グデーリアンと補給

ではグデーリアン軍団&ロンメル師団による電撃戦の展開に入る前に、電撃戦の特徴である兵站の問題、すなわち補給の点について述べて置きましょう。電撃戦の特徴は、敵の情報処理能力を超える高速な進撃、戦線展開にあるわけですが、当然、敵陣深くに突入する結果、補給の問題が出て来るはずです。戦場の華は戦闘ですが、主要な問題はむしろ補給であり、これが尽きれば自動的に敗北が待っています。食料無しで兵はいつまでも戦えませんし、近代戦では燃料弾薬が無くては戦争になりませぬ。

実際、後のアフリカ戦線でのロンメルは電撃戦的展開でイギリス軍を何度か圧倒しますが、主に補給の問題で勝ち切る事が出来ませんでした。さらに電撃戦の再来を狙った1991年の湾岸戦争では、悪夢のように燃費が悪いガスタービンエンジンのM-1戦車が投入された事もあって、事前に念密な補給計画が建てられて実行されています。その時の責任者パゴニスは戦後「山動く(moving mountains)」という本を書いて、ビジネス書としてヒットし、邦訳もされています。

ではグデーリアン軍団はどうだったのか、というと実はほとんどこの問題に悩ませずに終わっています。少なくともグデーリアン本人、及び戦後に証言した関係者から補給が問題になった、という話は出て来ません。これは10日前後で全作戦が終わってしまった事が大きいのですが、同時に以下の二つの要因がありました。

■クライスト装甲集団の参謀長になったクルト・ツァイスラー(Kurt Zeitzler)は事務屋として極めて優秀な軍人で、兵站問題は得意分野だった(個人的にはドイツ軍の石田三成と呼んでおります)。ちなみにほとんど知られていない無名なツァイスラーだが、後にハルダーの跡を受けて参謀総長になった人物であり、ドイツ軍人には珍しい真面目で実直な印象の人である(最期はヒトラー相手にノイローゼになり解任、グデーリアンにその地位を譲る。さらにそこまで追い込まれながらヒトラー暗殺計画への参加は拒否している)。

■冗談みたいな話だが、なにせ戦わずして勝っちゃったので、砲弾はそれほど使わなかった。このためグデーリアン軍団が属するクライスト装甲集団においては、深刻な弾薬不足は最後まで起きていない。正確には確認できてないが、ストンヌでの激戦に巻き込まれた(後述)第10師団以外のグデーリアン軍団は、英仏海峡到達に至るまで弾薬補給を一度も受けてない可能性が高い。

ただし良く判らないのが食料で、全く資料がありません。10日前後で決着が付いてしまったので、携行式のビスケットだけで乗り切ってしまった&フランスで現地調達(略奪)等かと思われますが、詳細は不明。いずれにせよ、深刻な食糧不足の報告はこれもありません。

これが電撃戦のもう一つの特徴で、速攻で戦争が終わってしまった上に、戦わずして勝ってしまった結果、戦争に置ける最大の問題、補給に関する問題がほとんど生じなかったのです。孫子の兵法が産まれて以来、もっとも理想的な戦争だったすら言えるかもしれませぬ。



アメリカ軍のジープでおなじみ携行式燃料缶、いわゆるジュリカン(Jerrycan)はその名の通り(ジェリーは英語におけるドイツ人の俗称)ドイツ軍が発明したものでした。ドイツでの名称はヴェーアマフト アインハツトキャニスター(Wehrmacht-Einheitskanister)、国防軍標準燃料缶で、1930年代中盤に開発され、スペイン戦争から投入されていたもの。以後、戦争を前提に1939年までには数千個が生産されていたと言われています。

これをA軍集団の参謀長、ツァイストラーは大量に部隊に配備、国境を超える前に部隊に大量に引き渡すことで途中の燃料切れを防いだとされます。ただしこの点は彼の独創ではなく、どうもポーランド戦からドイツ軍はやっていたようです。ちなみにフランス戦では最終的に一部部隊で燃料が足りなくなってしまうのですが、幸いにして航空優勢を取っていたドイツ軍は航空輸送で燃料を前線に送り込んでいます。

ただし現在までに確認されている写真で、ドイツ軍の戦闘車両が国防軍標準燃料缶を車両上に装備しているを見たことが無く、おそらく後続のトラック等に大量搭載していたのだと思われます。実際、当時の戦車の燃料はガソリンですから(ソ連だけは別で当時からディーゼルエンジン)、小銃弾一発で燃え上がってしまい危険ですからね。

非情に優れた装備だったので連合軍もこれをコピーし、第二次大戦を通じて全戦線で利用する事になりました。ちなみにイギリス軍はロンメルと戦ったアフリカ戦線での鹵獲品から、アメリカは戦前にドイツ人が極地探検で非常用水タンクとしていたものを参考にしたと言われております。21世紀現在、未だに灯油缶などにこのデザインが生きてますから、極めて優れた設計だったと言えるでしょう。

といった感じで今回はここまで。


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