(Günther von Kluge/電撃戦終了後、元帥に昇進)が訪問して来ます。こういった点、グデーリアンのマース川渡河中にA軍集団のルントシュテットが訪問してきたりと、現場指揮官だけでなく、軍、さらには軍集団の指揮官までが前線に出て来ちゃうのがプロイセンの参謀本部の伝統を引き継ぐドイツ軍らしい所。フランス軍では考えられない世界ではあります。

ロンメルによると、この訪問時に師団が未だ国境を越えて無いことにクルーゲは驚き、越境作戦についての説明を求めたようです。この辺り、A軍集団司令部による停止命令はあんたも知ってるでしょ、という話なんですが…。このクルーゲはかなり癖のある人物で、軍内部ではヒトラーのお気に入りと見られていた将軍です。後に独ソ戦が始まると配下にあった第2装甲軍を率いるグデーリアンと激しく対立、グデーリアンがその地位を解任される主要因となりました。

ついでに言えばこれも機甲部隊の優れた指揮官であるヘプナー上級大将(後にヒトラー暗殺事件に関連して死刑となる)の罷免にもクルーゲは関連していました。1942年、ソ連の冬季反撃を受けたヘプナーがヒトラーの死守命令に反して撤退を決断した時、その上官であり無駄に現場を混乱させていたクルーゲを「素人指揮官」と罵倒しました。これを根に持ったクルーゲが全ての責任がヘプナーにあるようにヒトラーに報告した結果の罷免だったと言われています。

ただしヒトラーのお気に入りだったはずのクルーゲは後にヒトラー暗殺計画への関与を疑われ自殺に追い込まれるのです。この辺り、何らかの信念に基づいての行動というより、とにかく有利な立場にありたいという願望のままの人物だったように見えます。まあ褒められた人物で無かったのは確かあり、軍人としての才能も皆無でした。この点、同じヒトラーのお気に入りとはいえロンメルとは大分違った将軍だったと言っていいでしょう。

そんな第4軍指揮官クルーゲから師団司令部でその質問を受けたロンメルは待ってましたとばかりに国境突破作戦を説明し、すぐに「弱いマジノ線」の向こう側、アヴェーヌに向けた進撃を開始した、と述べています。すなわちこの段階でロンメルが国境を超え、「弱いマジノ線」の向こうまで進撃する事をクルーゲが認めた、とほのめかしているようにも読めます。

ただしクルーゲの付き添いとして行動していた兵站参謀、ヴェルカー(Welker)大尉の報告書を見る限り、クルーゲがロンメルに進撃許可を与えたのは昼過ぎの午後12時25分の段階でした(ただし未だA軍集団司令部からは一切の指示が無い。すなわちクルーゲの独断である)。時間からして師団司令部から引き上げた後で、その訪問段階では、さすがのクルーゲも進撃許可を与えて無いと思われるのです。さらに言えば武力偵察としての許可であり本格的な戦闘は禁止、そして「弱いマジノ線」を越えてはならぬ、という内容でした。最終的にクルーゲは14時45分の段階で、これも武力偵察規模で「弱いマジノ線」への攻撃認めるのですが、あくまで限定的な攻撃の許可でした。

ところが最初の正式命令が届く前、とっくの昔にロンメルはフォワ・シャペルの師団司令部から国境線に向けて進撃を開始しており、そのまま国境線も弱いマジノ線も一気に突破してしまいます。すなわち第4軍指令官のクルーゲが独断でロンメルに一定の行動の自由を認めたのは事実ですが、ロンメルはその範囲を超えてさらなる暴走に入っていた、といった辺りが実際に起きた事だと思われます。まあ、どっちもどっちですね(笑)。

以後、「謎の無線故障」が頻発してロンメルは師団司令部と連絡が取れなくなり(笑)、18時ごろに国境を超えると、そのまま「弱いマジノ線」手前で停止せよ、という命令を完全に無視して快進撃を開始、翌朝の朝までには、国境から50q近く西のル・キャト(Le Cateau) に到達してしまいます。この辺りがロンメルの電撃戦のハイライトだったと言っていいでしょう。ただし、師団司令部に残された作戦課主任参謀の少佐が一人で上級司令部からの停止命令の対応に追われ、都合の悪い時に無線が通じなくなる上司、ロンメルとの板挟みになって悲惨な状況に追い込まれる事になるのですが…。この辺り、自分が責任を取らず部下に苦労を平気で押し付けちゃうのがロンメルなのです。

といった辺りで今回はここまで。次回はロンメル電撃戦のハイライトその2、国境と「弱いマジノ線」の突破を詳しく見ましょう。


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